幼馴染とその親友

広い教室だというのが、彼が教室に入って抱いた初めての感想だった。前の学校よりも一回り二回りずっと広い教室の中に、合計15脚の長机。一人一つ席を設けられていないが、長机はそれなりに大きく、前の学校の机と比較しても、生徒ひとりが使う面積は明らかに広かった。


「蒼介は普通の高校から来ている。天原学園独自の校則については疎いだろうから、皆でサポートしてあげるように」


桃花の言葉に生徒全員「はい」と返事を返す。まあコイツらなら大丈夫だろうと首を縦に振る桃花。


「蒼介、喜べ。お前の席は教室最後方の席だ。隣に座ってるやつはまあ……ちょっと学習態度は悪いかもしれんが、まあ困ったことがあったらあの子に聞くといい」

「わかりました」


蒼介は桃花の言葉に頷き返事をする。そして教室最後方、窓際に設置された長机を見る。窓際に座る女生徒の隣、誰も座っていない席がある。

座って見て思うが、やはり教室はかなり広い。長机を並べてあるが教室全体に敷き詰められているという訳ではなく、5列並べられた机の後方は何も置かれていない空間がある。


「さて、今日のホームルームは終了だ。新学期最初の登校日だし授業も特にないからこれで終わりだが、くれぐれも問題行動は起こしてくれるなよ。まあ、お前らなら大丈夫だと思うがな。それじゃあな、気をつけて帰れよー」


そう適当そうに告げ、桃花は教室を去っていく。教室のドアが閉じられると同時に、クラスメイトの何人かが転入生と親睦を深めようと席を立ち蒼介の方に向かってくる。その中で、誰よりも早く蒼介に話しかけた人物がいた。


「そーちゃんっ!!!」

「えっ、うわっ!?」


なんだか懐かしい名前で呼ばれた気がして、蒼介は窓際に座る少女の方へと身体を向ける。と、同時に思い切り抱き着かれた。


「そーちゃんだよね!?嘘じゃないよねっ!?」

「そーちゃんって……お前、花楓か!?」


強く強く抱き締めてくる女の子の自身への呼び方から、彼女の名前を頭の中で探し出す蒼介、導き出したのは1人の名前だった。


「そうっ、そうだよ!!!そーちゃんたちと一緒に遊んでた花楓だよ〜!」

「わ、わかったわかった!花楓、わかったから!抱きしめる力が強い、折れる折れる!!」


自分を抱きしめる少女の肩を叩いてなんとか離れさせようとする蒼介。自身の胸板に押し付けられるふくよかな感触は青少年としては嬉しい事だったが、抱きしめる力が余程強いのか、苦しそうに声を上げていた。


「ご、ごめんっ!でも、ホントにそーちゃんだ……!」

「ああ、本物だ」

「そーちゃん、嬉しいよ〜…!これからまた一緒に遊べるね!」

「おいおい、俺たちはもう高校生だぞ?また昔みたいに遊べるなんて……」

「おふたりさ〜ん?」


長机をバンと叩く音にビクッと反応した2人。音の方向である教壇側を見ると、花楓の親友がそこにいた。


「感動の再会もいいんだが、ラブコメは余所でやってもらっていいか?」

「……あっ!ご、ごめんね京香ちゃん!」


自分の一連の行動を思い返した花楓は顔を赤くして自分の席へと戻っていく。やれやれとため息をつくと、京香は蒼介の方に向き直す。


「……改めてようこそ、蒼介。アタシは薬師寺京香ってんだ。よろしくな」

「ああ、よろしく」

「まさか転校生ってのが花楓の幼馴染なんて思わなかったよ。しかも聞いたけど、お前評価『S』を貰ってるらしいな?」

「ん?あ、ああそうだな。入学試験の面接の時、面接官の人がびっくりしてたけど……」

「そんだけすげーんだよ、評価『S』は。この学校はまだ10年ぽっちの新設校だが、評価『S』を獲得できるってのはそれだけすごいやつなんだよ」


京香のその言葉に花楓含めたほかのクラスメイトたちもうんうんと頷く。蒼介はあまりその凄さをわかっていないのか、「お、おぉ」と少し困惑の表情を浮かべていた。


「品行方正、成績優秀、且つ能力の判定も高い水準じゃないといけないんだ。この学校に転入してくるくらいなんだから大したやつだと思ってたが、まさか評価『S』とはな……」


蒼介が以前所属していた高校は、なんてことのない普通の高校であった。能力者の能力判定こそあったが、能力者養成に重きを置いた学校ほど優れた設備ではなかったと記憶していた。


「……なあ蒼介。評価『S』ってことは、お前強いんだろ?」


まるで品定めをするように蒼介の顔を覗き込んでくる京香。その京香の次に放つ言葉が理解出来たのか、花楓が制止する。


「……だ、ダメだよ京香ちゃん!」

「いいだろ別に。いずれ戦闘訓練することになるんだ、実力を知っておくのは早い方がいい」


花楓の制止を無視して、京香は言葉を続ける。


「転入前に聞かされてるだろうけど、戦闘に特化した能力を使えるやつは戦闘訓練っていう授業に出ることになる。お前、評価『S』なんだから戦闘くらいは出来るんだろ?」

「……ああ、できる」

「そーちゃんっ!?」


慌てる花楓を余所に、京香は満足そうに笑みを浮かべる。


「…だったら、アタシと勝負しようぜ?本当に『S』を貰ってんのか、アタシが試してやる」


不敵な笑みを浮かべる京香。その京香の瞳を、蒼介は見つめ続けていた。

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