勝者
観客席にいた生徒たちに被害がなかったのは、両者が放った一撃が衝撃波を起こす直前に、観客席を守るバリアー装置の出力を最大を超えて限界まで引き上げたからだった。本来であれば破られることの無い堅牢なバリアーが、教師たちの翼力を全て注ぎ込んでようやくヒビが入る程度で抑えられた。逆に言えば、教師全員でようやく、生徒たちを守ることが出来たということであった。
「……どうなったんだ?」
会場内を包み込む凄まじい轟音と振動。衝撃からは守られている観客席からは、土煙が舞うステージ上の様子は確認できなかった。
「わかんない……どっちが勝ったんだろ?」
観客席から見ていた花楓と京香も例外ではなかった。この世のものとは思えないような凄まじい能力の激突に、彼女達の理解は全く追いついていなかった。
砂煙が晴れ、彼女達の様子が確認できるようになった。砂煙を払ったのは、ひとつのそよ風だった。
「……」
先に姿を見せたのは鳳花桜。その場に蹲ってはいたが、その瞳は真っ直ぐ正面を見つめていた。
「はぁ……はぁ……」
続いて姿を現したのは春日井美月。美月は花桜と違い、その場にへたり込み俯いていた。本を携える気力もないのか、傍に自らが使っていた本を落としてしまっていた。
「……」
花桜はゆっくりと立ち上がる。美月同様にボロボロの状態ではあったが、その足取りは大地を踏みしめるがごとくしっかりしていた。試合開始前とは似ても似つかないほどに破壊されたステージの上を一歩一歩進み、美月との距離を詰めていく。
「……」
ついに、花桜が手を伸ばせば美月に触れられるまでに距離が縮まる。花桜は、しゃがみ込んだ美月を見下ろしていた。
「……ひとつ、聞きたいことがあります」
花桜からの問い。美月はゆっくりと顔をあげた。
「最後の一撃……アレを放った時点で、貴女の翼力はどれだけ残っていましたか?」
その問いをする花桜。観客のひとりが、彼女に付けられたバリアー装置のエネルギー残量に気づいた。
「……お、おい……あれ」
「……」
美しい瞳が、真っ直ぐに美月を見つめている。しかし美月はその視線から目をそらすことは無かった。前髪に隠れた瞳は、同じように花桜を見つめていた。
「……6割、です」
「……」
少しどもりながらも、問いかけに対し自分の言葉を伝える美月。その言葉を聞いた花桜はため息をつき、そして笑みを浮かべた。
『……えー、あまりの事態に実況が止まってしまいましたが、ゲージの残量を見るにー……』
マイクマンXの実況がようやく復活し、観客の声がどよめきに包まれる。しかし、そのどよめきは、やがて大きな歓声へと変わった。
「……完敗です。春日井美月さん、貴女の勝ちです」
「「「「「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」
しゃがみこみ、美月へ手を差し伸べる花桜。そのバリアー装置のエネルギー残量は完全に底をつき、対する美月のバリアー装置は、僅かではあるがエネルギーが残っていた。
「……え?ぁ……」
ただひとり、会場内でその結末を理解出来てない者がいた。花桜の前に座り込む、美月だった。
「……わ、私の……勝ち?」
「ええ。貴女の勝ちですよ」
ボロボロではあるものの、屈託なく笑みを浮かべる花桜と、自らを讃える歓声に戸惑いを隠せない美月。差し出された手を取り、ふらつきながらも立ち上がる。
「……美月っ!」
ステージ外に降りていた蒼介は、勢いよくステージ上へ登り、美月の下へと駆け寄る。
「せ、先輩っ……!」
自分のところへやってきた蒼介の勢いに押されてしまう美月だが、決して嫌がっているわけではなかった。
「よくやった……やっぱり君は素晴らしい能力者だった!俺が言ったこと、間違いなかったろう?」
「はいっ……先輩のおかげで勝つことが出来ましたっ……!」
蒼介は美月の手を握る。喜びのあまり少し強く握ってしまっていたが、興奮からか美月はそれに痛みを覚えることは無かった。
「……完敗です。蒼介さん、美月さん」
ボロボロのまま笑顔を見せてくる花桜。蒼介が花桜に真剣な表情で向き直ると、美月もまた花桜の方に向く。
「噂によれば、美月さんはDクラスの子だと聞きました。本当ですか?」
「えっと、はい……実は、入学試験の日に体調を崩して……」
「なるほど……それでクラス替えの権利を勝ち取るために大会に出場したわけ、ですね」
「ええっと、そういうわけじゃなくて……」
ごにょごにょと声が小さくなっていき聞き取れなくなる美月の代わりに、蒼介は花桜に説明をする。彼女がDクラスに配席されたこと、クラスカーストの上位に位置していた生徒にいじめられていたこと、それを変えたいと蒼介が大会に誘ったこと。花桜はそれを黙って聞いていた。
「……なるほど、そういうことでしたか」
話を聞き終えた花桜は納得したようにそう返す。
「……心配する必要はありませんよ。今の戦いぶりを見て、貴女をDクラスの生徒だと思う人はもう誰もいません」
花桜はそう言いながら、観客席に向けてこう言い放った。
「……今この中に!彼女、春日井美月さんのAクラス編入を異議を唱える者はいますか!!!」
美しく、しかし芯の通った声は、マイクを通さずとも会場内に響き渡る。花桜の問いに対して、異を唱える者は誰一人としていなかった。
「……では!彼女、春日井美月さんのAクラス編入に賛成していただける人はいますか!!!」
その言葉に対し、会場内は応えた。割れんばかりの、拍手喝采を以て。
パチパチパチパチパチパチ!!!!!!
「サイコーだったぞー!!!」
「今まで見た中で一番の試合だった!!」
「なんでDクラスなんかにいるんだーーーー!!!!!」
「……これが、天原学園の総意です。改めて、優勝おめでとうございます」
喝采の中、花桜は蒼介と美月に対し深々と頭を下げる。戦いによる疲労や負傷で立っているのもやっとだろうに、それでも相手への礼を忘れない、礼節を重んじる彼女の行動をじっと見つめていた。
「……今度は、貴方とも戦ってみたいものですね。蒼介さん」
「構いませんよ、花桜先輩。ただ、やっぱりこういう大会行事じゃないと中々タイミングはないと思いますけど……」
「ふふ、私の権限なら授業の一環として行うこともできますよ?」
「……ちょっと遠慮しておきます」
止まない喝采の中佇む3人の生徒。それは間違いなく、この学園最強の能力者の姿だった。
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