20年越しの初恋。
さんまぐ
第1話 鶴田 薫の疑問。
父さんと母さんはおかしかった。
それに気がついたのはいつだかも思い出せない。
初めからおかしかったのではないかと子供ながらに思っていた。
父さんは母さんに話しかける。
母さんは返事をする。
だが母さんから父さんに話しかける事はほとんどない。俺が幼稚園に入るようになって記憶が確かな頃からは確実に「薫、お父さんに聞いてきて」と言われて幼い俺は言われるがままに「はーい。お父さん、お母さんが今日はカレーでいいかな?」と聞きに行き、父さんは一瞬だけ悲しげな顔をした後で優しい笑みで俺に「ありがとう薫。じゃあ一緒にお母さんに言いに行こうか」と言って父さんは俺を抱き上げて母さんに「はい。カレーでよろしくお願いします」と言った。
この母は俺を通し、父はキチンと話す。
この流れが当たり前だった。
父が敬語なのは母が年上だからだと言う事はすぐにわかり、それは変な事ではなかった。
幼稚園でも年齢で話し方が違うのは先生達も同じだった。
だが母親が歳上と言うのはあまりいない事に気がついた。
でもそれもおかしな事はないとわかっていた。
でもウチはやはりおかしかった。
俺には優しい爺ちゃんが居た。
なんでも買ってくれて、何処にでも連れて行ってくれた。
父さんに頼んでいたペンギンが見たいと言うお願いも話を聞いた爺ちゃんがすぐに連れて行ってくれた。
玩具も良く買ってくれた。
遊びすぎて壊すと怒られるのではなく「おお!壊すまで遊んでくれたのか!?同じものか?別のがいいか?」と言って新しい玩具を買いに行って代わりに壊した玩具を大事そうに持って帰っていた。
それでも爺ちゃんはゲーム機だけは買ってくれなかった。
「爺ちゃんが薫と遊べない玩具はゴメンな」
そう謝られて納得をした。
そんな爺ちゃんはまだ早いのにランドセルを買いに俺を連れて行った時にゲーム機を買ってくれた。
なんでかわからなかったし、でもゲームをすると悲しそうで爺ちゃんの前ではやれなかった。おかげで今もゲームはほぼしない。やろうとすると爺ちゃん思い出してなんとなく手が伸びない。
その爺ちゃんはそれからすぐに死んだ。
病気だった。
中学の時の法事で親戚のお爺さんから余命宣告を過ぎても元気で居たのは俺といたかったからだと言われた。
中学の時、クラスの女子から告白をされて「同じ高校に行きたい」と言われた。
気持ちが悪かった。
付き合う?夫婦になる?
テレビの向こう、物語の夫婦やカップル、それこそ友達の両親を見てもウチとは違っていた。
俺にとっての夫婦は父が敬語で年上の母に話しかけて、母は素っ気ない返事をする。
母は決して父の名を呼ばず、話しかける時も俺に代わりに聞いてこいと言う。
そんなものになりたいのかと思ったら「やだよ。気持ち悪い」と言ってしまい、女子には泣かれてしまった。
あの涙と絶望の表情を見たらなんとも言えない嫌な気持ちになった。
そして家に帰った時に専業主婦の母さんから「薫、今度高校の学校見学に行かないと、お父さんと行くわよね?」と聞かれた時に爆発した。
「母さんは行かないの!?」
この言葉に母さんは「ほら、薫はお父さんと仲良しだから」と誤魔化した。
これだ。
誤魔化しと言い訳。
俺と父さんが仲良しだから出る幕ではないという態度。
専業主婦も大変とは友達の母親がぼやいていたので知っている。
だが父さんも朝から晩まで働いている。遅くなっても帰ってこない日もあった。
俺は学校の苛立ちもあって「なら俺が母さんと行きたいって言ったら来るよね?」と聞き、母は「…本当にお父さんじゃなくていいの?」と言ってきた。
この事に腹を立てて住んで2年が過ぎた自室に篭った。
これは流石に母さんも父さんに話したのだろう。父さんは仕事から帰ってくるとすぐに俺の部屋に来て「薫、どうしたの?お母さんが心配していたよ」と優しく聞いてくれる。
父さんはわざわざしゃがんで俺の目線で話してくれる。優しく頭を撫でてくれる。
父さんは母さんに好かれてないよ!
そう言ってみたかったが勇気は出なかった。
「今日、学校で進路の事で嫌な事があったんだ」
「進路?それは悩むし仕方ないよね」
「父さんは仕事が大変で疲れてるから俺と母さんが学校見学に行けばいいのに母さんは俺と父さんで行く話をしたんだ」
唯一の抵抗。
これに父さんは嬉しそうに微笑んでくれて「ありがとう薫。大丈夫だよ。俺は薫のお父さんだよ?頑張るよ」と言ってガッツポーズを見せてから頭を撫でてくれた。
この父になら気持ち悪さの正体がわかるかもしれないと思い、「…後、クラスの女の子が同じ高校に行きたいって言ってきて気持ち悪かったんだ」と漏らした。
父は嬉しそうに「薫も大きくなったね。自分の人生なのに薫に任せた気がして気持ち悪かったんだね。でもその子は大切な初恋をしたかも知れないから薫を優先したんだ」と教えてくれた。
俺の質問に答えながら父さんは「早い方がいい」と言って俺を外に連れて行く。
「美空さん、夕飯は少しだけ待ってください。薫と外で話します」
「はい。わかりました」
父さんは少し悲しげな顔だがすぐに笑顔で「さあ、薫」と言って外に出るとその子の事を聞いてきた。
小学校から一緒の子だったので、父さんもその子の事を知っていて、親同士の付き合いもあったから父さんは公園に着くと「謝るなら早い方がいい。手遅れになると大変だからね」と言って相手の父親に電話をする。
電話が繋がると相手の家では娘が落ち込んで帰ってきて食事もいらないと言っていると大騒ぎになっていた。
父さんが相手の父親にザッと経緯を話してくれた。
父さんらしい真面目で優しく、そして誰も傷つかない説明。
父さんのスマホから「あー…、それでしたか。まったく、進路を人任せにするなんて」と聞こえてきた後で父さんは俺にスマホを持たせる。
「え?」と驚くが「自分で話すんだ。薫は大きくなったら自分で行動をする。いつも周りが助けてくれるなんて思わない事だ」と言われる。
ここで突き放されるとは思わなくて電話をとって「もしもし」と言うと相手の父親は謝ってくれた。俺は慌てて「俺こそごめんなさい。よくわからなくてなんでそうなったのか分からずに気持ち悪いって思った事が口から出てました」と説明すると笑われて「わかるよ。少し待ってくれないかな?」と言われた。
受話器の先からは「やだよ!」と聞こえてきたが向こうのお父さんとお母さんの「早く仲直りしなさい」の言葉で少しして涙声で「…もしもし」と聞こえてきた。
俺は「ごめんなさい。大事な進路なのに俺と同じところって言われた事に驚いて自分で整理出来なくて気持ち悪いって言っちゃった」と謝ると相手の子は「良かった」「嫌われなかった」と言った後で「鶴田くんは勉強出来るから目標にしたかったの」と言われて「目標?そうだったんだ」と返した。
これは告白ではない。
俺は父さんに、相手の子は家族にそうアピールした。
これが連休明けだったらどうなっていたか怖かったが、きっとあの子は仲のいい子に「薫は進路の事で気持ち悪がっただけだった」と言って丸く収まるだろうと父さんに言われて放置していた場合大変なことになっていたと気付いた。
ここで一つ気になった事があった。
「父さん、ありがとう」
「いやいや、いつでも言ってね」
ならばと俺は「ねえ、父さんの初恋って?」と聞いた。
父さんは「え?」と言って驚いた顔をした。
「聞いてもいい?」
「俺と美空さんの子供の薫がいる。それでダメかな?」
そう言った父さんの顔を見たとき、それ以上聞けなかった。
聞けば大概教えてくれる。
知らない事は一緒に調べてくれる父が言わないのなら俺は聞けない。
父さんは母さんにお土産のコンビニスイーツを買って帰って「美空さん。ダメそうな日は言うからそれ以外は俺が薫の学校見学に行きます。これまで通り保護者会とかはよろしくお願いします」と言っていた。
「はい。わかりました。よろしくお願いします」と返す母に腹がたちながらも「さっきはイライラしてごめんなさい」と謝ると「いいわ。仕方ないことよ」と言われた。
高校になりまた進路の話が出始めた。
中学の時、受験が終われば遊べるから頑張れと言った教師は嘘つきだ。
余程父さんの「一旦休めるけどすぐに進路の話が出てくるから頑張ってね」の言葉の方が正しかった。
学力と将来を考えると家を出て3時間離れた大学に行くのがいい。
だが問題はこの家だ。
俺抜きで父と母はなんとかなるのだろうか?
そう思った時、俺は進路相談として母と2人きりになって子どもの頃から気になっている事を聞いた。
初めは誤魔化して逃げた母さんを逃さずに問い詰めるとようやく話し始めた。
母の返答は想像の遥か上をいっていた。
信じてきたもの全てが打ち砕かれて、疑念は確信に変わった。
大好きだった祖父が原因で父さんは見ず知らずの母さんを妻に持った。
母さんにも事情があって、愛した男を守る為に何が何でも父さんと結婚する必要があったと言われた。
俺は少し悩んだ結果、母さんに俺が大学に行っている4年間がラストチャンスだと告げた。
4年して関係が改善出来なければ父さんに離婚を提案すると言った。
母さんはまた誤魔化して逃げるかと思ったが「わかったわ。薫が家を出てから始めてみる」と言った。
その後で母さんに父さんの初恋を聞いてみたがやはり母さんは何も知らなかった。
父さんが本来結婚をしたかった人はどんな人だったのだろう。今も気になって仕方なかった。
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