VS薬師寺京香

3つ並んだ後者の向こう側にある大きな体育館のようなドーム型の施設。幾つかの施設が内包されているようで、その中の一つにバスケットコートほどの大きさの施設があった。


「……やっぱ新年度初日だけあって誰も使ってなかったな」


施設の受付らしき場所で、京香は受付担当の男性と話をしていた。使用時間、使用目的、使用者等、必要な事項を用紙に書いていた。専用の施設ということもあり、教師立会いの下で無ければ使用できないと蒼介は思っていた。


「軽く流すだけだ。別にそれなら制服でも問題ないだろ?」


円形のステージの上、唯一そこに立っていた京香と蒼介はお互い離れて向かい合っていた。観客席と呼ばれるようなものもあるようで、少し高い壁の上に2-Aのクラスメイトたちが座っていた。


「ああ、大丈夫だ」

「OK。それじゃあこれ、付けてくれ」


京香が離れている蒼介に何かを投げる。蒼介は受け取ったソレを確認した。


「……なんだこれ?」

「使用者が受けた衝撃に反応して自動的に身体の表面に"翼力"の壁を作る装置だ。それが無いと戦闘訓練では絶対怪我するからな」


京香から渡されたそれは、ブレスレットのような装置だった。少し大きめになっているので腕に嵌めてみると、蒼介の手首の細さにまで自動的に収縮する。


「おお」


以前の学校には無かった最新設備に目を輝かせる蒼介に呆れる京香。


「……言っとくが、これで驚いてたら今学期中に驚きすぎで死ぬぞ?まだまだお前の知らない設備は沢山あるんだからな」


蒼介が京香に目線を向けると、京香はもう既に準備を終えているようで、軽いストレッチに移っていた。


「んんっ……ふう。勝敗の方法は簡単だ。バリアー装置の翼力分の衝撃を相手に叩き込めば勝ち。残量が少なくなったらうっさい音が鳴るから、それで確認をする」

「わかった」

「それじゃあ……準備オーケーなら始めるぞ?」


 京香はそう言って構えを取る。利き腕と思われる右腕を腰に当て、左手を突き出している。


(……なんだ、この構え?)


 京香の構えに応えるように、蒼介も構えを取ったが、その構えは京香に疑問を抱かせる構えだった。左脚を後ろに下げ、半身の姿勢を取っている。が、京香のように腰を落とすわけではない、棒立ちという程ではないが、脚を少しだけ曲げているだけ。左手を握って胸に当て、右手は斜め下に伸ばし、手の平を少しだけ開いて見せている。


(あれで構えを取ってるつもりなのか?舐めやがって……)


 蒼介の構えから、彼が自身の事を侮っていると考えた京香。勝負において手を抜かれるなど、彼女にとっては屈辱以外の何物でもなかった。


(『S』だからって調子に乗ってんだろうが、そうはいかない……花楓の幼馴染だかなんだか知らないが、その鼻っ柱をへし折ってやる……!)


 強い能力者に対し、京香はコンプレックスを抱いている。それは、親友である花楓の幼馴染である蒼介に対しても、例外ではなかった。

 二人が構えを取ると、会場内にブザーの音が流れ始める。3度ブザーの音が流れ始め、4度目の長いブザー音と共に、京香が動いた。


(……先手必勝だ!)


 京香の脚が、"雷を纏って"ステージの床を蹴る。瞬きの間に蒼介との距離を詰めた京香の、今度の右腕に雷が走る。


「……シッ!」


 蒼介に接近、そこから京香が右ストレートを放つ一連の動き。1秒はおろか、その10分の1に満たない時間で行われるソレは、本来であれば認識することも不可能な程素早い一連の動き。


「っ……!?」


 しかし、蒼介はその一連の動きをしっかりと見ていた。放たれる拳に対し、上体を反らして躱す。


(だったらっ……!!)


 雷を纏う拳を引き、今度は右足に雷を纏わせる京香。美しく円を描いて、雷を伴った右足が蒼介の顔面を砕かんと迫る。


「……」


 しかし、その強烈なハイキックに対しても蒼介は正確に対応する。頭部を覆うように斜めに構えた左腕の前腕で威力を相殺し、脚の下をくぐるように身を屈めて対応する。


「くそっ……!」


渾身の打撃が2回連続で受け流されたことが想定外だったのか、両脚に雷を纏わせ瞬時に後退する京香。


「なっ……!?」


 瞬間移動にも等しい速度で蒼介から距離を取る京香だったが、自身の眼前に映る光景に愕然とする。距離を離したはずの蒼介が既に目の前にいて、胸に構えていたはずの左腕が、"光を纏い"振りかぶられていた。


「くっ……!!」


 打撃が来る。そう思い、顔の前で腕を交差させ迎撃の体勢を取る京香。しかしその腕に衝撃が伝わることはなく、衝撃を感じたのは、ガードされていない腹部だった。


「かはっ……」


バリアー装置のおかげで肉体的なダメージはないものの、腹部への強烈な膝での一撃を受けて吐唾してしまう。しかし蒼介の攻撃は膝蹴りだけでは終わらない。瞬きも終わらぬ一瞬の間に、今度は左脚のフロントキックが京香の顔面に飛び込んでくる。


「ぐっ、うぅっ……!!」


 これはまだ、ガードをしていた頭部付近から腕を下ろしていなかったこともあり間一髪ガードに成功する京香だが、衝撃で後ろに大きく後退させられる。


「……今のでバリアーの耐久はどのくらい削れるんだ?」


 強烈な蹴りを繰り出した蒼介は既に最初の構えに戻っていいた。蒼介に打撃を2度防がれ、それどころか強烈な一撃を受けた京香は呼吸が整ってはいなかった。


「っ……一撃目の打撃が強烈だったからな、3割ってとこだろうな……」

「そうか、じゃあ今のをあと3回繰り返せば勝ちなわけだ」

「っ……!!!舐めやがって……!!」


 侮られていると感じた京香。再び雷を脚に纏い、蒼介に向かって跳躍した。




「……まじか」


 蒼介と京香の戦いが激化していく。その様子に、観客席に座っていた2-Aの生徒の1人がぽつりと呟いた。


「京香の打撃、アイツに当たったか?」

「わからねぇ……」


 その言葉に、自信なさそうに答える男子生徒。観客席から見ている28人のうち、ほとんどの生徒は打撃の応酬を理解できていなかった。


(……すごい)


 そのほとんどに含まれない生徒、花楓は蒼介と京香の打撃をしっかりと認識していた。


(……京香ちゃんをあんなに一方的に……)


 正確に言えば、花楓は2人の格闘戦を完全に認識しているわけではなかった。見慣れている京香の打撃はともかく、それ以上の速度と正確さで繰り出される蒼介の打撃を、完全には認識できていなかった。


(そーちゃん、あの頃とは全然違う……能力をコントロールしてる……)


 自らの記憶とはまるで違う、蒼介の打撃の数々。


(そーちゃん……)


 花楓は無意識に、自身の左手人差し指に嵌められた指輪を右手で触っていた。それは幼い頃に、彼女が幼馴染の少年から譲りうけたものだった。




「はぁっ、はぁ……!!!」


 想定外、というのが正直な感想だった。確かに京香は『A』ランクの評価を受ける天原学園の生徒だった。その身に宿す翼力は少なくとも、同じ『A』ランクでも京香は頭一つ抜けた実力を持っていた。雷を操る能力を持った彼女の打撃は、その纏った雷の力も相まって、人間では到底目視困難な程素早く正確に放たれる。学園内でも彼女の打撃に対応できる生徒は少なく、対応できたとしても完全に対応できる生徒はひとりもいなかった。

 だから京香は、この現状を到底理解することはできなかった。今まで誰にでも通用していたはずの高速の打撃が、一度も彼に、蒼介にダメージを与えていないのだ。しかもその迎撃がただの一度も偶然ではないことを、他ならぬ京香自身が理解していた。


(見ていやがる……アイツ、アタシの攻撃を全部……)


 京香が放つ全ての打撃。ただの能力者では目視はおろか理解することすら難しい高速の一撃を、蒼介は攻撃を放つ直前の"構えの段階"から見ている。つまり、次に放たれる打撃がどこから、どこを目掛けて飛んでくるのかを理解しているのだ。


「……伊達に『S』貰ってないってことか」

「わかってくれたようなら何よりだ。雷の能力者さん」


 息絶え絶えの状態と対照的に、蒼介は息が荒いどころか汗ひとつかいていなかった。既にバリアー装置に表示されている残りバリアーも、京香の残量は2割というところまで減少していた。


「……悪いが、お前の打撃なら当たらないぞ?」

「……なに?」


 蒼介の放った一言が、京香の耳に届く。煽られていると感じた京香の返事には怒気が籠っていたが、蒼介は続ける。


「……打撃を放つ直前、攻撃を行う部位に電撃を纏っているのがわかる」

「……なに?」

「それとお前の視線を合わせてみれば、次にどこにどの攻撃が来るのかは予測できる。別に難しいことじゃない」


 蒼介に淡々とそう告げられる。まさかそんなと思う京香だったが、蒼介の言葉には確かに心当たりがあった。京香は相手の行動が見える前から、どこに雷を纏わせて攻撃するかを決めていた。翼力の性質を考えれば、自身が打撃を放つ前から雷が予兆となって見えていても不思議ではない。


「っ、だけど……それならそもそも、なんでお前はアタシの打撃が見える!?」


 京香の放つ打撃は、雷を纏って強化しているだけであり、雷と同等の速度で放たれるわけではない。しかしそれでも、本来では視認など不可能な速度で放たれるそれを、蒼介が見切れるわけがない。そう思っていた。


「……自身が持つ能力に合わせて、能力者個人の技能も向上するって話は知っているよな?」

「ああ。だからアタシの打撃は速さと正確さを……!?」


 京香が話し終わる前に、蒼介は京香の目の前まで移動していた、"一瞬にして"。そして、京香の顔面に自らの拳を当たらないギリギリの距離で止めた。


「……光を、操るのか」


 目の前で見る蒼介の拳は、眩しくて見ていられないとは言わずとも、光り輝いていた。蒼介は一瞬でその拳を引くと、元の位置にあっという間に後退する。


「そう。と言っても、光と雷は速度的にはほぼ同じだと言われている。能力によって個人の身体能力が強化されるのならば、お前が俺の打撃が見えずに対応が遅れるのはおかしい」


 蒼介は言葉を続ける。


「……打撃の瞬間だけ雷を纏うなんて戦い方、おかしいと思ったんだ。お前、その戦い方をしないと翼力が切れるくらい翼力が少ないんだろ?」

「っ……!!!」


 その言葉ににらみを利かせて返す京香だったが、反論をすることはなかった。蒼介の言葉に一切の間違いはなかったからだ。京香は元々その身に宿す翼力が少なく、蒼介の言うように全身に雷を纏わせて戦い続ければ1分と持たずに翼力が底を尽きてしまうのだ。そのため、攻撃の瞬間だけ雷を纏わせる戦い方をすれば、強力な打撃を連発しつつも翼力の過剰な消費を抑えられる。それは、彼女が学習し会得した戦い方だった。


「……っるさい!!!」


 蒼介の言葉にそれしか返すことができない京香だったが、再び蒼介に向かって構えを取る。


「お前がアタシの雷で攻撃を避けてるってんなら……それなら、避けても受けても関係ないくらい強力な一撃をお見舞いしてやればいいってことだろうが!」


 京香の構えは先ほどとは若干異なった。腰に置いていた右の拳が、顔の横で構えられていたのだ。


「京香ちゃん!」


 京香が何をするか理解したのか、観客席の花楓が声を荒げる。


「黙ってろ花楓!アタシにだってプライドがあんだよ……!!!」


 花楓の制止を無視した京香。その京香の右腕に、雷が帯び始める。


「何度やっても無駄……」


 呆れた風にそう言おうとした蒼介だったが、次に彼女が放つ一撃が、それまでの打撃とは一線を画すものだとすぐに理解できた。

彼女が右腕に纏う雷が、それまでは本当に帯びているだけだったものが、その右腕を中心に雷が周囲に走り始めたのだ。


「……アタシはこの技を、『雷穿拳らいせんけん』って呼んでんだ。受けられるものなら……受けてみろ、真田蒼介っ!!!」


 蒼介にそう言い放つ京香。彼女の言葉を聞くに、彼女にとっての最大最強の技であろうことはわかっていた。そして彼女が腕に纏う雷から、それが放てる回数は1度だけだろうとも、理解できた。


「……来いっ!」


 京香に対し、先ほどと同じ構えで対応する蒼介。そこからは、本当に一瞬の出来事だった。

 その場で京香の跳躍を目視できたのは、蒼介のみだった。雷を拳に纏わせた京香は蒼介の目の前まで近づき、左脚に踏ん張りを利かせる。そして、上体を捻りその反動で拳を放つ。強烈な雷を放つ、その必殺の拳を。


「……『雷穿拳』!!!」

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