天原学園生徒会長

「……はい、大丈夫ですよ」


 お盆を両手で持ったままの花桜を立たせたままでは悪いと、蒼介は花桜に同席を許可する。


「そーちゃん!?」

「構わないだろ?それに、同席を断る理由も俺たちにはない」

「ふふ、では失礼しますね」


 円形のテーブルの四方の内、蒼介の右側の席に座る花桜。先ほどまでニコニコ笑顔で食事を摂っていた花楓と京香だが、大物の同席ということなのか身体が固まってしまっていた。


「そういえば……そちらのお二人も、こうして話すのは初めてですね?」

「……!!」

「は、はい……」


 花桜に話しかけられる花楓と京香。ガチガチに緊張してしまっているのがはっきりとわかるくらい委縮してしまっており、返事の声も強張っていた。


「そんなに緊張をしなくても大丈夫ですよ。私達は同じ学び舎で学ぶ者同士なのですから」

「あ、ああえっと……は、はい」

「それに……貴方がたもAクラスの生徒なのでしょう?であれば、同じAクラスを踏み続けた者として、貴方たちの力になれます」

「まあ、それはそうですけど……」

「そう緊張する必要はありません。これから沢山の交流を交わして、貴女たちと良好な関係を築ければと私は思います」

「は、はいぃ……」


 花桜の落ち着いた声とは真逆で、ずっとガチガチの返答しかできない花楓と京香に思わずくすっと笑ってしまう蒼介。しかし今度は、花桜の興味が蒼介へと移る。


「……さて、真田蒼介さんでよろしかったですか?」

「はい。鳳先輩」

「下の名前で構いませんよ」

「……花桜先輩」


 2人に比べるとずっと落ち着いた態度で花桜へと返答をする蒼介。花桜の姿が珍しいのか、食堂にいた1年や2年からの視線がそのテーブルに注がれる。


「……あまり食堂では食事はとられないんですか?」

「はい。普段はお弁当ですね」

「それは……自作のお弁当を?」

「はい。あまり大した出来ではありませんが」


 そう言いながら食事をとる花桜。花桜が頼んでいるのはたまごサンドイッチで、2つのサンドイッチのうち一つの角を口に運ぶ。


「……んんっ、たまごが……」


 ぎっちりと卵が詰まっているせいか、端の部分を口に入れるだけで、切り口から卵が溢れそうになる。


「すいません……お見苦しいところを……」

「ああ、いえ……」

「サンドイッチと聞いていたので丁度良いかなと思いましたが、まさかこんなにぎっしりと卵が詰まっているだなんて……」


 溢れた卵の部分を指で掬い、舐め取っていく花桜。そのなまめかしい仕草に思わず目を逸らしてしまう蒼介。その様子に気づいているのか、花桜はくすくすと笑う。


「ふふ……すいません、はしたないところを見せてしまいました……」


 花桜は笑みを浮かべながらも謝罪し、卵を舐め取った指を皿に備え付けられていたティッシュペーパーで拭き取る。


「……俺たちに話しかけてきたってことは、何か用があるってことでいいんですか?」

「……そう捉えていただいて構いません。ですが、貴方がたと親睦を深めたかったというのも、また事実です」


 花桜はコップに注がれたお茶を口に付ける。軽く唇を湿らせる程度にしか飲んでいなかったが、コップから口を離すと話し始める。


「まずは貴方がたと親睦を深めたかったということ。そしてもう一つは……真田蒼介さん。貴方に興味があったのです」

「俺に?」


 一瞬以外に思った蒼介だったが、彼女が生徒会長だからということ、そして天原学園における1人目のランク『S』の生徒であることを思い出した。


「……同じ『S』ランク同士、仲良くできるかなと思いましたので」

「そういうことですか」


 入学式の時に聞いた、1人目のランク『S』の生徒の話。あれは鳳花桜のことだったと蒼介は思い返していた。そして花桜は、ついに2人目となる『S』ランクの自分に話しかけてきている。


「まだ学園生活が始まって間もないですから……わからないことがあれば、私にどうかご相談ください。貴方の力になります」

「ありがとうございます、花桜先輩」


 生徒会長自らの申し出に頭を下げる蒼介。彼女も学園内で唯一のランク『S』ということもあり、共感者が欲しかったのかもしれない。そう思いながら箸を進める。


「……そういえば、蒼介さん。貴方に一つ、訪ねたかったことが」

「なんでしょうか?」


 サンドイッチを1ピース食べ終わった花桜、その後お茶を口に含ませると、コップを離して蒼介に質問した。


「……蒼介さんは、かの有名な真田夫妻の実子、ということでよろしかったでしょうか?」




「大丈夫?そーちゃん」

「ああ、大丈夫……」


 食堂の帰り、先ほどまではガチガチに委縮してしまっていた花楓と京香に心配される蒼介。


「顔真っ青だけど、保健室いくか?」

「いや……いい。大丈夫だ」


 余程顔色が悪いのか、京香ですら素直に心配をしてくれている。しかし蒼介はあくまでも大丈夫だと誘いを断った。


「まあ、蒼介も鳳先輩相手じゃやっぱり緊張するのか。そうだよな、やっぱりお前でも緊張するよな」

「ああ、まあ……そういう感じだ」

「……」


 花桜との対談における緊張が後になって効いているのだろうと京香は判断していたが、実際はそうではないことを花楓は知っていた。故に、蒼介に対しそこまでの追究をしなかった。


「ごめん……ちょっと外の空気吸って帰るよ」

「大丈夫か?」

「大丈夫だって……」

「帰り道わかるか?」

「子供じゃないんだから!」

「ちゃんと一人で帰れるか?」

「子供じゃないって!!」

「……ま、そんだけツッコミが返せるなら大丈夫だろ」


 京香は蒼介の背中をバンと叩くと目の前を走っていく。


「午後の授業、遅れんじゃねーぞ!」

「あ、待ってよ京香ちゃ~ん!」


 廊下を走っていく京香を追いかける花楓だが、立ち止まり蒼介の方へと振り返る。その表情は、不安そうに眉を下げていた。


「……あのね、そーちゃん。あのことがそーちゃんにとって忘れられないことだって知ってる」

「……花楓」

「……もしどうしても辛くなったら、私に言ってね。できることはなんにもないかもしれないけど……そーちゃんのためなら、私……」


 俯いたまま、声が段々と尻すぼみになっていき、蒼介にも聞こえない声量になっていく。が、勢いよく顔をあげた時には、蒼介がよく覚えている笑顔の花楓になった。


「……待ってるね!」


 花楓も走っていく。蒼介は花楓のその姿が階段を駆け上がって見えなくなるまで、ずっと見続けていた。




「……はぁ」


 中庭。大きな樹を囲むように設置されたベンチのひとつに座った蒼介は天を仰いでいた。


「……忘れられるわけがないよな」


 蒼介は昼休み、食堂で花桜に聞かれたことが未だに頭から離れなかった。


『……蒼介さんは、かの有名な真田夫妻の実子、ということでよろしかったでしょうか?』


 あの質問をされた瞬間の、花桜のまずいことを聞いてしまったかのような顔を覚えている。その後は会話が弾むこともなかった。


「……父さん、母さん」


 つい口に出してしまう。中庭には現在誰も生徒がおらず、蒼介の独り言が聞かれることはなかった。


「……ん?」


 校舎内の中の喧騒から隔離された中庭で、蒼介の耳に何かが入り込んでくる。


「……」


 のそっとベンチから立ち上がった蒼介は、声のする方へと足を進める。段々と声の発信源に近づいていくと、その内容を大まかにだが聞き取れるようになった。


「てめぇ!……んじゃねぇ!!」


 細部までは聞き取れなかったが、どうやら女子生徒が声を荒げているようだった。蒼介が歩を進めていたのは、1年生の校舎の裏だった。


「なにぶつぶつ言ってんだおい。わかんねーんだよ!」

「ひっ……ご、ごめんなさい……」


 蒼介はついにその場面を目撃した。後者の一角、わざわざ誰も来ないようなその場所、袋小路。そこに追い込まれた1人の女子生徒と、その子を取り囲むように複数の女子生徒がいた。


「そこで何してる」

「あ?……ちっ」


 不機嫌そうに声を返してくる女子生徒。耳にピアスを付け、髪を金髪に染めていることから、あまり素行は良くなさそうな生徒であることはすぐにわかった。女子生徒たちの代表なのだろう、金髪の生徒は興が醒めたのか取り巻きの女子生徒を連れて蒼介の横を通る。


「……2年風情が正義の味方気取りかよ」


 すれ違いざま、そう呟きながら去っていく女子生徒。蒼介はその女子生徒たちを引き留めることなく、袋小路に立っていた女子生徒に歩み寄る。


「……大丈夫か?」

「ひっ……ぁ、えっ……と……」


 その女子生徒は、蒼介が近づくと後ずさりしてしまう。しかし背後には壁があり、蒼介から距離を開けることは叶わなかった。


「……大丈夫だ。何もしたりしないから」

「……」


 蒼介は優しく声をかけながらゆっくりと歩みを進め少女に近づく。少女も後ずさりはしなくなり、斜め下から蒼介の顔を見上げてくる。


「……っ」


 その少女は、髪の毛を肩にかからない程度にばっさりと切っていた。また、前髪は長く、少女の瞳からその表情を伺うことはできなかった。


「大丈夫だ、俺は君の敵じゃない。君を助けに来たんだ」

「……ぁ、ほ……ほんと、ですか?」


 少女は終始身体を強張らせながら蒼介に恐る恐る質問を投げかける。コミュニケーション能力に欠けるのか、声がところどころ詰まる。


「ああ。俺は真田蒼介、2年生だけど……今年から天原学園に入学したんだ。よろしく」


 蒼介はゆっくりと手を差し伸べると、少女もおずおずとその手に応えるように手を伸ばす。終始挙動不審で、本当に手を取ってもいいものか?という苦悩がその手の動きから伺えたが。


「……ぁ、えっと……か、春日井かすがい……美月みつき、です」


 蒼介が手を差し伸べてからおおよそ30秒。ようやく少女が蒼介の手を優しく握る。小さく、細い美月の手。


「………!?」


 その手を握った瞬間、蒼介の全身に何かが走る。


「……?」


 美月は目線を隠す前髪越しに蒼介の反応を伺っていた。蒼介は自身の身体に走った何かの正体について思考をフル稼働させ考えていた。


(今のは……まさか、こんな子が……でも……)


 蒼介の難しそうな顔を心配そうに見つめる春日井美月。


(こんな子が、まさか……"俺と同じか、それ以上の"能力者……?)


 手の平を握った時にわかるその異様さ。少女の翼力は、蒼介が今まで感じた事のある誰よりも濃密で、強大だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る