第5話 父と初恋相手の再会。

甘かった。

俺は実の母、鶴田 美空を舐めていた。

父さんと母さんは朝6時の電車に乗って朝9時にはウチまできた。

目の下にクマを作る父さんと母さんは朝から恐ろしいまでのラブラブ空気だったが顔は怒っていた。



「おはよう薫。あの後何回も電話したのよ?」

「薫、もう一度何があったか教えてくれ」


俺は部屋に両親をお通しして昨日の顛末をもう一度話した。


俺は父さん向けにスマホを取り出して駅向こうの地図を出すと「ここがローストビーフの肉屋で、ここの道で貴子さんが旦那さんと喧嘩してて突き飛ばして転んだから助けたの」と説明をすると「なんだその偶然は」と父さんが呆れて母さんは「それで?どうしてああなったの?」と言いながら明らかにヤキモチを妬いて父さんの腕に抱きついている。


「だから貴子さんが俺を見て父さんと思い込んだ後で俺だって気付いたから父さんの話をしたんだ」

「それで夜中まで居たの?あの写真見たけどどこよアレ?」


「亀川家、お兄さんが迎えにきてくれて連れていってくれたんだ」

「あー…、鷲雄さんだったかな?なんか昔はガサツって聞いてたけど」


父さんが面白そうに話すので俺は「うん。ウーファーをきかせた真っ白なワンボックスカーで迎えにきてくれていかにもって人だったよ」と言うと父さんは「やっぱりなのか」と笑っていた。



ここで母さんがキレた。

「もう、2人で納得しないで」


俺は初めて見る母さんの顔に驚いていると「薫、今日電話して何をするつもりだったの?」と聞かれた。

正直本人を目の前に言うのはいくら何でも気が引ける。「いや…その」と慌てる俺に母さんは怖い声で「薫?」と聞いてきた。


「…父さんと貴子さんを会わせて父さんの初恋を終わらせて母さんに話せるようにしたくなったんだよ」

これには母さんも怒気を静めて「薫…、そんなことを考えたの?」と聞き返してくる。


「うん。母さんから父さんの事を聞いて、貴子さんから父さんの事を聞いて思いついたんだ」

「…薫、俺は亀川を初恋って言って…」

「それは昨日認めたじゃ無い。そうね。昴さん、会わせてもらいなさい」



突然の母の申し出に俺は「え?今日?」と言い、父さんは「え?美空さん?」と言った。

母さんは頷くと「ほら薫、すぐにその亀川さんに連絡しなさい!」と言ってきた。


俺は母、鶴田 美空を本格的に舐めていたと痛感した。



俺は朝にも関わらず貴子さんに「今電話良いですか?」とメールをするとすぐに電話が来た。


マジかよ、貴子さんも何なんだよと思いながら電話を取ると「おはよう薫くん。昨日は帰れたよね?もしかしてお釣り?気にしないで良いんだよ。昨日はありがとう。少しだけどローストビーフの足しにしなよ」と言う。


「あの…、そうじゃなくて…」

「え?」


「貴子さんは今どこに?」

「私?実家だよ。今日は突き飛ばされたのを理由に夜まで帰らないし、娘も鷲雄とお父さんが連れて帰ってくるから龍輝は一人ぼっちの連休最終日だよ」

ケラケラと嬉しそうに話す貴子さんは朝から元気だ。


「あの…、今日はお忙しいですか?」

「え?」


「目の前に父さんと母さんが居て…始発で来たのか今さっき叩き起こされたんです」

「え!?そこに昴ちゃん居るの!?」

驚く貴子さんへの返事の代わりに俺はスマホを父さんに渡す。


「あー…亀川?おはよう。薫がタクシー代貰ったって…うん。昨日は驚いたよ。うん。驚いてるね。息遣いが驚いている時のだよ」

父さんの顔と声がイキイキとしていて…あ、母さんの顔が怖い。


「うん。なんか薫にバレたよ。そう、俺はそうだったよ。ありがとう。うん。横に居るよ。薫によく似た人だよ」

そう言った父さんは「はい美空さん、亀川が薫に助けてもらったからお礼言いたいって、いいかな?」と母さんにスマホを渡す。


この光景に俺の胃はなんかキリキリしてきた。

これってもしかして修羅場とか言う奴なのか?


母さんはスマホを持つと「はじめまして。昴さんの妻の美空です。はい。こちらこそ。昨日は薫がご迷惑をおかけしたそうで」と話し出す。


父さんは1人で晴々とした顔をしている。

「父さん、貴子さんなんだって?」

「え?おはようって言ったらおはようって返してきて昨日は薫が俺に見えて驚いたよって話で息遣いが驚いてる時のだからわかったよって言ったよ」


「父さん、息遣いなんてわかるの?」

「まあね、亀川とはずっと話してたからね」


それを母さんの前で言う父さんがヤバい。

俺は今になって嫌な汗が背中を濡らしてとんでもない事をしでかした気になっていた。


母さんはスマホを俺に渡してくる。

画面は通話終了になっていた。

いつの間にか話が終わっていて、どうなったか聞きたくて「母さん?」と言うと母さんは立ちあがって「行くわよ」と言った。


「へ?」

「やだ、聞いてなかったの?亀川さんと昴さんを会わせるのよ。10時半に向こうの駅で待ち合わせよ」


俺は朝食も何もなく着替えさせられると外に出る。

母さんは「ヤキモチです。私の息遣いでもわかってくださいね」とか言って父さんは「ありがとう美空さん。徐々にわかっているよ」とか言っている。


俺の家から6個先の駅までは結構遠くて途中で貴子さんに電車乗り損なった旨をメールしたら「助かったよ、娘も着いてくるって言って大慌てでさ。あ、娘も私の事知ってるから安心してね」と返ってきた。


駅のホームから改札まで母さんは父さんにべったりだったのに、改札の向こうに貴子さんと娘さんが見えたら手を離して「さあ、昴さん行ってきて」と言って父さんを送り出した。


父さんは震える声で「ありがとう美空さん、ありがとう薫」と言って改札をくぐって「亀川、20年ぶり。元気?」と貴子さんに声をかけた。


「昴ちゃん…久しぶり。変わらないね。紹介させて、この子が娘の麗華」

貴子さんはもう顔を真っ赤にして涙声だった。

その横のクラスに1人はいるヤンチャそうな女の子が礼儀正しく「田中 麗華です。はじめまして」と父さんに言う。


「はじめまして。鶴田 昴です。お母さん…貴子さんの友達で、こっちに住んでいた時の友達です」

父さんは娘さんにもキチンと挨拶をして「亀川、薫は昨日会ってたからアレだけど紹介させて」と言って母さんを前に出して「妻の美空さん」と言った。


貴子さんは少し苦しそうな顔をした後で「はじめまして。さっきはお電話でどうも」と言うと、母さんは「はじめまして、鶴田 美空です。昨日は薫がお世話になりました」と返事をした。


貴子さんは「助かったのは私です」と言いながら駅の喫茶店に入る。

母さんが率先してウェイターに「席を離してくださる?」と言って俺と母さんと娘さんの3人で座る。


何か不思議な感じの中で母さんが「麗華さんでいいかしら?朝ごはんは食べたかしら?」と聞くと「いえ、寝起き1時間でここです」と娘さんは言った。


その返事に母さんは微笑んで「じゃあ好きなものを食べてね。薫も朝ごはん食べなさい。折角だから2人には少し時間を上げたいのよ」と言い、娘さんは「あの、ありがとうございます!」と言った。


遠くで貴子さんは泣いていた。

遠くなのに聞こえるくらい謝っていた。

父さんも謝っていた。

真っ赤になった貴子さんは何かを言って、父さんも赤くなって何かを言って2人で指を差し合って笑っていた。


俺は母さんを見たら優しい顔をしていた。

もしかしたら腹の中はとんでもない事になっているかも知れない。


娘さん、麗華さんは中学生だった。

それでも貴子さんに何があったかを聞いていた。

だからこそ貴子さんと父さんの再会を喜んでくれた。

そして手持ち無沙汰なのか遺伝なのか話し始めた。


「ウチの父親ってマジガサツでダメなんですよ。お母さんの好きな人…あ…」

しまったと言う顔の麗華さんに母さんは優しく「いいのよ」と言う。


「お母さんの好きな人が昴ちゃんさんなら父親マジで勝ち目なしです。そりゃあこうもなるなと思いました」

母さんが「昴ちゃんさん?」と訝しむので俺が「ああ、あだ名って言ってたよね」と相槌を打つ。


「あだ名なの?まあいいわ。こうなるって?」

「お母さん、未だに夜中に昴ちゃんさんの名前を呼んで泣いてる時とかあるんですよ。それで父親はガサツなのにピュアで、お母さんが心を開かないって傷付いてて、最近になって喧嘩になるとすぐに昴ちゃんさんの話を出すんですよ。昨日も夜中に寝言で昴ちゃんさんの名前を呼んだとか言い出して買い物に付いてきて商店街でブチギレだして…、そこを薫さんが助けてくれたんです」


ガサツでピュアな旦那さんを思い出しながら俺は麗華さんに「…ねえ、一個いい?」と聞く。


「なんですか?」

「貴子さんが俺を見たら君のお父さんに殴られるって…」


「あー、超ヤキモチ妬きだから、薫さんが昴ちゃんさんに似てるからボコボコですよ」

「俺、駅向こうに住んでるんだけど大丈夫かな?出会して殺されないかな!?」


「一発殴られたら言ってください!これでお母さんが離婚できますよ!そうなったら薫さん様さまですよ!」

反抗期なのかも知れないが麗華さんは洒落にならない事を平気で言っていた。



その後、1時間して解散になる。


「じゃあ、亀川。今日はありがとう」

「うん。私も会えて良かったよ昴ちゃん。薫くんの事は困ったらすぐに言ってね。住んでる場所もわかったから昴ちゃんと美空さんが到着するより先に行けるからね」


この話に俺が「え?貴子さん?」と聞き返すとニヤッと笑った貴子さんは「ほら、私とお友達になるといいよ〜。あのお肉屋さん、ローストビーフのスペシャルデーがあってネットには載らないし地元の人たちも口コミだから詳しくないと知らないんだよ。お値段一緒で量が1割増しの日と味は同じなのに端切れローストビーフが安い日とかね」と言う。

それは魅力的すぎるので俺は目の色を変えて「本当ですか!?」と聞き返してしまう。


「わ、昴ちゃんそっくり。昴ちゃんはお肉じゃなくて本が好きだから本を貸してあげる時に同じ顔をしてたよ」

この話に父さんは照れる。


「父さんって本好きですよね」

「うん。昴ちゃん、あの本まだ持ってるよ。今度薫くんに貸してもいい?」


「え?あれ?」

父さんは躊躇したが俺は初恋の本が気になって借りた。


そしてそれがホラー小説でしかも3冊もあった事に後悔をした所に貴子さんから「昴ちゃんは一晩で読んで感想を教えてくれたよ。薫くんも感想はよろしくね」と言われてしまい、逃げられずに読んで怖くなると「一人暮らしでなんでホラーを読めるんだよ!」と父さんに愚痴ったら笑われた。

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