第2話 鶴田 薫の見た両親。

新生活が始まって少し過ぎた。

友達達は連休に帰省する奴もいたが俺は帰省を我慢をした。


母さんのラストチャンスに俺が帰ると良くないと思って我慢したが案外手持ち無沙汰で、父さんには「そう言う時に課題をやるといいよ」と言われていた。


課題は確かに出ていたので黙々と片付けるが、1人暮らしというのは良くも悪くも1人で困る。

これが家なら父さんが「薫、コーヒー飲む?」と聞いてくれるし、時間になると母さんがご飯を作ってくれる。


正直、ラストチャンスなんて言わずに帰ればよかった。

母さんは嫌いではないが変わる気はしない。

だったら早々に離婚を提案しても良かったかもしれない。

だがそうなるとこの生活も破綻する。

今家族がバラバラになってしまうと俺も困る。



暫くした休みの朝、メールの着信音で目が覚めた。

また友達からの遊びに行かないかのお誘いだと思った。

付き合いが悪い自覚はあるが、どうにも仕送りのお金が目減りして行くと怖い。

通帳に記帳されていくマイナスが怖くて堪らない。


母さんには「余ったら必要額まで入れてくれればいいから」と言っても大目に入ってくるが、それでも怖くて使えない。


そんな俺でも独り暮らし開始時はスーパーでステーキ肉に飛びついた。

その肉は硬くて不味かった。

母さんの買い物に付き合った時に見た値段は倍以上していたので「俺って母さんと違って買い物上手!」と思ったが大間違いだった。


高いものには高い理由、安いものには安い理由があった。

お陰で最近は倍以上のステーキ肉を買うなんてとてもできずにふりかけご飯が多い。


そんな事を思って断りメールの内容を考えながらスマホを開けるとメールの相手はまさかの婆ちゃんだった。


婆ちゃんは面白い人だがこんな朝からメールをするタイプではない。

だから何かあったのかと心配になってすぐに開けたら件名と本文が無しで写真が一枚入っていた。


その写真にはこれ以上ないくらい驚いた。


父さんと母さん、婆ちゃんの3人が笑顔で写っていた。


人は驚くと1人でも声を出すのだろう。

俺は「はぁぁ!?父さん!!母さんと婆ちゃん!?なんだこれ?」と言ってしまった。

すると今度はチャイムが鳴って宅急便だと言うから出てみると父さんと母さんだった。


2人はとても仲睦まじくて初めて見た俺は嬉しさでテンションが上がった。

母さんは父さんと仲良さそうにして「昴さん」と名前呼びまでしていたのだから仕方ない。

そのまま母さんは部屋に上がり込むと台所なんかを見て女の気配を気にした後で溜まった洗い物に肩を落としながら洗ってくれた。

女の気配なんてある訳が無い。


「俺は父さんと母さんを見て、これがごく普通の結婚だとしたら結婚どころか恋愛をしたいと思えない」

そう母さんに言った。

今もテンションは上がっているが、恋愛と結婚は考える気にもならなかった。



父さんは2人きりの時にキチンと頭を下げて俺に感謝をしてくれた。

やはり父さんの初恋が気になったが父さんは母さんにも答えてないから保留だと言った。

それでもと食い下がる俺に「なんでそんなの気になるんだよ」と父さんが言う。

それは父さんなら素敵な恋愛をしてきたからだと思っているからだった。



父さん達の仲がよくなり過ぎたのも考えもので、家族3人でやり直したいと言っていたのに、さっさと仲の良さをアピールして帰って行ってしまった。


おかげで昼はステーキ、夜もご馳走と思っていた俺の計画はポシャった。


まあ今度母さんの実家のじいちゃん達にたかろうと言っていたからその日を待とう。

母さんは昔の過ちで天宮の爺ちゃんと婆ちゃんとは仲が良くない。

それは子供の頃から感じていた。

母さんに何か言いたそうにして我慢をする爺ちゃん、そして何かに怯える婆ちゃん。

婆ちゃんはしきりに父さんの仕事や俺の成績や進路先なんかを気にしていたが母さんとはロクに話をしない。

だから母さんから実家に行こうと言い出したのには驚いた。



案外その日はすぐに訪れた。7月の連休に戻って来いと言われた俺は家族3人で待ち合わせをして天宮の家に行った。

到着直前に仕返しがしたいと言い出した母さんに驚いたが母さんは仕返しの全てをした。



玄関で元気よく「来たわよ!」と言い、婆ちゃんが目を白黒させて飛び出してくる時に出てきたお隣さんに父さんと俺を紹介する。


そして爺ちゃんに「お父さん、薫ってば生活費が余っても使うの怖いっておかずとかあまり買わないのよ?」と言い、爺ちゃんが「じゃあ今日は何が食べたいんだい?」と言うように仕向けると母さんは笑顔で「薫!今よ!」と言った。


その笑顔は息子の俺も見たことのない笑顔だった。母さんからの突然のパスに「えぇ?ねだりにくいよ」と慌てる俺に爺ちゃんは「お祝いだよ言いなさい」と言ってくれて寿司になった。


俺は一応気は使う。

爺ちゃんに「回る奴!その代わり少し高いお皿もいいかな?」と聞くと爺ちゃんは嬉しそうに「あはは、いいよ。こんなに嬉しいのは久し振りだから奮発だね」と言ってくれた。

そういえば爺ちゃんのこんな笑顔も初めて見たかもしれない。



笑顔の爺ちゃんの後ろで婆ちゃんは父さんに「お仕事はどうですか?薫の行っている学校はいいところ?」と聞いていて、改めてみると母さんが怒る理由がわかった。

婆ちゃんは俺達の幸せよりも周りの評判を気にしている。

まあ、母さんの過去を知っているので婆ちゃんがそう思う気持ちも何となくわかるが俺は婆ちゃんよりも母さんの方につきたかった。


「昴さんの仕事は順調、部下の皆さんも昴さんが入院した時には代わりに厄払いに行ってくれました。それより昴さん!私のアルバムを見てください!約束の卒業アルバム!」

母さんはそう言って部屋から持ってきた高校の卒業アルバムと大学時代に撮った写真を持ってきた。


父さんに過去を秘密にしていた事から卒倒する婆ちゃんに向かって「昴さんは全部知ってるわ。それでもこうして私を妻にしてくれてるの!」と母さんは言って本当に20年を取り戻そうとしていた。


この勢いは知らなかった。変わっても今までの母さんにちょっと毛が生えるくらいだと思っていたがこれは凄い。

俺は呆れた顔で「爺ちゃん…、母さんが変わった」と言う。

呆れる俺に爺ちゃんは「済まないね。でも薫が頑張ってくれたって美空から聞いたよ。薫のおかげで美空は笑顔だよ。ありがとう」と言ってくれて、寿司は好きな皿をコレでもかと食べなさいと言って貰えた。



三連休で3日全部いる予定だったが俺は2日目の午後には帰る事にした。


「え?行っちゃうのかい?」

「あら、明日は最終日だからすき焼きにしてあげたのに」


残念そうな父さんと意外そうな母さんを見て俺は肩を落としながら「…父さん、母さん。夫婦茶碗に夫婦箸までは良いけどペアのマグカップにタンブラーに…。見せつけられたら俺が居づらいって…」と流しで乾かしてあるタンブラー達を指さした。


そう、母さんはやり直すどころか暴走していた。今までの食器を全て新しくしてやり直すと意気込んで父さんと買いに行ったそうだ。


なのに、家族3人でやり直そうと言ったのに俺の食器は出て行った時のままでなんというか傷付いた。


照れて謝る父さんと「あら、薫がやり直してと言ったのよ」と言う母さんに見送られて俺は帰路に着いた。

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