春日井美月という能力者

 蒼介による快進撃は留まるところを知らなかった。

 同じ仲間として参加させた美月を場外に避難させ自分一人で戦うという蒼介の奇行とも言える行いには、「女のために見栄を張るやつ」「どうせすぐにどこかでぽろっと負ける」等散々な言われ様であった。しかし蒼介がランク『S』の生徒であることと、その評価に見合う圧倒的な強さであったことが蒼介の評価をみるみる変えていった。やがて「そりゃ女のひとりもできるわ」や「強ければなんでも許される」などと言った評価が蒼介に向けられるようになっていた。

 トーナメントバトルも、怜治一ペアとの戦い以降は何一つ苦戦を強いられることは無かった。いつものように美月を場外へ退避させ、対戦相手を蒼介一人で処理する。1対3だろうと蒼介は一切臆することなく、勝ちをもぎ取り続けていた。

 そして快進撃を続ける蒼介と同じように、鳳花桜も一切苦戦を強いられることなくトーナメントを勝ち上がり続けた。他の優勝候補たちを己が引き起こす天災地変によって捻じ伏せ、『S』ランクとしての威厳を見せつけ続けた。真田蒼介と鳳花桜による猛進はだれにも止めることはできず、決勝で2人が相対する未来を誰もが予想していた。そして、そのとおりになった。


「……って感じだ」


 控え室で蒼介の話を聞く美月。黙って蒼介の話を聞いていた美月だったが、蒼介の話が終わると焦った様子で蒼介に発言した。


「む、むむむ無理です!!!私なんかじゃ絶対……!!!」

「いや、できる。俺は美月のことを信じてる」

「ひ、ひえぇ……」


 蒼介の凛とした瞳に貫かれ自信なさげに声をあげる美月。蒼介が話した計画は、確かに美月にとっては自らを変える千載一遇のチャンスと言えた。しかし同時に、アガリ症には荷が重すぎるとも思っていた。しかし、蒼介にここまで強く言われ、ひょっとしたら自分なら、という感情が美月に芽生えていた。


「変わろう、美月。変わるなら今だ、今しかない。君の強さを、この学園のやつらに思い知らせてやろう」

「で、でも……」

「それに、杏奈と友達になってくれただろう?その友達が暗い顔で学園生活を送っていたら、杏奈もきっと悲しむ」

「う、うぅ……」


 蒼介が出してきたのは現在の自分の友であり、蒼介の妹である杏奈のことだった。どうやら杏奈は蒼介の計画のことについて知っているらしく、花楓や京香と共に控え室に遊びに来ては、


「大丈夫です、美月。貴方ならばやれます」


 と励ましの言葉をかけ続けていた。なお、花楓と京香には蒼介の計画は伝えられていない。

 結局計画に一切の変更なくここまで蒼介の力で駆け上がってきた蒼介美月ペアは、ついに決勝戦へと駒を進めることになった。




『さあさあさあさあやってまいりました、天原学園最強能力者トーナメント1学期の部!!!!!本日行われますのは大会を締めくくる決勝戦!!!!!お前ら、伝説の瞬間に立ち会う準備は出来てるかーーーーー!?!?!?!?』

「「「「「うおおおおおーーーーーー!!!!!!!」」」」」


 ヒートアップしている会場。熱気に気圧される美月の肩を抱き、その圧に飲まれない様彼女の心を支える蒼介。


「……」

「……大丈夫だ、美月」


 入場する直前まで、蒼介は美月に励ましの言葉をかける。彼女がアガリ症だというのはわかっている。それでも、彼女が変わるためにはここしかないと蒼介は踏んでいた。そして、その舞台がついに訪れた。


『さあ、まずはこの決勝の舞台を踏むことを許された選手の紹介だ!!!』


 マイクマンXの言葉と共に、会場内の証明が一点に集中する。それは、蒼介たちの入場口とは反対方向の入場口に当てられたものだった。


『過去6回に渡り最強の座をモノにしてきたこの怪物を止められるものなどいない!!!!!3年生、艷災の鳳花桜ーーーーーー!!!!!』

「「「「「うおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」


 会場内を歓声が包み込む。野太い男の声もそうだが、女の子の甲高い悲鳴のような声も入っており、男女ともに人気が高いことがよくわかる。


『彼女を負かしたことのある生徒は過去6回に渡って一度もいなかった!このまま無敗伝説を貫くことができるのか乞うご期待です!!!!!』

「……」


 花桜がステージ上に立つ。照明もあってか、その立ち姿すらも絵になる。会場の誰もが、花桜の姿に見惚れていた。


『対する相手はーーーーーー!!!!!最早女のために格好つけに来ただなんて誰も思っちゃいない!!!!!歴史を塗り替えるために力を振るえ!!!!!2年生真田蒼介と、1年生春日井美月ーーーーー!!!!!』

「「「「「うおおおおーーーーーー!!!!!!」」」」」


 その言葉と共に、蒼介と美月も入場していく。歩き方がたどたどしい美月とは異なり、蒼介の足取りは毅然としていた。


『初出場にしてここまで勝ち上がってきた実力を見せつけ、新たな時代の風を生み出してくれることを願っているぞ!!!!!』


 マイクマンX個人の感想だろうか、そんな実況が聞こえてくる。実況解説に個人の感情を入れるなんてと思った蒼介だが、考えてみれば彼はずっとこの大会の実況を務めている存在である。もしかすると、鳳花桜が何回にもわたって優勝を続けているという現状を変わって欲しいと願っていたのかもしれない。と、そんなことを思っていると、対戦相手である花桜が話しかけてきた。


「……食堂でのお話して以来ですね」

「はい。まあ……」

「あの時はすみませんでした。デリカシーに欠ける質問を投げかけてしまいましたね」

「ああ、いえ。それについては大丈夫です、気にしてませんから」

「そうですか?ふふ、それなら良かったです」


 蒼介と花桜の試合開始前の会話を、美月は黙って聞いていた。彼女にとっては初めて話す相手であり、この空間はランク『S』の生徒が2人向かい立つ場ということになる。蒼介の袖を掴みながら、震えていた。


「……さて、私は蒼介さんとこれから戦えることを非常に嬉しく思います。その上で、貴方に尋ねたいことがあります」

「はい、なんでしょう」


 花桜からの質問。その内容を何となく蒼介は察することができた。花桜の視線が蒼介ではなく、その後ろにいる美月に注がれたからである。


「……その子は、いったい何のために連れてきたのですか?」


 それは、その会場にいる蒼介、美月、そして観客席にいる杏奈以外の誰もが思ったことだった。トーナメントの予選からずっとステージの外から試合を眺めるだけの存在だった美月。ステージ外にはじき出された生徒は戦闘に参加することができないというルールが存在するため、美月は蒼介の戦いに一度も干渉しなかったし、これまでの対戦相手も美月には一切手を出したりしなかった。蒼介が本当に、気になる女の子にいい恰好を見せたいだけなのではという意見を持つ者も何人かいたが、少なくとも蒼介の前に立つ彼女、鳳花桜はそう思わなかった。


「これからわかりますよ」


 蒼介は美月の頭を優しく撫でる。頭を撫でられることが嫌ではないのか、蒼介に頭を撫でられても手を払いのけずされるがままの美月。


「ふふ……じゃあ、期待させてもらいますね」


 蒼介の意味ありげな発言に上品な笑みを浮かべる花桜。そして、2人の会話が終わるといよいよ実況席から声が聞こえてきた。


『さあ両者とも最後の会話が終わったところで、いよいよ始めていただきましょう!!!!!泣いても笑ってもこれが今回最後!!!!!』


 その実況と共に、花桜は構える。が、蒼介は毎回取っていたあの構え、左手を胸で握り、右手を突き出すあの構えを取らなかった。そして、花桜とは反対に歩き出し……


『天原学園最強能力者トーナメント1学期の部、スター……ト、です……』

「……え?」

「……」


 ……そのまま蒼介は場外へと降りてしまった。


『……えー、ルールによれば「バリアー装置の耐久値がゼロ、もしくはステージ外へと出た選手は戦闘に参加できない』と、ありますので……えー……』


 さすがの状況に実況解説のマイクマンXも動揺を隠せないのか、慌てて規則を確認する。その後、実況解説を再開する。


『……な、なんと真田蒼介選手!!!これまでは付き添って参加していた春日井美月選手を場外退避させていたはずが、この大事な大事な決勝戦で今度は自らが場外へと降りたーーーーー!!!!!なんとステージ上にはこれまで場外退避していた春日井美月選手が取り残されているーーーーー!!!!!』


 ブーイングが起こるわけではなかった。しかし会場内からは困惑の声が止まなかった。当然だろう、これまでのトーナメントは蒼介の個人技で上がってきており、美月はこれまで何もしていなかった。そのため、その場にいる誰もが「彼女は何もできない」と思っていた。


「……これは、今回の優勝は譲るという意思表示でよろしいですか?」


 さすがに納得がいかないのか、花桜すらも困り顔を浮かべていた。


「……」


 ただ。花桜の目の前に立つ美月と、その後ろで美月の背中を眺める蒼介、そして観客席の杏奈だけはこの状況に困惑していなかった。正確には、美月は最初から最後まで困惑はしていたが、覚悟が決まってはいるのか『ultimate magic fantasy』というタイトルの本を開いてじっと花桜を見ていた。


「……『ultimate magic fantasy』。世界最強最高と謳われる年老いた大魔導士が、10年後に復活する魔王を完全に討ち果たすべく、弟子たちに自らの大魔法を教えるファンタジー小説。それなりに部数の売れた名作だったと記憶しています」


 花桜は、美月が持っているその本について詳しいのか話始める。


「私も、その大魔導士のように様々な魔法が使えたらと思ったことがあります。ですが、現実には……1人2つが限界。その本に描かれている大魔導士のようにはいきません」


 花桜は悲しい顔を浮かべながら、自らの周囲に巨大な岩を浮かべる。ステージを加工して生み出した、人の大きさよりもずっと大きな岩。そんなものをぶつけられれば、バリアー装置があったとしても無事では済まないだろう。


「その大魔導士のようになりたいのですか?残念ですが……それは叶わぬ願いです。貴女は貴女が信じた者に裏切られたんですよ、春日井美月さん」


 その岩が、花桜が指を振るだけで美月目掛けて飛んでいく。それ1つが必殺の一撃となる岩が5つ、美月に襲い掛かる。


「……さようなら」

「『……』」


 開かれたページを見ながら何かをぼそぼそと呟く美月。その姿は、5回連続で彼女に直撃する岩が生み出した砂埃によって見えなくなる。


「……蒼介さん。同じランク『S』の貴方とは仲良くできると思いましたが……このような愚行を働くとは思っていませんでした」

「……ん?愚行?」


 ステージを回って花桜の傍にまで来ていた蒼介に花桜は話しかける。最早会場の誰もが花桜の勝利を信じて疑っていなかった。


「ええ。まさかあんな非力な子を戦わせるなんて……失望しましたよ、蒼介さん」

「……お言葉ですが、花桜先輩」


 ……しかし、蒼介は違った。蒼介は信じていた。美月の勝利を。


「……そういうのは、目の前の敵を倒してから言うべきだと思いますよ?」

「なにを……っ!?」


 蒼介の言葉の意味が分からなかった花桜、砂埃の中から飛来する何かに対する迎撃が遅れたのは蒼介の言葉の理解が追い付いていなかったからではなかった。


「っ……」


 ギリギリ暴風による迎撃は間に合ったものの、それでも防ぎきれず自身の脚に何かが直撃する。それによって僅かではあるものバリアーが削られてしまった。


「……一体何が……?」


 砂埃を、突風を起こして晴らす花桜。そこに映っていたのは、目を疑う光景だった。


「……!!!」


 一撃でも直撃すればバリアー装置を破壊するであろう巨岩を5回もぶつけたにも拘らず、美月はそこに立っていた。そして、その手は"何か"を放った後なのか緑色に光り輝いていた。


「『時に優しく、時に無慈悲に人を抱く風よ。その聖なる抱擁を以て我が身を守り給え……プロテクトウィンド』」


 彼女の詠唱を、花桜は良く知っていた。自身も読んだことのある本に書かれている台詞……というよりは、物語内の登場人物が使う呪文の詠唱。


「『時に優しく、時に無慈悲に人を抱く風よ。我が敵を切り裂く刃風となりて悪しきを祓え……ブレイドゲイル』!!」


 美月の手から何かが放たれる。今度は発動の瞬間までを目視で確認できたため、今度はその全てを防御することが可能だった。


「……それは」


 岩石を粉砕しながら高速で飛んでくる刃の風。岩石を複数重ねたことで、その威力は大幅に減衰され、花桜の元には届かなかった。


(威力の規模は小さいけど、間違いない……大魔導士の術……)


 それは、彼女が本で読んだことのある内容と同じだった。弟子の危機を救った大魔導士の一撃。敵の大軍を一撃で切り裂いた聖なる風。


「……わ、私は……戦います」


 目の前にいる少女。蒼介の背中を、ただ見守っていただけのはずの少女が、花桜にはとてもか弱い少女には見えなかった。そこに立っていたのは、自らが戦ったことがある誰よりも強い、そんな予感すらしていた。

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