第3話 鶴田 昴に間違えられる鶴田 薫。
偶然の出会いというものはあると思った。
この日、俺が予定を切り上げて一人暮らしをしているアパートに帰ったのはきっとこの為だった。
父さんから「じゃあこれで夕飯と明日は何か美味しいものを食べるんだよ」と持たされた一万円札を持って駅向こうの商店街で少しお高い焼き肉弁当と明日食べるようにローストビーフを買おうとした時、商店街の脇道から男の怒声が聞こえてきた。
見る気はなかったが肉屋はどうしても脇道の先にある。
脇道を越えようとした時に見えたのはガタイのいい男の人と小柄な女の人だった。
「違うって!」と女の人が何かを言っているが頭に血ののぼった男の人は「違うだと!?昨日も寝言で呼んでいた!もういい!俺は麗華と飯に行く!お前は帰ってくるな!」と言って女の人を突き飛ばして行ってしまった。
突き飛ばされた女の人は「あっ?」と言って転んでしまった。
そうなると周りの人は蜘蛛の子を散らしたように去って行った。
本来なら女の人を助けたいがあのガタイのいい男の人が戻って来て因縁をつけられたら厄介だからだろう。
でも俺はなんとなく見ていられなくて散らばった女の人の荷物を拾いながら「大丈夫ですか?」と声をかけて女の人を起こす為に手を伸ばした。
女の人は「いたたた…あのバカ」と言いながらこっちを向く。
そしてバツが悪そうに「ごめんなさい。変なところ見られちゃ……」と言った女の人は俺を見て固まって数秒してから驚いた表情で「昴ちゃん?」と言った。
昴?
昴は俺の父、鶴田 昴しか思いつかない。
「え?父さん?」と俺が言っている最中に女の人は「違うよね。私が40なんだから昴ちゃんは41……」と独り言を呟いた後で「え?お父さん?」と言い、俺の手を掴んで「君?薫くん?」と言った。
俺は頭が混乱していた。
とりあえずこの女の人を起こして荷物を拾って渡すと女の人は目を潤ませて俺の顔を覗き込んで「ありがとう薫くん。お父さんによく似てるね」と言う。
女の人が目を潤ませて顔を覗き込んでくる事に俺は照れてしまう。
そして照れながら「えっと…、ごめんなさい。お姉さんは?」と聞いた。
「あ、そうだよね。とりあえず良かったら少し話せないかな?本当は暑いから喫茶店が良いんだけどあのヤキモチ旦那がその現場を見ると薫くん殴られちゃうからコンビニコーヒーで公園とかどうかな?」
俺はなんとも言えない距離感のお姉さんに逆らえずにコンビニでアイスコーヒーのLを買ってもらうとすぐそばの公園に行った。
女の人は「さあ飲んで」と言って促してくると「おかわりも買うから気にせず飲んでね」と言ってくれた。
だが急にアイスコーヒーがLサイズで出てきておかわりも買うと言われても申し訳なくて「はい。ありがとう…ございます」としか言えなかった。
女の人は俺の顔を見て嬉しそうに「ふふ。困った顔もお父さんそっくり。薫くんはもう大学生かな?この辺りに住んでるの?」と聞いてきた。
「はい。お姉さんは?」
俺はなんとか聞ける事は聞いてみようと思った。
「あ、そうだね。私は今は田中 貴子。旧姓は亀川 貴子って言います」
田中さんと呼んだら少し嫌そうに「ごめんね。薫くんには亀川さんか貴子さんがいいかな」と言われたので旧姓ははばかれたので貴子さんと呼んだ。
貴子さんは父さんが大学生の時…大学を中退した後、同じバイト先に居た人で父さんに起きた出来事を全部知っていた。
バイトを辞めた後も連絡を取っていた事を聞き、俺が生まれた時に父さんは貴子さんに俺の誕生を伝えて、貴子さんが写メをくれと言って父さんが送っていた。
そして貴子さんも結婚の報告を父さんにしていた。
貴子さんは少し不満げに「とは言えお互いに家族が居るから連絡は殆どなくなっててさ、メアドを変えた時だけ送るとかなんだよ」と言ってスマホを見せてくれる。
スマホの画面を見ると転送扱いでメールが入っていた。
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鶴田 昴
了解。教えてくれてありがとう。
こっちも変える時には連絡するよ。
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その日付は2年前だった。
そして気付いた。このスマホは2年前には売っていない。
「あれ?そのスマホって去年のモデル?」
「うん。バレちゃったか。やっぱり薫くんはお父さん似だね。よく見てる。そして優しい。今も色々考えてくれてるよね。声でわかるよ」
声でわかる?
じゃあ、父さんの事も声でわかるの?
その時、俺には確信があった。
この人が父さんの初恋の人だ。
そしてこの人も父さんに恋をしていた。
それなのになぜ2人は結婚しなかったのか。
なぜ今も連絡をとっているのか。
俺は我慢できず貴子さんに「貴子さん!お願いです。俺に父さんの事を教えてください!」と言うと貴子さんはビックリしながらも嬉しそうな目で「何が聞きたいの?私に聞いたって言って怒られるのはやだなぁ」と言う。
父さんの初恋の人は小柄で可愛らしい人で人懐っこい。俺は倍近く年上なのに貴子さんを見てそう思ってしまった。
「大丈夫です!俺、父さんの初恋を知りたいんです!何となく父さんの初恋が貴子さんなんじゃないかって思うんです!教えてください!」
俺の真剣な声、公園で周りに人が居るのに大きな声を出してしまった。
しまったと思った時、貴子さんは凄く驚いた顔で「え?…私?私が昴ちゃんの?」と聞き返すとそのままボロボロと泣いてしまい、周りの人から俺は白い目で見られたがどうする事も出来ずに「貴子さん、貴子さん、落ち着いてください」としか言えなかった。
少しして落ち着いた貴子さんは「昴ちゃんの初恋が私なら嬉しいな」と言ってから少しずつ話し始めてくれた。
「最初に結論だけ言うと全部私が悪いの。私ね、タバコをやめられなかったの。薫くんはお父さん…ごめん、昴ちゃんでもいいかな?」
「はい」
「昴ちゃんはタバコが苦手だよね?だから私は昴ちゃんの彼女にはなれなかったんだ」
そう言った貴子さんは泣きながら話してくれた。
6駅程手前の駅に住んでいた貴子さん。
そこの街に越してきた父さんは大学を中退し、フリーターとして見つけたバイト先で貴子さんと会っていた。
「ウチさ、父親もお兄ちゃんもさっきの旦那みたいなガサツで、それが嫌でさ、昴ちゃんは真面目で優しくてすぐに好きになっちゃった。名前を呼ぶだけで身体が痺れた経験なんて初めてだったんだよ。
でもその時には昔いいなって思った男に合わせて吸ったタバコが原因で付き合えなかった。
私はタバコをやめられなかったの」
それでも週の半分は電話をして、バイト先でも沢山話して、貴子さんがリードする形で父さんをデートに連れて行った。
「私が腕を組みたいって言うと昴ちゃんは嫌がらないで受け入れてくれるけどタバコの後だけは「亀川、ごめん無理」って言うの。そうしたら手を繋いで歩いて臭いが消えるとまた腕を組むんだけど、我慢できない私がタバコを吸うとまたごめんって言われるの」
俺は聞いていて愕然とした。
昔の母さんとの生活からしたら全てが真逆でこれが父さんの初恋だとしたら父さんの20年は地獄だったのではないかと思った。
そして貴子さんが騙されて男の人が居る合コンに行ってしまった、そのひとつのズレが大きくなって修復前に爺ちゃんが倒れて父さんは地元に帰ってしまっていた。
貴子さんはすっかり暗くなった空を見て「昴ちゃんは優しいんだよね」と言う。
それは俺も知っている。だから「はい」と言った。
「だから余命宣告をされたお父さんの為に頑張った。私もついていきたかったし、ついて来てって言って欲しかったけど、まず最初にタバコがやめられなかったよ」
そう言って貴子さんは空を見ながらまた泣いた。
本気で泣いていて小さく「昴ちゃん」と何回も父さんを想って名前を呼んでいた。
俺は貴子さんの顔と涙を見た時に貴子さんに話を聞いて貰いたいと思っていた。
「貴子さん、あの…。俺の話も聞いてくれますか?」
「…薫……くん?」
「俺、一応全部知ってるから、父さんの事を貴子さんに聞いてもらいたい。でもそれは貴子さんには残酷だから…」
俺の言葉に首を横に振った貴子さんが「長い?」と聞く。
俺が「少し…」と言うと貴子さんは「じゃあ待ってて」と言ってスマホを取り出して何処かに電話をすると「鷲雄?どうせ龍輝から聞いてるんでしょ?ちょっと迎えに来て、お母さんとこにひばりって遊びに来てるんでしょ?帰らせないで。それで迎えに来たら鷲雄は龍輝をボコボコにして」と言うと電話を切って俺を見て「会ってほしい人がいるの。ちゃんと家まで送るからいいよね?」と言われた。
何の事かわからない俺だったが貴子さんに言わせると夜の公園に歳の差が凄い2人が居るのはご近所さん的にもマズイらしい。
すぐに車高の低くてウーファーのきいた真っ白なワンボックスカーが現れると中からイカつい男の人が降りてきて「なんだ貴子?その子どした?」と聞いてくる。
貴子さんは前に出ると「この子は薫くん」と言って俺を見て「コイツは兄の鷲雄。見た目は怖いけど平気だからね」と言う。
貴子さんは俺に鷲雄さんを紹介すると「鷲雄、どうせ聞いてるんでしょ?昴ちゃんの子が偶然龍輝に突き飛ばされた私を助けてくれたんだよ。母さん達と話がしたいから家に連れてって」と言う。
鷲雄さんは「マジかよ」と言いながらものすごい目で俺を見た。
正直イカつい鷲雄さんと今もズンツク言っている真っ白なワンボックスカーを見て逃げたくなったが父さんのためにも俺は頑張って、ズンツク言っているだけではなくタバコ臭い真っ白なワンボックスカーに乗って…酔った。
10分もしないで酔った俺を見た貴子さんは「えぇ!?薫くんもタバコダメなの?ごめんね!?」と言うと運転席の鷲雄さんに向かって「鷲雄!消臭剤!!」と言う。
なんだこの勢いはと思っていると運転中の鷲雄さんは「後部座席だよ!」と返す。
だが後部座席は物が散乱していてすぐに見つかる感じではないし、俺はこれ以上後ろを向いたら吐く
消臭剤は諦めて「い…いえ…窓開けてもいいですか?」と聞くと貴子さんは「ドアでも良いよ!」と言ってくれた。
なんかこのノリと距離感を喰らい俺は後悔した。
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