春日井美月という少女

 翼力は、特殊な能力を使用するための燃料として、翼神、そしてその灰をその身に浴びた人間たちが使う力のことである。

 現在はその変換前の翼力の総量や質を測定する機械が存在するが、逆を言えばそう言った特殊な機械が無ければ個人の持つ翼力を測ることはほぼ不可能である。"強大な翼力を持つ者"であれば身体を接した際にその翼力を微弱ながら感じ取ることはできるが、基本的にそう言った例外なくしては翼力を感じることは不可能だった。


(でも、この子のこれは……)


 蒼介は今、手を繋いだ少女の翼力をその手で感じていた。偶然ではない、微弱ではあるが蒼介の手の平で感じられる他者の翼力。それは即ち、目の前にいる彼女、春日井美月がそれほどまでに膨大な翼力をその身に内包しているということに他ならなかった。


「ぁ、の……真田、先輩……」


 蒼介は美月に声をかけられて、自分がずっと美月と手を繋いでいたことを思い出し、慌てて手を離す。


「あ、あぁ……ごめんよ」


 蒼介が手を離すと、美月はぼーっとその握られていた手を見つめている。


「あ、あの……真田、先輩……」

「蒼介で大丈夫だよ、春日井さん」

「ぇ……あ、で……でも……」


 美月はもじもじと、なにかを言いたそうに時折蒼介の方を見たり、逆に顔を逸らしたりする。そして、20秒近く経過して、ようやく言葉を発する。


「……わ、私も……名前で……あの、呼び捨てでも……いいですから……」

「ん?あぁ……わかったよ、美月。これでどうだ?」

「~~~!!!」


 さすがにいきなり名前で呼び捨てというのはまずかっただろうかと思った蒼介。美月は呼び捨てで呼ばれ、顔を真っ赤にしてしまう。


「ぅ、えっと……その、よ……よろしく、お願いします……蒼介、先輩……」


声量が尻すぼみになっていき、最後の方は最早何を言っているのか判別がしづらい程に声が小さくなっていた美月だったが、嫌悪はされていないだろうと判断した蒼介は先程の状況について尋ねることにした。


「……さっきの連中は?」

「えっ、と……私と同じ、1-Dの……子、です……」

「……1-Dの?」


美月の言葉に疑問が浮かぶ蒼介。先程の女子生徒たちが1-Dだということが気になったのでは無い。美月が「私と同じ」と言ったことが気になったのだ。


「君は……美月は、1-D所属なのか?」

「……?は、はい……」

「……どうして?」


蒼介の疑問は尤もであった。蒼介が先程美月の手を握った時に感じた翼力は錯覚などではない。体外へ漏れ出てしまうほどの膨大な翼力を持つ美月が、入学時の能力測定で高判定を貰わないはずがない。翼力測定に使う機械は、それ自体が翼力によって作られた精密機械で、表示される測定結果は極めて正確である。仮に美月がこの体外へ漏れ出すほどの翼力を抑制する術を持っていたとしても、機械による判定を免れられるなど聞いたことがなかったのだ。


「ぁ……えっと……入学試験、は……筆記と面接、の後に……能力測定……なん、ですけど……」


美月はたどたどしくも、その理由について話し始める。


「め、面接で……き、緊張して、倒れ……ちゃって……」

「……」


なるほど確かに、と僅かにでも思ってしまった自分を蒼介は殴りたかった。蒼介はまだ美月と会って間もないが、彼女のこの性格ならば確かに極度の緊張から体調を崩すことはあるだろう、などと思ってしまっていた。


「じゃあ……天原学園に入学できたのは……」

「はい……えっと、筆記試験の成績が、良かったから、だと思います……それでも、総合評価は……一番、下の方だと……思います……」


良く入学できたなと思ってしまう。つまり彼女は筆記試験のみの結果でなんとか入学の座を勝ち取ったということになる。


「……さっきの子たちは?」

「えっと……1-Dでも、能力の強い方、の子達で……私、筆記しか受けられてないから……裏口入学だって、言われて……」


能力の強い者の一部は、能力の弱い、あるいは使うことが出来ない者に対してマウントを取りたがることがある、というのを蒼介は思い出した。Aクラスに属するような能力者であれば、概ね誰とでも分け隔てなく接することができるが、それ以下のクラスでは上のクラスとの力の差に劣等感を抱き、それより下の者をいじめの対象にしてしまう。


「……美月。君が強い能力を持っていることを、俺は知っている」

「ひゃっ……」


蒼介は思わず、美月の両肩を掴んでいた。思わずビクッと身体を跳ねさせる美月だったが、見上げた蒼介の目の真剣さに目を奪われた。


「君が現状に対してどんな感情を抱いているか分からない。でも、君がいじめられているという事実がわかった以上、俺としてはこの問題を黙認することなんてできない」

「ぇ、ぁ……ち、ちか……」

「お節介になるかもしれない、でも言わせてくれ。俺は、君を助けたい。こうして出会えたのもひとつの運命だと思う。だから俺は君を見捨てたりはしない」

「あ、あの……先輩っ……ち、ちか……」

「君を救うのを手伝わせてくれ。お願いだ」

「わ、わかりましたっ……わかりました、からっ……せ、先輩……近い、です……」

「……ん?あ、あぁ……!」


思わず熱が入り、彼女の前髪に隠れた瞳を覗き見るように話しかけていたことに気づく蒼介。慌てて離れるが、顔面が真っ赤に染まった美月の赤らみはすぐに冷めることは無かった。




「あるよ」

「あるのか!?」


授業の休み時間。気持ちよさそうに船を漕いでいた京香を叩き起こし、「能力の再判定によってクラス替えを行うことは出来ないか」について尋ねてみると、あっさりと答えが返ってきた。


「うるさっ……お前そんなキャラだっけ?」

「そんなのどうだっていいんだ。京香、クラス替えを行う方法があるってホントなのか?」

「ああ、あるにはあるよ。タイミング的にももうすぐだからな」

「……あー、そういえばそうだね」


京香の思い浮かべている事項と、自身が思い浮かべている事項が一致したのか、納得して首を縦に振る花楓。蒼介は、2人にその内容について尋ねる。


「教えてくれ。それは一体なんなんだ?」

「一学期に一回、腕利きの生徒たちが集う学内大会があるんだ。優勝賞品が豪華だからそれを狙ったり、自分の今のクラスに不満があったりするやつは基本的に参加するな」

「参加資格は?」

「この学校に所属している生徒なら誰が参加してもいい事になってる。あとチームを組んで参加も可能だ。その場合は3人までだな」

「学内大会とは言っても、能力者を全国から集めてる天原学園の大会だから、見応えがあるんだよ〜。そーちゃん、もしかして出たいの?」

「ああ、ちょっと出たい理由があってな」


蒼介は自身の実力を証明するためではなく、たまたま出会った強い翼力を持つ女の子により良い学園生活を送ってもらうために出場したいということを二人に伝えた。すると、二人とも少し困ったような表情を見せていた。


「……なるほど、Aクラスへのクラス替えか。となると、優勝か、最悪準優勝くらいは狙わないといけないんだけど……」

「何か問題があるのか?」

「うーん……そーちゃんの実力なら狙えないこともないと思うけど……実は、今回の学内大会には鳳先輩も出場するんだ」


花楓の言う鳳先輩というのは、言うまでもなく鳳花桜のことだった。蒼介も顔と名前が一致したのか、花桜について尋ねる。


「やっぱり強いのか?」

「半端じゃなく強いな。アタシや花楓の戦闘スタイルじゃ相性が悪いってのもあるけど」

「鳳先輩は、風と大地を操る能力者なんだよ〜」

「強くて且つ複数持ちの能力者か」


通常、ひとりが使用出来る能力は1つのみである。例えば京香が雷を操る能力しか使えないように、また蒼介が光を操る能力しか使えないように、基本的には一種類の能力しか使えないというのが常識である。しかし稀に、2つ以上の能力を操る能力者というのが存在する。2つ使えるだけでも滅多にお目にかかれないと言われるほどであり、3つ以上扱う能力者は『起源の灰』以降現れていないい。


艷災えんさいの花桜って言われるくらいには強いんだよ〜」

「ふ〜ん……そうなのか……」


花桜の強さを語る2人を余所に、蒼介は優勝のことを考えていた。おそらく自分一人では互角以上の戦いができるだろうということを蒼介は理解しており、そこに美月が加わればかの花桜であろうとも倒せる、と思っていたからだ。これは驕りではなく、蒼介が美月の能力を聞き、その強力さに蒼介も耳を疑ったからこそだった。


「……あ、そういえば」


ふと、蒼介は思い出したように声をあげる。その視線は、花楓の方へ注がれていた。


「俺、花楓の能力については知らないんだけど……なんなんだ?」

「え、わ、私?」


幼い頃を花楓と友に過ごしていた蒼介だったが、その花楓の能力に関して、本人から一度も聞いたことがなかった。花楓もそれに関して蒼介に披露したことは一度もないため、蒼介は花楓の能力を知らなかったのか。


「え、えーっと……」

「……別にいいんじゃないか?どうせ戦闘訓練の授業とかでバレるぞ?」

「う、うーん……わかった……」


花楓はあまり乗り気じゃなさそうに、筆箱の中から消しゴムを取り出す。


「……あんまり面白くないからね〜?」


花楓はそう言ってから、手のひらに乗せた消しゴムをぎゅっと握る。1秒ほどだろうか、花楓が握り拳を開いて中を見せてくれる。


「……うわ」


思わずそんな感想が漏れてしまう蒼介だが、蒼介の感想はある意味適切だった。花楓の手に握られた消しゴム、それは花楓の手のひらの中で"ばらばらに砕けていた"。


「手で力を込めた物体を粉砕する能力……なんて、女の子っぽくないよね」


蒼介はその光景に唖然としていた。京香の方に目線を向けると、「うんうんわかるよ私も同じ気持ちだったもん」と、首を縦に降っていた。

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