消えたハトの行く先について

「ほら、火出るよ火。ファイア!」


 気づけば、豪華なホテルのロビーみたいな場所に立っていた。

 煌めくシャンデリア、毛足の長い絨毯、シックな色使いの調度品、広々とした空間で、白雲が手から火を吹いている。

 なんでホテルのロビーなんだ?

 寝てる間に連れてこられた、というわけでもなさそうだ。おれは寝ても夢なんて見ないから、これは夢ではないと思う。頬をつねってもちゃんと痛いし、たぶん夢じゃないと思う。うん。多分そうだろう。その証拠に、白雲のバカみたいな行動もバカみたいだと正しく認識できる。だって、


「いやお前、元から火出せるじゃん。ハトとかも」

「あそっか!」


 白雲は火を止め、こちらに向き直り恭しく礼をすると、懐からハトを出して見せてくれた。ハトはつぶらな瞳でおれを見ると、開け放しになっていた扉を抜け、どこかへと飛び去っていった。


「お前が出すハト、どこから来てどこへ行くんだ?」

「うーん、それは僕にもわからないな。いいや、ハトがどこから来て、どこへ行くかなんて誰にもわからない……」

「そうだな、雲来末風来末」

「どこから来るかくらいはわかっててくださいよ。手品なんですよね?」


 呆れたような水卜の声が脳に響く。

 まだテレパシー繋がってたんかい。わかりづらいよ。


「今繋ぎ直しましたから。私ほどの占術師になるとテレパシーのONOFFなんて自由自在です」

「ねー、チカちゃん。手品ってハトの行き先わかるの? 占いじゃなくて?」

「いや、手品なんだったら自分で仕込むんだからわかるでしょう?」

「しこ……? わかんないけど?」

「……ちょっと黒輪さん。なんかこの人、話が噛み合ってないんですけど」

「白雲と手品の話すんな。そいつの手品はそれでいいの」


 白雲は手品師だが、天然物の手品師なのでタネも仕掛けもなくなんでも出せるし、なんでも消せるのだ。サイズに制限があるみたいなことを言っていたが、どこまでいけるのかは本人にしかわからない感覚の話なのでわからない。前に二人でべろんべろんになるまで酔っ払った時に海を消せるか聞いたことがあるのだが、


「さすがに海は無理だよ〜東京タワーくらいならまだしもさ!」


 と言われたきり、深く追求するのはやめた。怖い。

 本人だけの中で完結しているものを、わざわざ引き摺り出してまで理解する必要なんてないはずなのだ。

 俺の考えを読んだ水卜が、ドン引きの思念を隠さずに送りつけてくる。


「天然物の手品師って、それ、手品じゃないじゃないですか」

「本人が手品だと思ってるものをおれたちがとやかく言ってもしょうがねえだろ」

「めちゃくちゃすぎます。はあ、信じられない。自分の能力のことを何も知らない能力者なんて」

「ねーねーチカちゃん、占いでハトどこ行ったかわかんの? 知りたいよ僕も」

「つーか凄腕占い師なら、白雲の手品が本当はどんな力なのか、とかも占えばわかるんじゃねーの?」

「あなた達のおかしな能力に関わることは私の占術では見えにくいんですよ。覚醒者とかいう人たちの方がまだ見えます」

「ふーん、なんでかね」

「私が知りたいですよ」

「ハト占い! チカちゃん!」

「うるさいですねー!」


 盛り上がってる二人を放っておいて、おれも小声でファイアと呟いてみた。声は小さかったが、思いは本物だ。おれの本気の思いが通じたのか、イメージ通り、ライターで点けるような火が指先に灯った。小さな感動を誤魔化すように、おれはせきばらいをする。


「出たな……火」

「なんで二人とも火で試すんですか? 室内なのに危ないじゃないですか」


 いつの間にか言い争いをやめた水卜が、おれの手元の火を見て冷めた感想を述べる。

 いや、出したいだろうが……火は。


「確かに。なんでだろうね」

「風とかだと見えないから分かりにくいからじゃねーの」

「別に空飛ぶとかしてもいいじゃないですか。魔法なら何でも使えんですよ、そこ」

「うわーホントだ! 飛べる!」

「試すの早えな」


 目を向けたら、白雲はまるでピーターパンみたいに自在に空を飛んでいた。順応が早すぎる。


「んで……この魔法が使える世界に『魔法使いの覚醒者』がいるってか」

「ニュアンスがちょっと違いますね。この使、が正しいですかね」

「こまか……なんでもいいだろ」

「とにかく、その人をヨウくんが寝かせちゃえばいいんだよね!」


「出来るものならそうすれば良い……この『魔法使い』を貴様ら程度が打倒できるとも思えんが」


 聞き慣れない粘着質な声の先には、全身黒づくめの痩せ型の男が立っていた。

 髪の毛は伸び放題乱雑に伸びていて、脂で光っている。

 眼鏡の向こうに見える肌はいかにも不健康そうに生白く、手入れされずに荒れている……


「なんか出たぞ」

「あの人が『魔法使いの覚醒者』?」

「そんな、今日は様子見だけのはずだったのに! すぐに帰還を……!? うそ、妨害!?」

「知らなかったのか? 魔王からは逃げられない」


 不健康そうな見た目の魔法使いは、右腕をこちらに向かって伸ばすと唇を歪めた。


「いや、別に逃げるとかナイけど」

「無茶です! 相手は覚醒者の中でも危険度の高い武闘派で」

「テレパシー聞かれてんだからちょっと黙ってな、占術師」


 ハッと息を呑む気配の後、水卜とのテレパシーが切れた。


「逃げなくていいのか? 矮小なる『午睡者』よ」

「どこに逃げんだよ。どうせどこに逃げてもワープとかできんだろ」

「無能にしては察しがいいじゃないか……」


 大仰な身振りと芝居がかった口調で、『魔法使い』はくつくつと笑う。


「だがそれ故に己の最期を悟った哀れな羊、か」

「ヨウくん、この人話長いよ」

「慣れてないんだろ。火出してやれ火」

「てや! ファイアボール!」


 声と同時に、白雲の手からバレーボールくらいのデカい火の玉が飛んでいって、『魔法使い』の手元で大爆発する。


「おい! 死ぬだろあんなん出したら!」

「てへへ」

「成人男性がてへへじゃないんだよ」

「誰が死ぬか!」

「あ、無傷」


 特撮の派手な爆発くらいデカめの規模の爆発だったにも関わらず、『魔法使い』は炎の中から平然と現れた。

 よく見ると、透明な金色に輝く膜みたいなもので全身が包まれている。


「……フ。この魔法領域の中で我が絶対の盾を破ることは不可能だ……そして」


『魔法使い』が腕を振ると、天井の豪華なシャンデリアがバラバラに斬り刻まれ、俺たちの頭へと降り注ぐ。


「うわ! えーと、バリア! バーリア!」

「タネも仕掛けもございません!」


 おれが慌ててなんらかのバリアを貼ろうとしたところ、白雲がシャンデリアの破片を消し去っていた。


「この絶対の矛は全てを斬り裂く……助かるとは思わないことだ」

「いや、助かったけど」

「ねー、『魔法使い』さん、その矛でその盾突っついたらどうなんの」


 おれは強がってみせたが、ちょっと声が震えていた。

 眩く輝く白い光の剣を構えて、変なポーズをとっている『魔法使い』に、白雲がのんきな質問を投げかける。

『魔法使い』は左手で顎を撫でる。


「ほう、矛盾の故事を知っているか……」

「そんくらい誰でも知ってんだろ。白雲バカだって知ってる」

「最強の矛と最強の盾の話だよね! そんなのありえないってやつ!」

「然り……だがもしその両者が不可分であったらどうなる? 無敵の盾の持ち主のみが無敵の矛を手に入れられるとしたら?」


 おれがツッコミを言おうとする間もなく、『魔法使い』は野球のバッターが球を打つ時のように光の剣を構える。


「そこに矛盾は生じない……我こそがこの魔法領域を統べる『魔法使い』! 我ただ一人が振るう故に! 我が盾は絶対の盾! 我が矛は絶対の矛となるのだッ!」


 構えた光の剣は一瞬で伸びる。

 そして、『魔法使い』が振るう腕に従って、おれたちの身体を真っ二つに斬り裂こうとして、白雲に消された。


「バカな……我が矛が!?」

「ちゃらららららーん」


 音程の外れたオリーブの首飾りを歌い始める白雲と、未だ何が起こったのか理解していない『魔法使い』。

 まあそうだわな。白雲の手品を初めて体感したならそうなる。

 何度出しても即座に剣を消され続ける『魔法使い』に、白雲が得意げに胸を張る。


「出したり消したりは得意なんだ。火でもハトでもなんでもござれ。それが『絶対の矛』だろうとね」

「バカな! この弱そうなやつがそんな強力な能力者なはずがない!」

「弱そうって言うな!」


 怒りのこもった大声と共に白雲が腕を振ると、光の剣が生えてきて、『魔法使い』のすぐ脇の床を斬り裂いた。

……いや。ありゃ、あいつの纏ってた光の膜みたいなのも斬ってるな。


「バカな……我が絶対の盾が!?」

「おいこいつ語彙少ねえぞ」


 バカな! しか言ってねえじゃねえか。


「矛のが盾より強かったね」

「そんなはずはない! 我が矛は反射することも防ぐこともできない絶対なる魔法のはず!」

「ふーん。でも出したり消したりできないわけじゃないからね」

「『防ぐこともできない』はできてるじゃん。お前のバリア割れてるし。よかったね」

「よくなァい! この私が、覚醒者たるこの私がこんなのほほん野郎共に負けるはずがないのだ!」


 顔を赤くして地団駄を踏む『魔法使い』。初めの頃のカッコつけた言動など見る影もない、駄々っ子のような振る舞い。

 なんだかかわいそうになってきちゃったな。


「あー、もういいや。『魔法使い』。んじゃこいつは防げるのか?」

「フン……今度は貴様か。いいだろう! どんな攻撃だろうと絶対に防いでみせる! 我が盾は絶対なる拒絶の盾! 空間、時間、全てに干渉する最強の」

「さん、にー、いち、ゼロ」


 血走った目を見開いて、こちらの一挙手一投足を見逃すまいと睨みつけてくる『魔法使い』に向かって、振り子を揺らして見せつける。

『魔法使い』は顔から思い切り床に倒れ込んで眠ってしまった。

 小さく拍手し続ける白雲を黙らすために、とりあえずそれっぽいことを言っておく。


「あー……透明だし、防音でもない。おれの姿が見えてる時点で勝ち目ないよ」



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