祝勝会

「……ということで!蒼介及び美月の天原学園最強能力者トーナメント優勝を祝って!!!!!」


「「「「かんぱーい!!!!!」」」」

「か、かんぱーい……」


「いや何がと"いうことで"!?!?!?!?」


 思わずそんなツッコミを蒼介がしてしまうほど急に開催された祝勝会は、蒼介が現在住まわせてもらっている羽鳥家の邸宅のリビングにて行われていた。普段は4人用で使われているダイニングテーブルが、更に同じものが1つ追加され縦に並んでいる。そしてそのテーブルの上にはこれでもかと料理が並んでいた。


「は?これはお前のための祝勝会でもあるんだぞ蒼介、ツッコミ入れてないで座れよ」

「いや俺の質問に答えてくれよ!何がということでなんだよ」


 蒼介の当然の疑問にやれやれと言った顔をする京香、仕方がなく説明を始める。


「先ず、お前と美月はトーナメントを勝ち抜き優勝した」

「うん」

「じゃあお祝いが必要だよな」

「うん」

「じゃあお前ん家で祝勝会だろ」

「うん???美月の家でも良くないか?」


 そう。その場には同じ優勝者の美月もいた。優勝者の家で祝勝会を行いたいのであれば、美月の家で行うか蒼介の家で行うかを決めるところから始めるはずである。


「お前なぁ……女の子が一人で暮らしている部屋にパーティーのためとは言え男あげれると思ってんのか?」

「む……言われてみれば、確かに……というか、1人暮らしだったのか?」


 蒼介がそう言って美月の方に顔を向けると、俯きながらも首を縦に小さく振っている。


「えっ……と……私、両親が忙しくて……家では、基本一人で……」

「そういうわけ。だから消去法で、ここになったんだ。わかったら席に着け、祝勝会はまだ始まったばっかなんだから」

「むぅ……それならまあ、納得なんだけど……じゃあ、もう一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」


 蒼介は、今度はある席に向かって指を指す。そこにいたのは、長い髪の女性が座っていた。


「なんで!祝勝会に花桜先輩がいるんだ!負けた人を祝勝会呼ぶってなんだよ、死体蹴りかよ!?」

「いやぁ……それに関しては花楓が連れてきたからアタシも……」


 用意された6つの席。向かい合う真ん中の席は1つ空いており、向かい側には美月が座っている。美月の左右には杏奈と京香が座っているのだが、蒼介の席の隣には花楓と、鳳花桜が座っていた。


「えへへ……実は、美月ちゃんと祝勝会をしてあげるって話をしてたら花桜先輩に聞かれちゃって……」

「ふふ、楽しそうだと思ったので混ぜていただきました」


 花桜は温かいお茶をすすりながらそう蒼介に微笑みかける。蒼介は半ばあきらめた表情でおとなしく席に着く。


「……まあ、先輩が良いなら良いですよ」


 自身の前に置かれたコップを手に取る。中に入っていたのは、炭酸がコップの内側に付着した飲み物。向こう側が見えない程濃い茶色がなみなみ注がれている。


「……こほん、では改めて……」


 京香がわざとらしく咳払いをするとコップを上に掲げる。それに合わせて、蒼介を含む他5人も自らのコップ(1名は湯呑)を上に掲げた。


「……蒼介、そして美月。天原学園最強能力者トーナメント優勝おめでとう」


「ありがとう」

「あ、ありがとうございます……」


「正直アタシは……というか、会場の誰もが花桜先輩の勝利を疑わなかった。だから……美月、お前はすごいよ」

「……」


 京香に褒められ、顔を赤らめて俯いてしまう美月。


「それに、蒼介も。美月の実力を皆に認めさせるために、トーナメントを単身勝ち上がったお前の実力……本物だよ」

「……ふん」


 そんなこと私は初めから知っていましたと言わんばかりに鼻で笑う杏奈と、何故か自分のことのように嬉しがっている花楓。


「それと、鳳先輩も……やっぱり、先輩はアタシたちの憧れる先輩なんだなって、思いました。次のトーナメントの活躍……アタシ、先輩に憧れる一個人として、応援してます」

「ふふ、ありがとうございます」


 優しい笑みを京香へと向ける花桜。


「……トーナメント、お疲れ様でした!!!今日は皆、楽しんでくれ!!!乾杯!!!!!」


「「「「「乾杯!!!」」」」」


 6人、コップをぶつけ合う。3人の労をねぎらうための会が、開催された。




「いやぁ……アタシ、今でも信じられないですよ。鳳先輩が……」

「美月さん。よろしければ、名前で呼んでもらえると嬉しいです」

「っ……か、花桜先輩……が、負けるの……」


 乾杯後の一杯を終えた後、口を開いたのは京香だった。


「……それについては、私もまだまだ若輩者だったということです。この世界は広く、私の知らない強者がいた……ただ、それだけのことですから」


 6回に渡って玉座を守り続けてきた花桜は、自らの負けについて納得していた。自らが弱く、相手が強かったという事実を反芻できていた。


「……余程の例外がない限り、王というのはその玉座を短い期間で次なる者へ明け渡すものです。言うなれば私の敗北は、必然だったと言えるでしょう……蒼介さんが舞台から降りた時は、さすがに目を疑いましたけど」


 苦笑しながらそう語る花桜。そしてその花桜の言葉に同調するように、美月も口を開く。


「んぐっ、ん……わ、私も……最初に蒼介先輩と決勝戦での打ち合わせをした時……む、無理ですって……」

「兄さんが信じられなかったと?」

「ち、違うよっ……」


 隣から注がれる全身を刺すような鋭い視線から逃れるように蒼介に助けを求める美月。


「杏奈」

「……失礼しました、兄さん」


 蒼介が杏奈を咎めると、聞き分けがいい飼い犬のようにすごすごと引き下がる杏奈。杏奈の呪縛から解き放たれた美月は再び話し始める。


「……や、やっぱり……私には早い舞台だったんじゃないかって……い、いきなり決勝戦だなんて……」

「言われてみれば……そーちゃん!いくら美月ちゃんの存在を学校中に認めさせる名目があったからって、いきなりすぎだと思うよぉ?」

「まあ……それについては、さすがにやりすぎたかなって思ったんだ。例えば、決勝までの試合は俺と美月の連携で勝ち上がっていけばいいとか、2回に1回は美月に戦わせたりとか……ほかに方法はないか考えてはいたんだ」

「じゃあ……」


 京香の言葉を遮るように、蒼介は言葉を続ける。


「……でも、考えてみて欲しいんだ。1回戦や2回戦でその強さがわかった美月だったら、決勝戦のあの番狂わせ感は出なかったと思う」

「それは……まあ、確かにそうかもしれないけど……」

「今回の大会は、美月をただAクラスに編入させるだけじゃダメだったんだ。もっと強烈に……美月の強さを、学校中の皆の目に焼き付けるくらいの衝撃を与える必要があった。そこまでしてようやく、美月をAクラスに編入させる意味があったんだ」


 蒼介は話しながら、初めて美月を見た日の事を思い出していた。強い力を持ちながら、実力が一番下のクラスに配席されそのクラスメイトからもいじめられる美月。彼女らは、仮に美月がただ優勝したとしても彼女へのいじめをやめなかっただろう。だから、その彼女たちに強く知らしめる必要があった。「お前たちが罵詈雑言を浴びせた相手がどれほどの力を持った存在だったのか」ということを。


「結果論だけど……美月が決勝で花桜先輩に勝ち、学校中にその力を知らしめられたこと……本当に良かったと思う。Aクラスへの編入も……間違いなく、美月が勝ち取ったものだ」

「……先輩……」


 髪の毛越しの瞳に涙を貯めながら美月は蒼介を見つめていた。そして、その様子を杏奈は横からじっと見つめていた。


「……美月。前から思っていたのですが……」

「……?」


 じーっと見つめる杏奈の瞳の先にあるのか、美月の顔。長い前髪によって覆われた顔の先にあると思われる瞳を、杏奈は凝視していた。


「……ちょっと失礼」

「え、あっ……ま、待っ……」


 美月の制止を完全に無視して、杏奈は手を伸ばす。その先にあるのは、美月の前髪。


「……ふむ」

「あ、あわわわ……み、見ないで……」

「……?」


 見ないで、という美月の前髪の向こう側の顔は、蒼介のいる席からは杏奈の手がカーテンとなって丁度見えないようになっていた。


「……花桜先輩、どう思いますか?」


 杏奈は、いつの間にか自身の方へと移動していた花桜に、自身が見たものを共有していた。花桜も杏奈と同様、美月の顔を覗き込んでいた。


「……これは、逸材ですね」

「え、見たい見たい~!」


 何を見ているのか気になったのか、花楓も、そして京香も杏奈の方へと移動する。


「一体何を……」

「兄さんはまだ見ちゃダメです」

「なんで!?」

「うら若き乙女の恥ずかしい姿を見たいなんて~……」

「誰もそんなこと言ってないだろ!?」

「お前……まじかよ……」

「そんなゴミを見るみたいな目で見るなよ……」

「変態だったんですね……」

「先輩まで……」


 6人中ただ1人の男ということもあり、多勢に無勢。台所で料理を作っている義母である路子でさえ、


(諦めなさい)


 という視線を蒼介に送っていた。


「すごくいいですね……」

「どうして隠しているのか疑問が浮かびますね」

「なあ花楓、ヘアピンあるか?」

「あるよ~」

「あわわわ、もう……やめ……」


 4人の女子が1人の女子の顔を覗き込み、あれやこれやしている。1人ハブられてしまっている蒼介は、仕方なく好物のハンバーグをもぐもぐと摘まんでいた。

 1分も経たないくらいに女子会は終わったようで、4人とも元の席に戻っていく。ただ、美月だけは蒼介に見えないように身体を横に向け、更に首を曲げて蒼介の目には後頭部しか映らないようにしていた。


「……美月」

「だ、ダメっ……」

「諦めてください」


 左右に座っている杏奈と京香が仕方なく、美月の身体を抑え蒼介の方を向かせようとする。


「観念してください」

「ダメ、ダメッ……私、顔なんて見られたら……」

「自信持ってっ、そーちゃんは可愛いって言ってくれるよ~」

「う、うぅぅ……」


 しばらくすると、観念したのか美月も蒼介の方へと身体を向ける。しかし顔は伏せたままのため相変わらずその様子は蒼介にはわからない。


「美月」

「…………う、うぅぅぅぅぅぅ」


 京香にまで催促され逃げ道を完全に失った美月は、ついに面を上げる。


「……」


 長く垂れ下がっていた前髪、それを2つのヘアピンによってまとめた美月。仮止めの意味合いが強いであろうそのヘアピンがした働きは凄まじいものだった。

 眼つき、輪郭、鼻、口元。どれを取っても「可愛い」を構成するのに十分すぎる程整っている。宝石のように美しいダークブルーの瞳は潤んでおり、蒼介を真っすぐに見つめている。


「あ、うぅぅ……み、見ないでぇ……」


 余程恥ずかしいのか最早泣きそうになっている美月。


「なあ……なんで顔を隠したりするんだ?滅茶苦茶可愛いじゃん」


 美月の顔を覗き込みながら改めてそう思い口にする京香。その京香に、たどたどしくも理由を離し始める美月。


「わ、私……自信がなくて……だから、地味にならないと……皆に、笑われて……だから、前髪で隠して……」


 生来のものなのだろう、その自信のなさは彼女の見た目に反映されていた。


「……可愛いと思うけどな」

「……!!!」


 髪留めによって露わになった美月の素顔。それを見た蒼介は、自らの率直な感想を口にした。蒼介は、正直なところそのギャップにときめきを覚えてしまっていた。


「……ぷしゅう……」


 蒼介から一言、賞賛の言葉を送られた美月。緊張と恥ずかしさが臨界点を突破したのか、蒸気を噴いて気を失ってしまった。


「あ、おい!」

「全く……」


 左右に座っていた杏奈と京香に介抱され、杏奈の部屋に運ばれる美月。彼女の目の前の料理は、綺麗に平らげられていた。

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