あの頃みたいに

 蒸気を噴いて(比喩表現)倒れた美月を止むを得ず杏奈の部屋で休ませることになったが、祝勝会は続行されることになり、主役が1名欠席した状態の祝勝会となってしまった。


「人が煙噴いて倒れるの、フィクションじゃなかったんだな……」

「いやフィクションだろ……」


 感心しながらそう言う蒼介に的確にツッコミを入れる京香。祝勝会はそれなりに順調に進んでいて、全員それなりに食事を取り終え、現在はコップに入ったジュースを飲みながら談笑をしていた。


「話は変わるのですが……」


 5人で談笑している中、そう言葉をあげたのは花桜だった。


「蒼介さん、改めて伺いますが……貴方は真田夫妻の実子で……よろしいですか?」


 ハンバーグにフォークを伸ばしていた蒼介の手が止まる。それは、以前にも花桜が質問してきたことだった。


「か、花桜先輩それは……」


 花桜の言葉を制止しようとした花楓の言葉は、蒼介によって制止された。花楓の肩に手を置き、それ以上言う必要はないと意思を示す。


「……確かに、俺は花桜先輩の思う、真田夫妻の実の子です」


 蒼介は花桜の言葉に、頷きながらそう答えた。


「……そう、でしたか……やはり……」


 蒼介の言葉に驚きの顔を一瞬見せる花桜。とは言え初めからそうなのだろうと予想はしていたのか、納得した表情に変わる。


「……アタシは知らないんですけど……その、真田夫妻って人はそんなに有名なんですか?」


 唯一その中で、真田夫妻という存在についてよく知らない京香がそう花桜に問う。花桜は嫌な顔一つせず答える。


「そうですね……例えば」


 花桜少し思案し、京香にもわかりやすい説明を始める。


「天原学園最強能力者トーナメントで使用されていたバリアー装置」

「?はい」

「医療や災害現場でも使われる、翼力を使い制御するアーム型機械」

「……?」

「身体の弱い人の筋力を補強してくれる翼力消費型のマッスルスーツ」


 指を折りながら例を挙げていく花桜。花桜が次々挙げていくそれらは、京香でも知っている程この世界に革命をもたらした発明の数々であった。


「……今挙げたこれら全て、真田夫妻の手によって生み出されたものです」

「え、えぇ!?」


 言われたことに脳の処理が追い付いていないのか、周りを見る京香。蒼介、花楓、杏奈は京香に対して首を縦に振っていた。


「そ、そんなにすごい人だったのかよお前の親って……!?」

「あ、あぁ……まあ、そうなるかな……」


 興味ありげにじろじろと蒼介に視線を向ける京香。まるで身体に穴が開きそうな視線に目を逸らしていた蒼介だったが、ふと辿り着いた京香に疑問をかけられることになる。


「……あれ?でもなんで蒼介は杏奈の家にお世話になってんだ?」

「……」


 その言葉を発した瞬間、場の空気が重くなるのを京香は肌で感じた。まずい一言を放ってしまったと本能で理解してしまった。現に、あんなに明るかった花楓の表情が暗くなり、杏奈は京香をギロリと睨みつけていた。


「あ、いや……ご、ごめん。デリカシーがなかった」

「うん、いいんだ。もう昔のことだし」


蒼介は杏奈の視線を咎めるように指で合図し、杏奈は渋々と敵意の籠った目線を京香へと向けなくなる。杏奈が落ち着いたのを見てから、蒼介は話し始めた。


「……今はもう、いないんだ。この世に」


蒼介のその言葉を、杏奈と花楓、花桜は黙って聞いていた。京香も、先程の空気から凡その予想は立てていたが、まさか本当に死を迎えていたとは思わず驚いていた。


「……そう、か。そりゃ、災難だったな……」


つい数分前までは楽しい祝勝会の雰囲気だったというのに、話題ひとつ変えただけでその場はあっという間に通夜のように暗くなってしまった。その場の雰囲気を変えたのは、意外な人物だった。


「……はい、お待ちどうさま!蒼介君の大好きなハンバーグだよ!」


その言葉と共に机の上に置かれた、大皿いっぱいのハンバーグ。これは2皿目のハンバーグで、1皿目は既に無くなってしまっていた。


「そんな辛気臭い顔は似合わないよ。もっと笑ってくれないと」


笑顔でそう5人に言ってくれる路子。出されたハンバーグに最初に箸を伸ばしたのは蒼介だった。


「……んーっ、おいしいー!!やっぱり路子さんのハンバーグは最高です」


 1皿目のおよそ半分以上をひとりで平らげた蒼介だったがまだ食べ足りないらしく、2皿目のハンバーグにその手を伸ばしていた。


「……ずっと見てたけど、お前本当にハンバーグ好きなんだな」

「そうなんだよ~!そーちゃん、子供の時からハンバーグ大好きで~……」

「……興味があります」

「ふふっ」


 一皿のハンバーグ(正確には二皿ではあるが)によって笑みが広がる祝勝会。それは、気絶した美月が再び目覚めるその時まで行われた。




「送ってくれてありがとう、そーちゃん」

「ん、大丈夫だよ」


時刻は既に9時前となり、未成年が出歩くには少々危うい時間となった。単独でも数人の能力者を相手でも優位に立ちまわることができる『A』ランク能力者が複数いれば言うまでもなく安全ではあるが、念には念をということもあり、帰り道が途中まで同じの花桜京香美月の3人には路子が同行することになった。そして反対方向である花楓には、蒼介が同行している。


「……こうやって二人だけでうちまで帰るの、初めてだよね~?」

「ん?あぁ……言われてみたらそうだな」


 そう言いながら、2人は子供の頃の記憶を思い出す。


「……あの頃は楽しかったよね」

「……ああ」

「私と、そーちゃんとみーちゃんと、沙耶おねーちゃんと……」


 2人が思い出した記憶は、全く同じ光景だった。まだ幼かった蒼介がヤンチャして軽いけがを負って、それを見て泣いている花楓と、ヤンチャを叱る蒼介の実の姉、そしてそんな様子を楽しそうに眺める女の子。


「……もうあの頃みたいにはいかない、けど」


 蒼介と並んで歩いていた花楓は、蒼介の前に出れるよう歩みを進め、そして蒼介に向き直る。


「私、あの頃みたいにそーちゃんと一緒に楽しく遊びたい。おしゃべりしたいし、お買い物に行きたいし、一緒に映画見に行きたい」


 真っすぐに蒼介の瞳を見つめる花楓の瞳。それは普段、柔らかい雰囲気を纏う彼女のソレとは思えない程透き通った眼差しをしていた。


「そーちゃんがいなくて過ごせなかった、そーちゃんとの時間……私、大事にしたい。だから、ね」


 夜。月光によって淡く照らされた彼女の表情は、太陽のような明るい笑みの上から、ほんのり赤く染められていた。


「そーちゃん、改めてこれからもよろしくね。それで、楽しい思い出……いっぱいいっぱい作ろうね」


 昔とほとんど変わらない、しかし少しだけ大人っぽくなった笑みを向けられた蒼介。その瞳に、思慕の感情が宿っていることは蒼介も何となく理解していた。


「……ああ。そうだな」


 綺麗な月を見上げながら、夜道を歩く蒼介と花楓。住宅街の静けさに響く2つの足音は、それなりの時間続いた。


「……一緒に、作っていこうな」

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