第4話 父の初恋。

亀川家に着くと貴子さんは「お父さん!鷲雄と龍輝係!」と言って貴子さんのお父さんを追い出し、鷲雄さんに「公衆の面前で怒鳴られて突き飛ばされたから」と言うと人殺しのような顔になった鷲雄さんは「野郎、メソメソメソメソ情けねえだけじゃなく貴子を他人様の前で突き飛ばしただと?」と言う。


「後!薫くんの事は絶対に言っちゃダメ!言ったら即離婚だからね!」

なんだか過激な勢いの会話にビビってしまう俺の前で鷲雄さんは嬉しそうに笑って「わかってるよ」と言った後で本当に嬉しそうに「お前のそんな顔久し振りだから応援する。薫くん、うちの妹が悪いな」と言って鷲雄さんは助手席にお父さんを乗せてタバコ臭い車で走り去っていった。


俺は何でここに居るのかと思う間も無く亀川家に通された。

玄関に着ていた老齢の女性、多分貴子さんのお母さんだろう。


「貴子?お客さん?」

「お母さん、偶然昴ちゃんの子供の薫くんに会えたんだよ!全部昴ちゃんそっくりなの!」


これで亀川家は家が震える程の大騒ぎになって俺は丁重にもてなされた。

コーヒー、緑茶、紅茶、炭酸飲料、何でも出てきた。食事もまだだったが流石にそれは悪いと遠慮をした。遠慮をすると「成程、これがお姉ちゃんの好みか」と妹のひばりさんが言った。


貴子さんのお母さんと妹のひばりさんは貴子さんから父さんが結婚をして俺を授かった所まで知っていた。なのですぐに貴子さんのお母さんが「薫くん、薫くんから見て貴子とお父さんはどうかしら?」と聞いてきた。


「…父さんの初恋が貴子さんなら…父さんは辛かったと思います」

俺の言葉の意味を履き違えたひばりさんが「お姉ちゃん、望みなかったのに何年も引きずったの?」とツッコミ、俺は慌てて訂正をした。


そして長くなるが貴子さんに母さんから聞いていた知る限りのことを聞いてもらった。

驚いたのは「やっぱり。昴ちゃん辛かったんだ。薫くんの名前の事も変だと思ってたんだよ」と言われた事だった。


「え?知ってたんですか?」

「薫くんが昴ちゃんの第二候補の名前だった事は沢山電話した時に聞いていたからね。真面目な昴ちゃんがそんな事するなんて変だもん。それにしても奥さんにも事情があって心を開かずに距離を取ってたなんて真面目で優しい昴ちゃんは辛かっただろうね」

貴子さんはそういいながらメソメソと泣いてしまい、お母さんとひばりさんが顔を見合わせてヤレヤレと言う。


「はい。多分貴子さんの話を聞いていて、父さんの好みの付き合い方が貴子さんとしてきた事だったらこの20年は辛かったし、きっと貴子さんからメールが来るのが楽しみだったと思います。だから俺は父さんは辛かったと言いました」

「あーあ、お姉ちゃんがタバコやめないから」

「本当よね」

この言葉に貴子さんが「ぐ…」と言ってバツが悪い顔をするので場を和ませようと思い「きっと今父さんは貴子さんに会ったらタバコを止めるように言いますよ。父さんは今年の春に肺の病気で手術…」と言った瞬間、血相を変えた貴子さんが「何!?昴ちゃん大丈夫!?」と掴みかかって聞いてくる。俺は話す順番を間違えたと思って、俺に掴みかかってきた貴子さんに「そ…早期発見で治って元気です」と伝えると貴子さんは「良かったよ昴ちゃん…」と言ってまた泣いた。



俺は貴子さんには悪いが、俺が父さんと母さんの仲を取り持ってやり直しさせている話も聞かせた。

それを聞いた貴子さんは「ようやく20年して昴ちゃんは新婚さんみたいになったの?奥さんは昴ちゃんの事を名前で呼んで仲良くて夫婦茶碗に夫婦箸にペアのマグカップやタンブラー?」と聞き返してくる。


少し申し訳なさそうに「はい…、ごめんなさい」と言う俺に貴子さんはさっき以上に泣きながら「良かったよぉぉ昴ちゃん」と言った。

もうティッシュはひと箱終わってふた箱目に突入している。



「そりゃあ昴ちゃんは今も私の1番で大好きだけど、私はタバコやめられないし、どうも出来ないから、やっぱり昴ちゃんの幸せが1番だよ」


前向きな貴子さんに「そうなんですか?」と聞くと貴子さんは「そうだよ!ありがとう薫くん!今日はごめんね。でも私は会えて良かったよ。薫くんと話せてようやく落ち着けたよ」と言った。


「落ち着けた?」

「うん。20年もずっと引きずってたしさ」

横でお母さんとひばりさんが「何年も毎晩昴ちゃんって泣きながら名前呼んで居たのよ」「ね、聞こえなくなるとやっと寝てくれたってわかるけどまた少しすると「昴ちゃん、昴ちゃん」って聞こえてくるの」と教えてくれる。


貴子さんはずっと父さんを想ってくれていた。

それは父さんには届かなかったけど、父さんはだからこそ初恋を大切にしていた。

そう俺は思った。


「父さんは幸せですね。こんなに想ってくれる人がいた。わかりました。だから何でも話してくれる父さんが初恋だけは話してくれなかったんですね」


俺の言葉に貴子さんが真っ赤になる。


「貴子さん?」

「ごめん、昴ちゃんにそっくりな薫くんに言われると恥ずかしい」

真っ赤になって照れてお茶を飲む貴子さんにひばりさんが「あーあ、あと少し早くお姉ちゃんも薫くんに会えてたらねぇ」と言い、お母さんが「やめなさい!」と止める。



「ごめんなさい。父さんの事だけを考えたらそうでも、家族3人を考えたらやっぱり父さんと母さんと俺がいいです」

「うん。薫くんは間違ってないよ。今日はありがとう。今度昴ちゃんに私と会った話とかして、良かったら私の本気の初恋は昴ちゃんだったって言ってよ」


俺はこの時、何かが降りてきた感覚がした。

それは婆ちゃんからの写メを貰ったからか、父さんと母さんが待ち受けにした初めて笑顔で写った写真を撮った後の不思議な感覚か、はたまた2人のラブラブに天宮の爺ちゃん達と呆れてしまったからか、実家に俺の居場所が無かったからか…。


いや、もっと前…中学の時、初めて初恋について聞いたときからかもしれない。



俺は「それ、貴子さんが言ってください」と言った。


「は?…はぁ!?私が昴ちゃんに!?無理だよ!無理無理!」

俺は慌てる貴子さんを無視してスマホを向けて「貴子さん、ピース」と言って写メを撮る。

貴子さんはノリよくピースをしてくれた。


「薫くん?」

「貴子さんもスマホで俺を撮ってください」


「え?」

貴子さんはパニクりながらも指示に従う。


「良いですか?今から俺が先に今の貴子さんの写メを父さんに送ります。貴子さんは30秒したら父さんに俺の写メを送ってください。俺は父さんから電話がかかってくる前に母さんに電話をします。母さんも父さんの初恋を知りたいと言っていたので巻き込みます」


この指示にひばりさんが「昴ちゃんさんってこんな感じなの?」と目を丸くするので俺は「これは母に似たんだと思います」と言った。


それから写メを送るだけなのに5分もかかった。

貴子さんは手が震えて「え?あれ?」と言いながら何度もスマホを落としたが件名には「田中 貴子です」とだけ打って本文なしの俺のピース写真を添付してもらう。


俺は父さんに貴子さんの写真を送りつけて「すみませんひばりさん30秒」とお願いするとすぐに母さんに電話をする。


気付けば深夜帯で母さんは眠そうに「何?どうしたの薫?」と電話に出る。


「あ、母さん。一大事。父さんの初恋を知ったよ」と言うと母さんは「え!?」と一気に目が覚めたとき、後ろから父さんの「はぁ!?薫!?」と言う声が聞こえてきてクスクスと笑ってしまう。


そして貴子さんのメールが届いたのだろう。

「はぁ!?薫!?」とまた言っている。


母さんは「昴さん?大丈夫?薫なら今電話…」と言うと「美空さん!貸して!」と言って母さんのスマホを奪い取った父さんが「薫!?何があったんだ!?」と言ってくる。


「あ、父さん。偶然帰りに貴子さんに会ったんだよ。父さんのおかげ、一万円で焼き肉弁当とローストビーフ買おうとして家と逆方向に行ったら会えたんだよ」

俺の言葉に父さんは「嘘だろ?だって亀川はその駅じゃない…」と言う。


「まあまあ、とりあえず今日はこれだけ。また明日連絡するけどその前にね」

俺はスマホを貴子さんに渡して「一言だけお願い」と言うと真っ赤な顔の貴子さんは嬉しそうに受話器を耳にあててそっと「昴ちゃん」と言った。



その後は聞かなくてもわかる。

俺はお母さんとひばりさんにごめんなさいと小さな声で言うと2人とも首を横に振ってくれた。


父さんは「亀川なのか?」と聞いたのだろう。

「やだなあ、もう田中だよ?」と貴子さんが言う。


次に父さんは「何で…薫と…?」聞いたのだろう。

「商店街で旦那と喧嘩して突き飛ばされたのを薫くんが助けてくれてさ、昴ちゃんにそっくりだったから思わず昴ちゃんって呼んじゃったら父さんの知り合いですか?ってなって少し話してたんだよ」



俺はここでスマホを返してもらって「父さん、まあそんな訳だから。また連絡するから母さんに代わってよ」と言うとすぐに母さんが出てきて「薫?何があったか説明して」と明らかに怒っている。ヤキモチかもしれない。


「父さんが聞いてたから父さんに聞いてよ。偶然父さんの初恋の人に会えたから電話したんだよ。母さんもこれで父さんから聞けるよ。じゃあおやすみ!また明日電話するね」


母さんの「待ちなさい薫!」と言う声を聞きながら電話を切ってさっさと電源を切ってしまう。どうやっても親世代より現役の俺の方がスマホの操作は早い。


電源が切れた事を確認した俺は「あー、面白かった。ありがとう貴子さん」と言うと貴子さんは顔を真っ赤にして泣きながら「ありがとう薫くん」と言ってくれた。


結局箱ティッシュはふた箱目も終わってしまった。


「でも良かったの?喧嘩しない?」

ひばりさんの心配に俺は「んー…喧嘩なら早い方が良いですよ。今ならラブラブだから仲直り早いし」と笑いながら「それに19年も俺を心配させてきたんだからこれくらいしても許されます」と続けた。


貴子さんは今になって「あ…、嬉しくて昴ちゃんって言ってた」と言って青くなる。


「ダメなんですか?」

「だって奥さんと子供が居るのに!だから最後の電話も鶴田くんって呼んだんだよ」

貴子さんの気遣いとルールでは名前呼びはダメらしい、この勢いなら呼びそうなのにと俺は思った。


「あだ名じゃ無いんですか?あだ名って事にしましょうよ。名前呼びは父さんの勘違い。貴子さんって旦那さんとお兄さんは呼び捨てでしたよね?」

俺の言葉にお母さんとひばりさんも「それがいいわね」「それ採用」と言ってくれた。


俺は帰り際に貴子さんと電話番号とメールアドレスを交換する為に電源を入れたら父さんと母さんから鬼のような不在着信が入っていて青ざめた。


「薫くん、本当に大丈夫?」

「……あはは…、ちょっと怖いです」


遅くなってしまい鷲雄さんは酒を飲んでしまったと言う事で車を出せる人がいなくてタクシーで家に帰った俺はタクシー代まで貰いお釣りは「焼き肉弁当とローストビーフを食べてね」と言われて明日はもう一度ローストビーフリベンジをしようと思い風呂に入る。


そして父さんの素敵な初恋を知れて幸せな気持ちで眠った。

まあ父さんと母さんは怒っていたが一晩経てば大分怒りも収まって平気だろうし、それに電話だから怖く無い。

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