始まった学園生活
「すいませ~ん!遅れました~!」
いつものように遅刻して教室に現れた彼女の姿に、桃花はため息をついた。
「……謝るくらいなら次から遅刻しないよう努めろ。ほら席に着け」
クラスメイトは見慣れた感じなのか、遅刻をしている彼女にも全く気にしない様子だった。花楓は顔を真っ赤にしながらとぼとぼと自分の席に座る。
「……さて、ホームルームどころか1限目の授業開始にすら間に合わなかった花楓。入学して間もない蒼介のために、私たち能力者のことについて説明をしてくれ」
「は、はい。わかりました」
桃花に指名され、席を立つ花楓。バッグから教科書を取り出していない花楓だが、そのまま説明を始める。
「……私たち能力者は、『起源の灰』によって翼力をその身に宿す能力者となりました。『起源の灰』とは、遥か昔に存在した『翼神』がその身を灰に変えて世界中にその灰を届けた出来事であり、その時の人間は例外なく、全員が特殊能力を使える能力者になったそうです。また能力は遺伝すると言われ、元々の翼力が多い家系の人はそれも遺伝すると言われています」
「……」
花楓の発言に少し苦い顔をする京香だが、桃花はそれに気する様子もなく花楓に発言を続けさせる。
「そうだ。では、翼力とはなんだ?」
「はい。翼力は、私たち能力者たちが能力を行使するために必要な燃料であり、この翼力を使うことで私たちは非科学的な力を行使することが可能です。この翼力は体内に翼力を発生させる器官が存在すると言われており、『翼力核』と言われています」
「よし、座っていいぞ」
桃花にそう言われゆっくり着席する花楓。花楓が着席したのを確認した桃花はゆっくりと話し始める。
「……どの中学校でも学ぶであろう常識だが、この学校は能力者の養成に重きを置いた学校だ。だから改めて花楓に説明してもらった」
桃花はそう言って、今度は蒼介の方へと視線を向ける。
「……では蒼介。『翼神』とは何者か説明してくれ」
「わかりました」
桃花の指名に、迷うことなく席を立つ。そして、言葉を詰まらせる事なく質問に対して答えていく。
「……『翼神』は、今から1万年前に人類の前に降り立った存在と言われています。伝承の翼神、その誰もが一対の翼を持ち、今の能力者を遥かに上回る能力を使えたと言われています」
「ああ、そうだ」
「そして翼神たちは、当時の人間たちをその能力を使って助けたと言われています。今の人類が存在するのは、翼神たちがあらゆる天災から人間たちを守ったからと言われています」
「よし。座って良いぞ」
蒼介は軽く頭を下げ席に座る。桃花は話を続ける。
「その後は皆知っているとおりだ。翼神のうち半数の翼神が反乱を起こし、翼神同士での戦争が始まった。世界に甚大な被害を及ぼしたと言われる戦争だったが、最後は人類を守る翼神達の勝利だったとされている。しかし残った翼神もボロボロになり、最後の力を振り絞って自らの身体を灰へと変えた。これが、『起源の灰』へとつながるんだ」
桃花は蒼介と花楓、両名の発表に追加でそう告げる。翼神という存在の歴史について、その場にいた全員が再認識をさせられる授業内容だった。
「さて、それでは『起源の灰』が起きた後の世界の歴史について学んでいく。まずは……」
「……は~、終わった~……」
授業が終わり、桃花が教室を後にするとぐったりと机に突っ伏す花楓。
「お疲れ様。授業態度は結構真面目なんだな」
「私だってただ遅刻してるだけじゃないんだよ!」
「遅刻しなければ完璧なんだけどな」
「それは言わないで~!」
ぷんすか怒る花楓を可愛いと思いながら、蒼介は初めての授業を終える。隣で授業を受ける花楓の態度は真面目そのもので、授業中大事だと思う記載箇所には赤ペンで線を引いていた。その他特に大事なところはノートにしっかりメモをしておくなど、遅刻常習犯からは想像もつかない光景である。
「わ、私よりも……京香ちゃんの方がひどいんだよ~?」
花楓は自分の生活態度に関して追及が厳しくなる前に、その対象を親友へとシフトさせる。親友である京香は、授業が終わっても尚自身の席で舟を漕いでいた。
「……ぐー……」
「……あれは、大丈夫なのか?」
「あはは……京香ちゃんはちゃんとテストの点数は取ってるから……」
桃花の授業開始からわずか10分程度で、京香の頭はこくこくと揺れて夢の世界へ旅立っていた。その後おおよそ40分間京香が目覚めることは無かったが、京香に対し桃花は一度も注意をしていない。
「というか……もしかして、2-Aって変なヤツが多いのか?」
「うん?」
「例えばなんだけど……」
蒼介はそう言って、教室最後方廊下側の席に座る生徒を指さす。
「……」
そこに座る生徒は、髪もぼさぼさで、ブレザーを脱いだことで見えるワイシャツはしわだらけだった。これだけならまだ日常生活のだらしない生徒程度にしか見えないのだが、今彼が行っている行為が蒼介には目についた。
「あれは……許されてるのか?」
その生徒は黙々と、机の上で"銃"を触っていた。回転式拳銃、所謂リボルバーと呼ばれる類の銃である。使用時には弾丸が詰められているであろうシリンダーを布を巻いた鉛筆で掃除していた。
「ああ、怜治くんだね。怜治くんは例外的に学校にあの銃を持ち込めるんだ。そうじゃなくても2-Aは皆成績がいいから色々免除されてるところがあるんだよ~」
学校に銃を持ち込むことができる権利とはいったい何なのだろうかと思いながら蒼介は怜治を見つめている。クラスメイト達は慣れているのだろう、誰も怜治が銃を弄っていることに対して咎めたりはしなかった。
「っとと、そうだ京香ちゃんを起こさないと」
花楓は立ち上がって京香に起きるようにと肩を揺する。京香は花楓の呼びかけに応え起きたものの、次の授業の時にはまた夢の世界に旅立っていた。
「ここが、天原学園の食堂だよ~!」
「おお……」
花楓と京香に誘われて赴いた食堂。前の学校では食堂というものが無かったため、少なからず学内食堂というものに憧れのあった蒼介。しかし、実際に間の当たりにすると感動の声が漏れ出てしまった。
「えっと、ここの食券機でお金を入れて、食べたいものを注文するんだよ~」
「そ、それぐらいわかるって」
「え~ホントかな~?そーちゃんって前の学校じゃお弁当だったんでしょ~?」
「そうだけど……さすがに俺だって注文の仕方くらいはわかるよ」
蒼介は目の前で食券機にお金を入れてボタンを押した花楓に習って、食券機に1000円札を入れる。食券機のボタンが光り、好きな料理を注文できる状態なっていた。
「そうだな……それじゃあ……」
少し迷った後、蒼介はボタンを押す。ピッという音と共に食券機下部から食券が出てくる。
「……ハンバーグ定食ぅ?」
後ろから蒼介が購入した食券を見て眉間にしわを寄せる京香。
「な、なんだよ……」
「いや……なんというか、子供っぽいなと思ってさ」
「そーちゃん、ハンバーグ大好きだからね~」
蒼介は慌てた顔で食券を隠すが、もうすでに花楓と京香は蒼介の購入した食券をばっちり確認してしまっており無意味だった。ちなみに、花楓はとんかつ定食、京香は塩ラーメンを購入していた。
「アタシは先に席取っとくから、アタシの分も頼むわ」
そう言って京香は蒼介に食券を渡し、列から離れて席を確保しに行く。
「……んで、この食券どうすればいいんだ?」
「あ、それはね~……じゃあ、見ててね~」
説明するよりも実際に見てもらった方が早いと判断したのだろう、花楓はカウンターにいる担当者、60前後と思われる老齢の男性に渡す。すると、食券を渡して10秒と経過しないうちに……
「あいよ」
「ありがとおじちゃ~ん」
カウンターの向こうにいた、花楓がおじちゃんと呼んでいた男性からとんかつとキャベツ、みそ汁に白ご飯が乗った定食のお盆が出てきた。
(は……!?)
あまりにも早い食事の提供に目を疑う蒼介だが、花楓が笑顔で男性に笑顔を返したところを見るにこれが普通の光景なのだろう。蒼介も同じようにカウンターに食券を提出する。
「えっと、お願いします」
「あいよ……兄ちゃん、食堂初めてか?」
「え……あ、はい」
まさか話しかけられると思っておらず、戸惑いながらも返事を返す蒼介。男性は少し思案すると、あっという間に蒼介に塩ラーメンとハンバーグ定食が乗ったお盆を出してくる。
「うわ……」
思わず感嘆の声をあげてしまう蒼介。決して不味そうというわけではなく、その真逆の感想だった。お盆に乗せられた握りこぶし台のハンバーグが3つ、そのうち1つの上にはとろとろに蕩けたチーズがかけられていた。ニンジンとブロッコリーのグラッセも添えられ、みそ汁、白米共に食欲をそそるものになっていた。
「そいつぁサービスだ。これからも来てくれよな」
「は……はい!」
おそらくチーズが乗ったハンバーグの事を言っているのだろう、ぶっきらぼうにそう言う食堂の男性に、感謝の意味を込めて頭を下げる。そして京香の注文した塩ラーメンも合わせて持って周りを見渡すと、まるで待てをされている犬のようにうずうずと我慢をしている花楓と、肘をついて頬に手を当てている京香の姿が見えた。
「待ったか?」
「いーや全然。というか食堂おじさんがそんなに待たせるわけねーだろ」
蒼介がお盆を机に置いたと同時に、蒼介のお盆に乗せられていた塩ラーメンを自身の机まで移動させる京香。
「……お、やっぱりサービスされてたか」
「なんなんだあのおじさん。一瞬で料理が出てきてたぞ」
「すごいだろ?アタシらも最初は驚いたんだぜ」
京香は次いで蒼介のお盆に添えられていた箸を奪い取る。しかし箸は2セット置いてあったため、蒼介の分は残されていた。
「最初だからサービスしてやる~って言って、私の時もとんかつ2倍になったんだよ~?」
「アタシのときは豚骨ラーメンだったんだけど、チャーシューが6枚ぐらい乗ってたな。とろとろでマジで美味くってさぁ……」
「……そんな話はいいから、早く食べないか?もうお腹も減ってるだろ?」
蒼介の言葉にうんうんと頷く花楓。もう我慢はできないのだろう、手を合わせていただきますと呟く蒼介に対して、花楓と京香は食事にありつく。
「ずるるるる……んまーっ」
「もぐ、もぐ……はぁ~、おいし~……」
美味しそうに食事を楽しむ2人、合掌をしていた影響で遅れた蒼介だが、箸を取りハンバーグに伸ばす。箸で難なく切る事が出来るハンバーグを一片、箸に取り口に運ぶ。
「……う、美味い……!」
柔らかくそれでいて口に入れると溢れてくる肉汁。過剰に肉々しいわけではなく、しかしかと言ってあっさりしているわけでもない。調和がとれた素晴らしいハンバーグに舌鼓を打つ蒼介。
「でしょ~?」
「もぐ、もぐっ……んくっ、ご飯も美味しい。なんというか……すごいな」
デミグラスソースがかかっているので味も程よく濃く、白米が進む。味噌汁も豆腐とわかめ、ネギのシンプルな具材で構成されている。
「これはちょっと……毎日通いたくなるな」
「心配しなくても、これから毎日いけるさ」
「一緒に行こうね、そーちゃんっ」
ニコニコと笑みを浮かべる花楓だが、慌てて食べているのか口元にご飯粒が付いていた。蒼介がちょんちょんと口元に指を当てて花楓についている旨を伝えると、花楓はそれを指で掬って食べる。
「えへへ……ご、ごめんね」
照れ臭そうに頭を掻く花楓。
「……楽しそうですね。ご一緒してもよろしいですか?」
食事を楽しむ3人、そこに声をかけてくる生徒がいた。
「ああ構わなっ……!?」
蒼介の後ろから聞こえる声。それに返事を返そうとした京香だったが、信じられないものを見たという顔で固まっていた。
「ん……?」
蒼介も振り向いて確認をすると、その正体がわかった。斜め上にいた彼女の姿は、蒼介も見たことがあった。
「……鳳花桜先輩」
長い髪、整った顔立ち。優雅さすら感じる声色。花楓が「ああなりたい」と言った彼女が、そこに立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます