テレパシーは占いじゃないだろ

 酒の勢いのせいか、腹がいっぱいで気も大きくなっていたせいか、とりあえず行ってみなきゃわかるめえ、ということで覚醒者退治に行くことになった。退治って。桃太郎の鬼退治じゃあるまいし。犬、猿、雉の代わりに俺が従えるのはチワワみたいな成人男性手品師の白雲だけだ。こいつは何かを出したり消したりする手品が得意だが、バカだから見せ方も話術も下手で見ちゃいられない。


「ヨウくん。僕急に不安になってきちゃったよ、暗いし」

「大丈夫だろ。いざとなりゃビッとやってスコンだよ」

「そうかあ、ビッとやってスコンだね」


 振り向いてふにゃっとした笑顔で応えるこいつを、先ほどチワワと評したがおれより身長もあるし顔もいい。そういう奴がプルプル震えてるのは、ものすごく格好がつかないのだが、でも気のいいやつだし、便利な手品もあるし、邪魔にはならない。


「成人男性の会話ですか、それが。バカ丸出しじゃないですか」

「なんだとう」


 口の悪いこの女は水卜誓。覚醒者をしばくおれ達には着いてこないで遠隔でサポートを行うそうだ。というか今まさにテレパシーみたいなので遠くから話しかけてきて気持ち悪い。しかもやっているのは今のところサポートではなく遠隔地からの冷たいツッコミだけだ。遠くから見渡す役ということは雉の枠だろうか。


「……はじめに言いましたけど、そういうの全部聞こえてますからね。ていうかほんとにうるさいですね、あなた。表層思考が速くて……キモい」

「なんだと!」


 白雲の真似をしてみたがうまくいかなかったぜ。と、ツッコミ待ちの思考を垂れ流すと、今度はツッコミを飛ばしてこない。素直じゃない女だ。だいたいテレパシーは占いと関係あるんだろうか。つかテレパシーである意味あるか? イヤホンつけて電話してればいいんじゃないか。


「流石に地下鉄の整備路だと電波の保証ができませんので」

「え、これ遊鞠さんにも聞こえてるんすか」


 このテレパシーの声まで胡散臭いのがおれ達のボスということになる遊鞠双兵。政府職員を自称するめちゃくちゃ怪しい奴だったが、地下鉄の駅で言われるがままに渡された書類を見せたら、整備用の通路に丁寧に案内されたので、もしかしたら本当は偉い人なのかもしれない。でも、なんか分身とか使ってたみたいだし、忍者の方が可能性としては高いだろうとおれは疑っている。ってかやべ、これも聞こえてんのか。


「そんなに偉くはないですが、忍者なのは正解ですよ」

「本当に忍者なのかよ!」

「そっちは信じるんですね、卜ノ司のことは信用していないのに」


 うっ、と言葉に詰まる。見透かされている。

 白雲が呑気で元気な思念で話しかける。


「おーい遊鞠さん! こちら異常なし!」

「それは重畳。あと200mもしないうちに、目的地の電磁的に遮断されたシェルターがあります」

「電磁的に遮断されたシェルターが、こんな地下になんのためにあるんだ」

「知りたいですか?」

「あ、やめてください。私、それ絶対知りたくないです」


 拒否、拒絶の意識を思い切りぶつけてくる水卜。テレパシーってこういうのもできるんだ。

 この女はバカではない上、占術師だけあって危機察知能力がものすごく高いということをしゃぶしゃぶを食べながら散々聞かされた。話半分に聞いていたが、つまりこいつがこれだけ嫌がる情報は、聞くだけで災難に巻き込まれる厄ネタということになる。


「その認識で概ね合っていますが、冗談ですよ。情報を漏らしたとあっては私もタダでは済まないですので」

「そんなところに今日出会ったばっかの人間を送り込もうとするんじゃねえよ」

「まあまあ。同じ鍋の飯を食べた仲じゃないですか」

「大丈夫だよ。いざとなったらビッとやってスコン、でしょ?」

「んー……」


 白雲が振り返ってウインクしてくる。その場合おそらくおれが眠らせることになるのは国家権力とかそういう勢力になるんだろうし、絶対に大丈夫ではないが、白雲にそういう説明をしても仕方がないので曖昧に頷いておいた。


「あ! なんか潜水艦の入り口みたいのがある!」

「そのハッチの向こうがシェルターです。ハンドルを左に回せば開くはずですよ」


 言われた通りに円形のハンドルを回すと、軋むこともなくすんなりと開いた。入り口のドアが電源とつながっているのか、ひとりでに明かりがついた。コンクリート打ちっぱなしの立方体のような空間で、何もない空間だった。あ、でもコンセントさすとこはそこそこあるな。シェルターってこういうのでいいのか? おれの疑問は向こうに伝わっているだろうに、遊鞠は無視して話を進めようとする。


「二人にはここから夢の世界に渡ってもらいます」

「なんでわざわざこんな地下から?」

「地上は『魔法使いの覚醒者』が占領するビルです。正面から乗り込んだら魔法のいい的ですよ」

「魔法ってさあ、火とか氷とかビームとか出るやつ?」

「火とか氷とかビームとか出るやつもあれば、もっと色々出るやつもあるみたいですよ」

「やべーよヨウくん! そんなんされたら死んじゃうよ」

「消せばいいだろ。お前の手品で」

「あそっか」

「あそっかじゃないですよ。手品ってタネも仕掛けもあるからできることでしょう。タネも仕掛けもない、敵の魔法を消せるわけないじゃないですか……って、え。本当に消せるんですか」


 白雲ならそんくらいできるということをおれも白雲も全然疑っていないのをテレパシーで察知したのか、水卜が黙り込む。


「それって……手品なんですか?」

「出したり消したりするのは得意なんだ〜。だから大丈夫!」

「そうだ。大丈夫だぞ」

「心配してくれてありがとね」

「別に心配なんかしてませんよ。私の初仕事がこんなバカみたいな理由で失敗に終わったら最悪だなって思っただけです」


 おれと白雲は思わず顔を見合わせた。本物だ……本当にこんなこと言うやついるんだ。感動7割、呆れ3割でおれは肩をすくめ、白雲はウインクした。


「んじゃま、最悪だけは避けますかね」

「で! どうやって夢の世界に行くの?」

「目を瞑って集中してください」

「集中ってなんだよ」

「ムムム……」

「下手すぎます。意識を凝縮することもできないんですかあなた達……目を閉じると、目の前に大きな暗い穴があります。穴はだんだん形を成して、扉のような形になります。扉にあなたは手をかける」


 すると、扉は開くのではなく、おれの身体あなたは溶けるようにして扉そのものになる。

 おれの意識あなたが開く。

 光が溢れる。

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