一堂に会したペンギンたち➁

 自己紹介を終えた一同は、しばし雑談の時間に入る。各々の一番近くに座っている者同士で集まり、自然と会話が始まった。


 とにかくたまゆらと話したい肇は、隣りに座っているという最大の利点を活かし、たまゆらが誰かに誘われる前にすぐに話しかけた。たまゆらも席を立つ素振りを見せなかっため、結果として肇はたまゆらを話し相手として獲得することが出来た。

 ただ一つ想定外だったのは、肇とたまゆらの雑談の中に、肇とは反対側でたまゆらの隣りに座っていた柚希が入ってきてしまったことであった。


「へー、たまゆらさん、普段は証券会社の事務員さんをやっているんですね。証券会社のことよく分からないけど、なんとなく頭良さそうなイメージがあります」


 とにかくたまゆらに対する主導権を握るため、肇は積極的に話しかけるようにした。聞くところによれば、たまゆらは26歳で、普段は証券会社に勤めているとのことであった。


「証券会社の事務員といっても派遣なので、全然凄くはないです。飲食店のマネージャーの方が凄いじゃないですか! それと私の方が年下なので、私に対して敬語を使わなくて良いですからね!」


 肇はたまゆらの手前、見栄を張っていた。肇は飲食店のマネージャーなどではない。大衆居酒屋で働くただのアルバイトである。


「本当? じゃあ、たまゆらちゃんって呼ぶね! たまゆらちゃんの書く作品、めちゃくちゃ好きなんだけど、あれは自分の体験が元になってたりするの?」


「あ! それ私も思ってました! たまゆらさんの作品、とても独創的で、でもどこかリアリティが残っているというか……。どこまでが創作で、どこまでがリアルなんだろうってずっと聞いてみたかったんです」


 肇の質問に乗っかるように、カケルが言葉を重ねてきた。内心ムッと来た肇であったが、この場の空気を壊すわけにはいかない。ここはひとつ大人になり、様子を伺うこととした。


「私は作品を作っていく過程で心掛けていることがあるんです。それは、現実とあまりかけ離れすぎないこと。一から世界観を創り上げるファンタジーなんかを書かない限りは、ある程度は現実感を残しておいた方が読者も感情移入できると思うんです。そのために、私が実際に経験したことや、友達に聞いた話などをベースとして、それを壊さないように少しずつ独自の設定を交えながら作品を作っているんですよ」


「だからたまゆらさんの作品は感情移入しやすいんですね。恋愛モノは日常を切り取って構成しやすい分、独自性を入れ込みやすいけど、それがかえって現実感を薄めてしまう。そうならないよう、あくまで現実をベースとして、そこに独自の設定を付け加えていくと……。とても勉強になります!」


「本当ですか! それなら嬉しいです。カケルさんの作品も……」


「ち、ちょっとお手洗いに行って参ります……」


 肇は困惑していた。最初に質問したのは俺ではなかったのか? と。この夏川カケルという男。質問に乗っかるように乱入してきたにもかかわらず、既にたまゆらとのコミュニティを形成していた。このままでは、肇は完全に蚊帳の外である。トイレから戻ったら自分の作品の話をしよう。肇はそう決めて、トイレから戻る。


「あっ、ソラくん。こっちにきてお話しようよ!」


 戻るやいなや、そう話しかけてきたのは日下部であった。しかし、肇はカケルからたまゆらを取り戻すという重要な任務がある。ここは断らないといけない場面であった。

 肇は誘いを断ろうと日下部を見る。日下部は屈託のない少年のような笑顔で肇を見ていた。


「え、えーっと……。はい、ぜひ!」 


 人間には断るべきではない場面が訪れるものである。それが今だと、肇は認識した。

 肇はとぼとぼと日下部の元へ向かう。そしてなぜか、日下部と柏木の間に座らされる形となった。ニコニコとしている日下部とは対照的に、柏木はあいも変わらずムッとした表情で肇を見ている。

 肇がちらと後ろを振り向くと、夏川カケルとたまゆらが二人きりで楽しそうに話しているのが目に映った。その一方で、なんとも個性的な二人に挟まれている自分。同じ部屋の中で天国と地獄のような構図がこうも簡単に形成されるのかと、肇は現実から逃げ出したくなった。


 しばらくは日下部が自分の身の上話をしつつ、突拍子もない質問を肇や柏木にぶつけるという奇妙な雑談が繰り広げられた。柏木は自分の話をしたがらなかったため、日下部からの質問はほぼ肇が担当することになった。先程トイレに行っていたため、トイレに逃げ込むことも出来ない。仕方なく、肇は日下部の質問に答え、時々柏木の機嫌取りをしていた。早く終われ、と心の中で願いながら。

 ふと、たまゆらたちが気になり、再びちらと後ろを振り向いた。たまゆらが何かを発言し、カケルが大笑いしている構図が目に映る。肇の中で、一つの思いが形成され始めていた。


「俺、あいつのこと嫌いかも」


 ※


「あれ? ソラさん、日下部さんたちの方へ行っちゃいましたね?」


 トイレから戻ってきたソラが、自分たちの元ではなく日下部たちの方へ行ってしまったことに、柚希は多少の戸惑いを覚えた。


「あ、本当ですね? 日下部さんに呼ばれたのかしら? お話の途中だったけど、それなら仕方がないですね」


「まだ時間はありますし、ソラさんの話はまた改めて聞きましょう。そういえば、ソラさんって日本語の使い方や文章の作り方がとても上手だと思いませんか?」


 柚希はソラに対する印象が間違っていないかを確かめるべく、たまゆらに問いかける。


「それ、私も思っていました。決して難しい日本語を使ってるわけではなく、文章も表現も奇を衒っているわけではないけれど、ソラさんがそれらを操ると凄く美しく映えるんですよね」


「やっぱりたまゆらさんもそう思ってたんですね。実は、今日この集まりに参加した一番の理由は、ソラさんにそういった知識や技術を伝授してもらいたかったからなんです。私が逆に日本語や文章が下手くそなので……」


「ソラさんの日本語や文章の技術は、今日集まれなかった人を含めたこのグループ全体の中でもトップクラスですもんね。椎名さんに全く引けを取らないというか……」


「本当にそうなんですよね。どうやったらあんな文章書けるんだろう……。早く聞きたいなぁ」


「しかもソラさん、とても褒め上手なんですよ。さっきカケルさんが来る前、私の作品を褒めてくださったんです。30手前の自分ですらキュンキュンするくらいだから、他の若い人なら尚更でしょうね! って。シンプルな褒め言葉なのにとても嬉しくなりました!」


「はっはっは! や、やっぱりソラさんいいなぁ! たしかに表現自体はシンプルな褒め言葉なのに、それが咄嗟に出るなんて!」


 ソラのたまゆらに対するシンプルな褒め言葉に、柚希のソラに対する印象がまた一段と良くなったことが加わり、柚希は嬉しくなって大笑いしてしまった。

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