寡黙なる銃士と饒舌な銃士
「くそがっ……2年のくせに舐めやがって……」
学内大会の予選が全て終了したその日の夜。トリニティサンダーと呼ばれた学園内でも有名な3人組のリーダー格の男は、天原学園の学内大会が行われる施設内へと忍び込んでいた。
「女の前で良い顔したさに出場したガキが……調子に乗るのもここまでだ」
彼が向かっていたのは、施設内の控え室のひとつ。自身らが対戦した、真田蒼介と春日井美月に割り当てられた控え室だった。
「くっくっ……『大会へ複数人でチームを組んでの出場の場合、出場者のうちの何れかが出場不可能になった場合はそのチーム自体が出場不可能とみなし棄権とする』……要するにあの2年でもあの女でもどっちでもいいから出場不可能になればOKってことだ」
彼がトリニティサンダーのリーダーであり、高い優勝候補と言われ続けた理由。それは、彼が自らが負けた対戦相手に毒を盛り、体調不良を誘発、ないし死亡させることで勝ち取ったものだった。自分達が負けた対戦相手を消し続ければ、いずれは優勝の座を勝ち取ることができる。他のふたりに黙って、彼が単独で行っていたことだった。
「雷の力さえあれば、施設に忍び込むくらい簡単なことだ……汎用的なこの能力が、まさかこんなに使えるなんてなぁ……」
彼が、そして京香が使っている雷の力は、世界的に見ればありふれた能力のひとつであった。無論それは他のメンバー2人も同じではあったが、彼はその力を悪事を働くためにも利用していた。
「電子ロックなんてちょろいちょろい……」
強い能力を持つ者は多いが、力を精密に扱える者は少ない。彼はその才能ともいえる繊細な翼力コントロールを、自らの私利私欲のために使っていた。
「お、ここだな……」
ついに男は、目的の部屋を見つけた。昼間は真田蒼介と春日井美月がいたであろう部屋に入り込む。電子ロックなど彼にとってあってはないようなものだった。
「失礼、と……」
電子ロックを破壊された扉は、簡単にノブを捻ることが可能になっていた。彼はそのまま室内に入り込む。
「……!?!?」
部屋を侵入した瞬間の出来事だった。口元を何かに覆われる感覚に戸惑い、その次には呼吸ができなくなった。いや、彼からしてみれば"呼吸をしてはいけなくなった"という表現が適切だろう。
「……!!!」
口元に手を当ててなんとかそれを引き剥がそうとする。口元に付着したそれの正体は、"水"だった。しかし彼の知っている水のように流動しておらず、口元に停滞し続けている。
「……貴方は兄さんの敵であり、私の友の敵でもあります」
扉の裏から、何者かが姿を現す。が、暗闇のせいで何者かはわからない。
「溺死は、正確には溺死ではないと言われています。水中における呼吸を人体が行った場合、気道に水を詰まらせ酸素を肺に取り入れる事が出来なくなり、死に至ると言われています。要するに窒息死ですね」
男は自らの口元を塞いでいると思われる相手に対して手を伸ばす。しかし、暗闇の中ではその姿もわかりづらく、捉えることはできなかった。
「……!!!」
暗闇の中行方をくらます存在に、水中の中で追いかけっこをしているような状態。そんな状態が長く続くわけもない。やがて男はもがき始める。
「……大方その薬を使ってそれなりの人を殺めてきたのでしょう。いい機会です、己の罪をあの世で見返してきては?きっと次はゴキブリくらいには……と、もう聞こえていませんか」
暗闇の中佇む少女はぐったりと横たわる男の顔を覗き込む。そして、片手で"火を灯して"灯りにすると、男の顔を覗き込む。
「……この学校での処分は……焼却炉があるみたいですしそこを使わせてもらいましょう。特に鍵なども設けられていないようですし、骨は砕いて粉にして川にでも流せばいいでしょう」
少女は男の身体を漁り始める。最新世代のwPhoneとあるもの以外はこれと言って怪しいものは持ち込んでいない。
「……」
少女は、男がポケットに隠し持っていたソレを見つける。小さいスプレーガンのようなもので、それがなんなのか察した少女は懐から手袋を取り出して嵌め、スプレーガンの蓋を開ける。
「……」
扇いで臭いを嗅ぐ。少女はその臭いに覚えがあった。
「……やっぱり"W.o.R"ですか。天原程の都市なら流行っているだろうと思ってましたが、まさか一般生徒が持っている程とは……」
少女はそのスプレーガンを炎の熱で変形させ蓋を接合し開かないようにするとバッグに放り込む。そしてその小柄さからは想像もつかない程簡単に男を肩に抱え部屋を出ていく。
「……『再会の影』のやり口には目を光らせておく必要がありそうですね。私と、兄さんの生活のために……」
黒いパーカーを深くかぶる少女。その瞳は、赤と青にそれぞれ光り輝いていた。
『会場にお集まりの皆さん、あったまっているかーーーーーー!?!?!?!?』
マイクマンXのその煽りに会場が声の波に包まれる。今大会は昨日マイクマンXが実況で話していたとおりトーナメント形式になっている。と言っても完全なトーナメント形式というわけではなく、くじによって決められた対戦表通りに対戦を行い、勝利した側の選手のみが正式にトーナメントに名を連ねる事が可能になっていた。
『予選にして既に様々なドラマが生まれた本大会ですが、それでもまだ予選!!!!!今日から始まるトーナメントこそが本番と言っても過言ではありません!!!!!お前ら、休んでいる暇はないぞーーーーー!!!!!』
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーー!!!!!」」」」」
昨日をも上回る会場の熱気に気圧される美月だが、蒼介は美月の緊張を和らげようと美月の頭を優しく撫でていた。
『あんまり焦らしても可哀相なのでさっさと試合を始めてもらいましょう!!!!第25回天原学園最強能力者トーナメント1学期の部、トーナメント戦第1試合を飾るのはーーーーー!?!?!?』
その言葉と共に、事前に打ち合わせに合った通り蒼介と美月は肩を並べて登場する。その登場に、会場が沸き上がった。
『優勝候補だったトリニティサンダーを下したのは偶然か、それとも必然か!?ここでその実力が本物かを証明してもらいましょう!!!!!2年生真田蒼介と、その付き添いの1年生春日井美月ーーーーー!!!!!』
会場が歓喜に包まれる。「奇跡見せろーーー!!!」や「彼女さんの前で恥晒すなよーーー!!!」等の声援が聞こえるが、蒼介はこれを全て無視していた。
『対する相手はーーーーー!!!!!その鉄面皮と陽気な顔は対極なる死神!!!!!2
その言葉と共に入場してくる対戦相手。蒼介はその顔には覚えがあった。
「……まさか蒼介殿と対戦する事になるとは、運命とは残酷でありますな~」
「……」
対戦相手のふたり、吉川怜治と菊池一。この二人は蒼介のクラスメイト、つまり同じ2-Aに在席する生徒であった。教室で何食わぬ顔で銃を手入れしている吉川怜治は何もしゃべらず、会話が一切弾まないこともあり蒼介も基本ノータッチで過ごしていた生徒なのだが、一だけは怜治に気さくに話かけていた。というのも、怜治と一は幼馴染で且つ交際をしているらしい。昼休みなどは一緒に食事をとっている姿を見かけるが、黙っている怜治に一がひたすらに話しかけまくるという会話が成り立っていないようにしか見えない状況が出来上がっていた。
「蒼介殿の実力は昨日と、京香殿との模擬戦で知っているであります。しかし、我々は負けるつもりなどないであります」
「……」
一切喋らない怜治ととってもよくしゃべる一。怜治は今まで見たものと同じ、回転式拳銃をホルスターに入れていた。一方、一はというとストックの付いた長銃を携えていた。しかし、タクティカルグリップや外付けのスコープ、ドラム式のマガジンが付いていることを見るにどうやら自動小銃の類だろうと言う事がわかった。
「……こんなことを前にいった気がするけど、いいのか?そういうのを学校に持ち込んで」
「失敬な!ちゃんと許可はいただいているのであります!尤も、学校全域への持ち込みが許可されているのは怜治の銃だけで、私の場合はこの施設における用事がある場合のみ、この施設への持ち込みに限定して許可が下りるといった感じであります」
ふんすと言った感じで一は銃を見せてくる。安全面に関しての問題が気になるところだが、多分大丈夫だろうと思い蒼介は追及はやめた。
『さあ両者の最後の会話が終わったところでそろそろ試合を開始していただきましょう!!!!!こっちはもう我慢の限界だぞーーーーー!?!?!?』
会場内が既に温まっていることを蒼介たちは感じ取る。蒼介は美月にステージ外に退避するよう指示し、美月がステージから降りたのを見ると構えを取る。そして一もその自動小銃を構え、怜治はホルスターの銃に手をかけていた。
『さあさあさあさあお待たせいたしました!!!!!第25回天原学園最強能力者トーナメント1学期の部トーナメント戦第1試合、スタートです!!!!!』
試合開始に迫る3度のブザー音。そして、長いブザーと共に試合が始まった。
「……」
試合開始直後、目にも止まらぬ早業でホルスターから拳銃を抜いた怜治。そのまま腰だめの状態で地面に向かって6発の弾丸を放つ。
「うおっ……!?!?」
うち1発は蒼介の足元に放たれる。特殊な弾丸なのか、弾速は目視で確認できる程の速度ではあったが、それでも銃弾ということもあり一瞬で弾丸が地面を穿つ。銃弾が撃ち込まれたステージは砕け、それが岩壁として姿を現す。
「……なるほどな」
ステージ上に瞬く間に出現した6つの岩壁。おそらくはこれを遮蔽物として利用し、戦闘を有利に運ぶ算段なのだろう。
(どんな能力かはわからないが、気を付けて対処する必要がありそうだな)
蒼介は出現した岩壁を自分の遮蔽物として利用する事にした。下手に顔を出せばハチの巣になると考え、すぐに顔を引っ込められるよう岩壁に手を当ておそるおそる相手の方を確認する。
「……うぐっ!?」
顔を出した瞬間無数の弾丸が飛んでくる。慌てて顔を引っ込める蒼介だったが、肩にじんわりとした感覚があることに気づく。
「……一発貰ったか」
手首に付けられているバリアー装置。そのメモリが減っている事に気づく。それは、蒼介がこの学校に来て初めての被ダメージでもあった。
(こっちの居場所は割れている……)
蒼介は岩壁に身を隠しながら考える。それは、対戦相手である怜治と一の対処についての事だ。
(下手に顔を出せばやられる……仮に岩壁を破壊したとしても、2人の位置を正確に把握していなければどちらかに一方的に攻撃される可能性がある)
つまり、蒼介に求められるのは2人の位置を正確に把握した上で岩壁を破壊し、2人をほぼ同時に撃破することである。それができない場合は負けを意味する。
(美月のためにも、負けるわけにはいかない……有効な方法は……)
そう、蒼介が思案している時だった。
「……なっ!?」
まるで蒼介の周りを取り囲むように、"軌道が変わった弾丸"が飛来してきた。
「……甘いでありますなぁ。対戦相手のことくらいは事前に予習しておかねば」
蒼介とは対極の位置にある2つの岩壁の裏で、一は弾丸を撃ち切ったドラムマガジンを取り外す。一は皮手袋に覆われたその親指でその弾倉の入り口を覆うと、光に覆われ弾倉に次々弾丸が込められていく。
「翼力の弾丸を生み出す力と、弾丸に様々な効果を付与する力。私達の力が合わされば、怖い物なしであります」
怜治の能力によって、強烈な破壊能力を伴った弾丸を地面に撃つことで岩壁を出現させ、顔を出してきた蒼介に弾丸を浴びせる。その後アクションを起こさないことで岩壁に隠れている蒼介に「岩裏は安全」という認識を芽生えさせ、蒼介に対策のために思案する時間を与える。
「そこに、怜治の能力で追尾能力を付与した弾丸を浴びせる、と。いやはや、完璧でありますなぁ」
「……」
一の言葉に怜治は一言も口を開かない。彼女が怜治とコミュニケーションが取れているのは、怜治と一が幼いころからの幼馴染で、ずっと一緒にいるからというのが大きかった。決してそのコミュニケーションは一方通行というわけではなく、怜治からもアクションを起こす。終始無言ではあるものの、一にだけはその行動の真意がわかっていた。
「さて……蒼介殿のバリアーの耐久もおそらく限界でしょうなぁ。次のマガジン分で終わらせ……」
「……無理」
ぽつりと。怜治がぼそっと呟く。一はその言葉に耳を疑い声を返すが、その語尾が崩れてしまっていた。
「……無理?私たちが負けるってこと?」
「……おそらく、蒼介は倒せない」
「まさか。いくら蒼介でもあの猛攻を防ぐことは……」
一が説得するように怜治にそう告げる。しかしその直後、一の身体に衝撃が走る。
「うぐっ!?」
それは肩の痛みだった。抑えた部位には何かが着弾した後として、バリアー装置の薄い膜がひび割れ可視化されていた。
「……一体何が……っ!?」
怜治が上を指さす。一が怜治の指の先へ目線を向けると、信じがたい光景が広がっていた。
「礼はさせてもらうからな……」
蒼介は手の平に集めた翼力の光の集合体を見ていた。蒼介が作り出したそれは、展開した場所から指定した方向に向かって無数の光弾を放つエネルギー球だった。蒼介が今回生み出したのは、下方へ光弾を放ち続けるエネルギー球。それを空中に向かって放り投げる。
「負けるわけにはいかないんでな……卑怯だなんて言わないでくれよ」
これが蒼介個人での出場であれば必死に勝ちにこだわる必要もなかったが、今回は事情が事情である。
「俺は美月のために、負けるわけにはいかないんだよ」
やがて、雨の如く無数の光弾が降り注ぐ。それは敵味方関係なく無差別に降り注ぐが、翼力の持ち主たる蒼介に直撃するとそのまま吸収される。
「……」
蒼介の生み出した光弾の雨が、ステージを破壊して作られた岩壁に直撃し、次々破壊される。無論蒼介が遮蔽物として利用していた岩壁も破壊されることになるが、これは相手のバリアー装置を消耗させることに狙いがある。
(隠れたままならそのままバリアーの耐久を削りきれる。そうじゃないなら……)
蒼介の思惑通り、最後の岩壁二つが壊れたタイミングで、怜治が勢勢いよく横に飛ぶ。一はバリアー装置の耐久が尽きてしまっているのか、その場に屈んでしまっている。
「……」
遮蔽物の無い状態でのバトル。怜治は回転式拳銃を構え、蒼介に撃ってくる。
「っ……!!!」
高速ではあるものの実弾とは違うのだろう、蒼介に避けられない弾ではない。そのまま放たれる弾丸を避けていく。
「……」
そして怜治が6発目の弾丸を放った直後、蒼介は怜治に向かって勢いよくダッシュする。残り僅かであろう怜治のバリアー装置に止めを刺すためであった。エネルギー球による光弾の雨はもうないが、6発撃ち切った怜治に蒼介を迎撃する手段はない。
「……」
しかし、怜治はその銃に弾丸を装填することはなかった。構えたまま撃鉄を起こし、そして引き金を引く。
「っ……!?」
"7発目の弾丸"が、蒼介の額に目掛けて襲い掛かった。
会場が静寂に包まれていた。観客は誰一人として声をあげない。その結末を、固唾を飲んで見守っていた。
怜治の回転式拳銃は、"撃鉄が起こされたまま"引き金に手がかけられていた。その銃口は蒼介の額に当てられていた。
しかし、 蒼介の左拳は正確に、怜治の心臓部分に打ち込まれていた。
ビーーーーーーーッ!!!!!!
「「「「「うおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」」」」」
『決着ーーーーー!!!!!怜治一ペアの巧みな連携に翻弄されるも、起死回生の一手により勝利をもぎ取ったのは、真田蒼介ーーーーー!!!!!』
怜治の身体が崩れ落ちる。怜治と一のバリアー装置が完全に耐久を削り取られていたのに対し、蒼介のバリアー装置は5割程度の耐久が残ったままだった。
「……どうやって、岩裏で私の銃弾を凌ぎ切ったのでありますか?」
しゃがんだままの一。怜治はその一の肩を肩を担ぎ立たせる。一の問いに蒼介は答えた。
「迎撃した」
「迎撃した!?100発近い弾丸をでありますか!?」
蒼介の返答に唖然とする一。事実として、蒼介は自身に飛んできた弾丸を迎撃した。無論急に現れた高速の弾丸100発を全て迎撃できるわけもなく数発はダメージを受けてしまった。そのダメージの後として、腕や脚にバリアー装置の破損を示す弾痕が残っていた。
「は~……やはり『S』ランクの生徒ともなると強さは別格でありますなぁ」
「……」
蒼介の規格外の実力に簡単の声を漏らす一。怜治は蒼介をじっと見つめていたが、その怜治の視線の意味に気づいた一は蒼介に質問する。
「……怜治の弾丸が6発以上撃てること、気づいていたのでありますか?」
「予測だけどな。岩が破壊された瞬間に怜治が撃ってきたとき、弾が鉛玉じゃなくて翼力で出来た弾丸だってことに気づいたんだ。実弾なら間違いなく6発で装填が必要になるけど、もしもそうじゃなかったら6発よりも多く撃てる可能性がある。だから7発目の弾丸にも対応できるように警戒していたんだ」
「いやぁ、それを加味してもあの距離の弾丸を普通避けるでありますか……?」
「物理弾じゃないし、見えるヤツなら多分避けられたよ」
「簡単に言うでありますなぁ……」
蒼介の強さに最早笑いしか出ない一。一と蒼介が会話をしている中、怜治は一言も言葉を発さなかった。
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