決着
その場にいたほぼ全ての人間が、何が起きているかを理解できていなかった。
薬師寺京香の放った『雷穿拳』は、正確に蒼介の顔面を捉えていたはずだった。それまでの京香の劣勢が覆されることを2-Aのクラスメイト全員が信じていたのは、彼女の『雷穿拳』が、発動さえしてしまえば勝負が決していたからだろう。故に、彼らは自分たちが見ている光景を理解できなかった。
「…………」
京香の『雷穿拳』は、確かに蒼介に向かって正確に放たれた。しかし、蒼介はその拳を右手で受け止め、身を屈めた状態で京香の脇腹に自身の左手を直撃させていたのだ。
ビーッ、というバリアー装置のエネルギー残量が尽きた音と共に京香の身体が崩れ落ちる。蒼介はその京香の身体を左腕で支えた。
「……負けだ」
「……俺の勝ちだな」
蒼介の肩に手を乗せ、立ち上がる京香。バリアー装置による防御があるとはいえ、脇腹に強烈な一撃を喰らっていたのであればそれなりにダメージがあってもおかしくはないはずだが、ピンピンとしていた。
「そーちゃんっ!!!」
観客席にいた2-Aの生徒も、観客席から降りてきてステージに上がっていた。花楓は誰よりも早く蒼介に駆け寄り、抱き着いてきた。
「うわっ!?」
「すごかったよ~!!まさか京香ちゃんに勝っちゃうなんて~!!!」
抱き着いたままぴょんぴょんと飛び跳ねる花楓を何とか引き剥がそうとする蒼介だが、抱き着く力が余程強いのか全く剥がすことができない。しょうがないので花楓の背中をポンポンと叩き、離れて欲しいという意思を伝えると、意図を察した花楓は顔を赤くして離れていく。
「ご、ごめんね……嬉しくて……」
もじもじしながら俯いている花楓、耳まで真っ赤になっているのが可愛いと思ってしまった蒼介。
「……完敗だー。いやー、文句だしだよホントに」
その圧倒的な力に感服したと言わんばかりに笑顔を浮かべる京香。
「……最後。どうやってアタシの『雷穿拳』を受けたんだ?」
京香の疑問に合わせるように他の生徒も聞いてくる。
「そうだよ、どうやってあれを受けたんだよ!」
「一体どんな神業使ったんだよ!」
その場にいる全員が期待の眼差しで蒼介を見つめていた。蒼介はこほんとわざとらしく咳払いをしたあと、その疑問に答える。
「……先ず、あの『雷穿拳』って技は、普通なら防御不可能だ」
蒼介の言葉に、うんうんと頷く一同。皆あの一撃を受けたことがあるのだろう、激しく共感していた。
「あれだけの速度で放たれる一撃だ、大半のやつは何が起きたかもわからずにやられるだろう。仮に防御したとしても、あれだけの威力の打撃だ、受けた部位に関わらずバリアーの耐久力をごっそり持っていく構成になってる。そして、もしも拳を避けられたと仮定しよう」
蒼介の言葉を、その場にいた全員が黙って聞いていた。蒼介は言葉を続ける。
「あれだけの電撃を纏っている以上、拳を避けても今度は電撃による追撃がある。回避も得策じゃない」
「だから攻撃を受けたのか?でも……」
「ああ、受けた。ただし、ただ受けたんじゃない。"翼力の防壁"を、拳を受け止める手に纏わせたんだ」
蒼介はそう言って、京香の一撃を受け止めた手の平を見せる。その手の平は、蒼介の翼力を変換した光を纏っていた。
「翼力を一点に凝縮させれば強力な一撃を受け止める防壁にもなる。これでバリアーを削ることなく一撃を受け止めたんだ」
「後は翼力を使い切ったところに、一撃を叩き込むだけ……か」
蒼介にそう付け加える京香。しかしいまいち納得のいっていない顔をしていた。
「言うのは簡単だけど……2-Aのやつらでもお前の言ったことを実行できるやつなんてそういないぞ?」
「まあ……多分そうだろうな。実際アレは必殺の一撃だ、分かってても対応は難しいだろう。俺が対応できたのは、京香が俺が対応するまでの時間を与えてくれたことだ」
「時間を?」
「ああ。翼力の充填から即発動だったら、多分俺は回避を選択してたと思う。受け止めようと思ったのは、お前の腕から雷が……」
説明を続けていく蒼介だったが、なにかの気配を察知したのかステージ入口のドアの方に首を向ける。他の生徒は蒼介が説明を止めた理由を、扉を開けて誰かが入ってきたことで理解することになった。
「見つけましたよ兄さん!!」
ずかずかと入ってくる小柄な少女。蒼介以外の全員が、その少女に見覚えが無かった。唯一蒼介だけはその少女に見覚えがあったのか、少女の勢いにたじろいでいた。
「今日は登校して軽く挨拶を済ませるだけですぐ終わると言っていたじゃありませんか!」
「あ、ああそうだったんだけど……」
「用事があって帰りが遅くなるならそう言ってください!お母さんはもう入学祝いの用意をしてるんですよ!」
蒼介と比較すると花楓も、京香も肩くらいにその目線が届く身長なのだが、少女の身長はそれよりも低く、頭部が蒼介の肩にようやく届くほどの大きさでしかなかった。京香よりも髪は若干であるが長く、肩に髪がつくかつかないかくらいの長さ。そして目を引くのは、左右で違う赤と青の瞳だった。
「別に遅れるのは構いませんが、遅れるなら遅れると連絡してくださいと言ってるはずです!」
「ご、ごめんな杏奈……急遽決まった事だったからさ」
「全くもう……杏奈が兄さんのwPhoneに細工をして位置情報を杏奈のwPhoneに送信されるようにしていなかったらお母さんが今頃困ってましたよ」
「……おい」
自らを杏奈と自称する少女は、蒼介に話しかけてばかりだったが回りの生徒のことに気づいたのか身を正す。
「……紹介が遅れました。私は羽鳥杏奈と申します。今年から1年生として入学することになります。よろしくお願いいたします、先輩方」
丁寧に深々と頭を下げる杏奈に対して、一同も頭を下げて対応する。
「……さあ兄さん、行きますよ。皆さんも、兄さんがご迷惑をおかけしてすいません」
「あ、あぁ……」
「そ、そーちゃん!ま、待って!その子は?」
杏奈と呼ばれた少女に手を引かれ連れていかれる蒼介に、疑問を投げかける花楓。蒼介はその疑問に対して答えてくれた。
「あ、えっと……妹、になるのかな?一応……」
「一応じゃありません。血のつながりはなくとも、杏奈は兄さんの妹ですから」
そう言い残して去っていき、唖然とする2-Aのクラスメイト達だけが、ステージに取り残された。
「い、妹……?だってそーちゃんには……」
記憶の中にある蒼介の記憶を呼び起こす花楓。しかし何度思い返しても、彼に姉はいても、妹がいるなどというのは聞いたことがなかった。
「全く、兄さんらしくないですね。新しい学校だからと言って浮かれていたのではないですか?」
「あはは……返す言葉もないよ」
蒼介の手を引いて校門を後にする杏奈。蒼介はずっと手を引かれっぱなしだったが、蒼介がその手を振り払うことは無かった。
「ごめんな。でも、久しぶりに会ったんだ、友達と」
「……それは、兄さんが幼い頃の……?」
「ああ、11年ぶりになるのかな。なんだか嬉しくなってさ……」
「……そうですか」
蒼介の少しだけトーンがアップした声を聴き、素っ気なくそう返す杏奈。兄の喜びとは真逆に、その顔には陰りが見えていた。
「……杏奈の知らない兄さん……」
「……ん?」
「いえ、なんでもありません」
本当に小さな小さな独り言。しかしその独り言が、蒼介の耳に届くことはなかった。
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