3人目の『S』ランク

「……そ、それが……君の能力なのか?」

「は、はい……」


 生徒2名によって貸し切られた施設内。ステージ上に立つダミー人形に対して放たれた一撃を見て、蒼介は尋ねずにはいられなかった。


「……その、正確には……『読んだ文字を自分の翼力で再現可能なレベルで再現する』というものですけど……あ、あんまり得意じゃないですけど……」

「い、いやいや得意じゃないって……」


 彼女の言う得意じゃない、という発言を全く理解できない蒼介。確かに、戦闘に特化した能力や、逆に戦闘ではほぼ役に立たない能力など、この世界には様々な能力が存在する。だが美月のその力は、そう言った次元を遥かに超越する力である。


「美月は……自分の能力の凄さがわかってないのか?」

「す、凄さ……?」


 これほどの能力と、それを扱える翼力があるにも拘らず、美月の自己肯定感の低さは蒼介にとって疑問視する点であった。これだけの力があれば、自らクラス替えの為に動くくらいの気力があってもいいはずだ。


「君の能力は……おそらくだけど、過去存在する……どんな能力者よりも……いや、それどころじゃない。もしかしたら、太古に存在した翼神にも匹敵するかもしれないんだ」

「えっと……そんなはず……」


 ごにょごにょと俯いて声がみるみる小さくなっていく美月。ステージ上にあるダミー人形のバリアーの耐久値は、"一撃で"残量が空になっていた。これは蒼介の翼力にも匹敵する威力であり、彼女は能力の関係上同じことができる技を無数に内包している。


「……そ、その……口に出さないと発動できないから、蒼介先輩みたいな……私の能力の、発動前に攻撃ができる人には……勝てませんから……」


 美月の前に、蒼介は一度美月に自分の能力を見せており、その技は一撃でバリアー装置の耐久を全て削り取っていた。それは美月が携えている本に書かれている一文を読み上げるよりも素早く、正確に行われていた。


「相性はあるだろうけど……それなら、他の生徒と一緒に行動すればいいだろう?」

「そ、それは……迷惑かもしれませんし……」

「迷惑なものか。こんなに強力な能力を後ろから撃ってくれるなら、誰だって進んで前衛を買って出てくれるさ」

「で、でも……」


 何が彼女をここまで卑屈にさせるのか、蒼介には全く理解できなかった。これほどの能力を持ちながらそれをひけらかすこともない、それどころか自分は強くなどないと言っている。


「……大丈夫だ美月。君の能力なら、この学校にいる誰にだって勝てる」

「そ、そんなの……」

「絶対に勝てる。俺が保証する」


 強く、強く蒼介は美月にそう言い放つ。そこまで強く言われることがないからなのか、美月はごにょごにょと何かを俯いて言っている。


「……わ、私でも……勝てますか?」


 美月は、怯えた表情で蒼介にそう質問する。しかし、前髪で隠れたその瞳は、怯えともう一つ、強い心を宿していた。


「お、鳳……鳳花桜先輩にも、勝てますか?」


 それは、この学校の最強の存在の名前。誰にでも勝てる、そう言い放った蒼介の言葉が真実ならば、彼女にだって勝てる。


「……あぁ、勝てる」


 蒼介は、その美月の質問に、迷うことなく首を縦に振った。




 ほとんどの観客は、何が起こっているのかを完全に理解できていなかった。受ければ一撃でバリアー装置の耐久がお陀仏な必殺技の応酬、その程度にしか認識していなかった。


「これほどの再現能力……すぐに翼力が尽きてしまうのではないですか?」

「っ……"これくらい"なら、まだ全然ですっ……!!!」


 暴風に巻き上げられた石片が美月目掛けて襲い掛かる。それ1つでは大した攻撃にはならないが、美月が展開した風の防壁は飛来する無数の石片を防御することはできず、1発2発はその身で受けることになる。


「『万物を焼き尽くす灼熱の炎よ。焔の剣となりて悪しき者の心を焼き焼き払え……フレイムソード』!!!」


 美月の詠唱と共に、美月が天に突きあげた手から巨大な炎の剣が生成される。美月はそれを花桜目掛けて振り下ろす。


(これほどの能力者が1年生にいるとは……)


 花桜はステージを隆起させて作り出した岩壁で炎の剣を受け止める。凄まじい熱量なのか、岩壁を溶かしながらゆっくりと炎の剣が近づいてくる。


(蒼介さんを、天原学園創立以来2人目の『S』ランクと言いましたが……この力はまるで……)


 突風で自らの身体を舞い上がらせ炎の剣を避ける。炎の剣が振り下ろされた場所はステージが溶けてしまっていた。


(……3人目の『S』ランク。しかも、そのポテンシャルは私や、蒼介さんを上回る程の……)

「っ……『母なる海よ。我を包む鎧となりて、悪しき力を退ける壁となれ……アクアアーマー』!!!」


 花桜の放った突風。しかしそれが美月の身体を巻き上げることは無く、生み出された水の障壁によって掻き消されていた。


(……貴女と出会えたことを感謝します、春日井美月さん。そして、貴方と出会えるきっかけを生み出してくれた真田蒼介さんには、更なる感謝を……あぁ、貴方とも対峙してみたかった……)


 花桜は、決して戦闘狂というわけではない。戦わずに済むのであればそれに越したことは無いという、平和的思考の持ち主である。しかしそれは、彼女の3年目の学園生活で本来あるべき感情を眠らせてしまっていた。強き者と対峙できるという喜び。それは、強すぎる能力故に相手を瞬く間に打ちのめし戦いを楽しむことなどできない彼女には感じられないもの。しかし今、春日井美月と対峙する彼女には戦いの喜びが沸き上がっていた。

 災害と言って差し支えない能力の応酬。歴代の教師たちが作り出した大規模なバリアー装置によって観客席は守られていた。


「アタシたちは……何を見せられてんだ」


 観客席に並んで座っている京香と花楓。あまりに非現実的すぎる能力バトルに思わずそんな声を漏らしてしまっていた。


「正直……そーちゃんがステージを降りた時は、絶対勝負にならないと思ってた」

「アタシもだ……」


 花楓と京香は、花桜の勝利を信じていた2人である。しかし、目の前に映る光景。花桜と比較しても全くそん色のない能力を放ち続ける美月に、ただただ絶句するしかなかった。


「……昔の翼神達の大戦ってのは、こんな感じだったのかもしれないな」


 そんな言葉を呟いてしまう。最早彼女らに理解できる範疇は遥かに超えてしまっており、超常の力のぶつかり合いをただ眺める事しかできなかった。


「っ、うぅ……」


 絶えず襲い掛かってくる、吹き荒ぶ暴風と迫りくる岩片。それらを全て防御しきるのは難しく、じわじわと美月のバリアー装置の耐久は削られ、ゲージ残量が僅かとなっていた。


「ふーっ、ふーっ……」


 同じく、花桜のバリアー装置の耐久も、残量が僅かとなっていた。美月が放つ攻撃は何れも必殺級の威力であり、如何に花桜でも完全に防御しきることは難しかった。


「……」


 ステージ外からその様子を眺めていた蒼介。蒼介は決勝戦については参加券がないため当然眺めている事しかできない。しかしステージ外にはバリアー装置などあるはずもないため、攻撃の余波は自らの翼力を使って防いでいた。


(……いいぞ、美月)


 蒼介の目論見は、成功したと言えた。全校生徒が集まる場で、美月の力を見せつける。対戦相手が鳳花桜という、誰もがその実力を認める能力者、それを相手に戦う事が出来れば先ず間違いなく彼女の今の環境が見直される事だろう。


(君は今、皆から注目される存在だ)


 誰もが彼女の力を見ていた。花桜と互角に渡り合えるほどの圧倒的な力。おそらく彼女をいじめていたあの女子生徒たちも見ている事だろう。


「……春日井美月さん。貴女に対面したとき、最初に貴女に言った事を撤回します」


 花桜は、手の平に風を作り出す。手の平に収まる、小さい風ではあったが。それがとてつもない力を持っている事くらい、会場にいる誰もが理解できた。


「……暴風を限界まで圧縮した塊です。解放されれば、辺り一帯を吹き飛ばす風の種……私の手を離れれば、これが解放され……貴女を、そして……この会場にいる人も吹き飛ばすでしょう」


 花桜の様子を見た教師陣は慌てて立ち上がりどこかに移動する。おそらく花桜の生み出した風の種の規模に驚き、観客席に設置されたバリアー装置の耐久値を回復させるために席を外したのだろう。その様子を見ていた蒼介はそう思った。


「……それなら、わ……私は……」


 花桜の只ならぬ圧を感じ取った美月は、それが壮絶な破壊を生み出す攻撃だと言う事を理解していた。これまで生み出した術では、花桜に対抗できないということも。


「……『爆炎よ。全てを灰燼へと帰せ……スーパーノヴァ』」


 自らの翼力を使い、その言葉を具現化する。美月の手には、花桜が生み出しているそれと同じ大きさの、炎の塊があった。


「……辺り一帯を焦土に変える威力の圧縮された火球です。花桜先輩なら……ご存知ですよね?」


 それは、『ultimate magic fantasy』に書かれた魔法のひとつ。あまりにも危険すぎて大魔導士が禁術とした魔法。凄まじい威力の爆炎を以て、周囲を焼き尽くす魔法。


「……ふふ。お互い周りのことを考えない技が切り札だなんて」

「す、すいません……先輩に対抗しようと思うと、この術しかなくて……」

「構いませんよ。私も、これに対抗できるのはスーパーノヴァしかないと思っていましたから」


 くすくすと笑う花桜。バリアー装置の耐久が限界に近づくほどの戦いをしていたというのに、何故だか穏やかに彼女は笑う。


「……いずれは、蒼介さんとも戦ってみたいものですね」

「えっと……きっと、花桜先輩じゃ蒼介先輩には……勝てない、と思います……」

「そうですか?それは……ふふ、楽しみですね」


 その会話が最後だろうとお互いに認識した後、2人が手を前に出す。彼女達の手のひらに作られた破壊を凝縮した塊が手を離れ、ゆっくりゆっくりと近づき。


そして、辺り一帯を破壊の波動が包み込んだ。




「……ふむ」


 モニターに映し出されていた会場の様子がノイズと共に見えなくなると共に、ドーム型の施設から離れた3つの施設のひとつ、3年生校舎の4階にあるとある一室にその振動が伝わってきた。


「……『S』ランクの生徒は2人と聞いていたが、こりゃなんだい」


 学園長室。そこに飾られた、額縁に入れられた賞状やトロフィーの数々。それらが、まるで地震が起きた時のようにぐらぐらと揺れていた。


「真田蒼介のチームが鳳花桜に勝つだろうというのは想像していた。しかし、それは真田蒼介が鳳花桜を上回る力を持っているからだ」


 学園長室の奥にある机に座す老婦は、立ち上がり、自身の席の後方にある窓の光景を眺める。


「だが……結果はそれを上回った。鳳花桜に土を付けられる生徒がこの学園には2人もいた……」


 トロフィーのひとつが、バランスを失い棚から今にも落ちそうになっていた。しかし彼女はその様子に目もくれない。彼女の視線の先にあるのは、生徒たちが集まっているドーム型の施設。


「間違いないだろう。春日井美月……3人目の『S』ランク……」


 トロフィーがついに、棚から落ちていく。落ちれば傷ついてしまうことは想像に硬くないソレが、床に叩きつけられる音が響くことは無かった。


「……未熟だが、"使える"かどうかは今後に期待だね。真田蒼介の方は間違いない……即戦力だ」


 そのトロフィーは、まるでなにかに持ち上げられるように綺麗に棚へ戻っていく。他のトロフィーや賞状も、振動によってズレた位置が次々元に戻っていく。


「真田夫妻の実の息子……その力、存分に奮ってもらうよ」


 天原学園、学園長『天原 ハル』。自身の後方で組まれたその手は、指ぬきグローブで覆われていた。

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