一堂に会したペンギンたち①
慌ただしく入ってきた人物が、ペコペコと頭を下げながら席に着いたところで、「福岡小説の会」のリーダーである椎名が発言する。
「さぁさぁ皆さん。予定時間をちょっと過ぎてしまったけど、無事全員集まったようですね! では、始めましょうか。みんな、目の前のグラスを持っていただけるでしょうか? いいですね? ……では、「福岡小説の会」の集まりに、そして今後の各々の活躍を願って、乾杯!」
椎名の乾杯の合図で、席に着いていた全員がお互いにぎこちなくグラスを鳴らした。
「全員が集まったところで、お互いを知るために自己紹介の時間としましょうか。では、最初に私から。改めまして、「福岡小説の会」というグループの創設、そしてリーダーを努めさせていただいている、
一瞬の静寂があったあと、自然と拍手が沸き起こる。この場にいる誰もが、グループのリーダーらしい、落ち着いた自己紹介であると感心した。
「では次に、こっちから順番に行こうか」
自己紹介が終わった椎名は席に戻りつつ、次に行う者を指名した。
「じゃあ、次は私だね」
たまゆらが立ち上がり、全員の方を向いて一礼する。
「皆さん、こんにちは。小説投稿サイトではいつもお世話になっていますが、直接的には始めましてですね。私はたまゆらと申します。あ、本名ではないですよ。ジャンルは恋愛やエッセイを中心としています。とても緊張しているのですが、皆さんと良い時間を共有出来たら良いなって考えています。よろしくお願いします」
再び自然と拍手が起こる。特に、肇と柚希の顔が自然と緩んだ。たまゆらの自己紹介は、まだ緊張感の漂うこの場の空気を少しだけ柔らかくした。
次に、先程肇を注意したスーツの人物が立ち上がり、自己紹介を始める。
「私は本名の
椎名とたまゆらの時とは違い、柏木の突き放すような自己紹介によって、一同の戸惑いを帯びた拍手が起こる。たまゆらの自己紹介で柔らかくなった空気は、再び緊張感で包まれてしまった。
「固いなぁ。今日はラフな会なんだから、もっと緩くいかなきゃダメだよ」
柏木が着席するとほぼ同時に隣の人物が立ち上がり、柏木を諭すように発言する。柏木は一瞬だけその人物の方を見たが、すぐに目を逸らし、飲み物の入ったグラスに口を付けた。
「どうも皆さんこんにちは。俺は
日下部のラフな自己紹介により、再び空気が少しだけ柔らかくなった。今日は空気がせわしなく変化している。
「次は君の番だね、よろしく!」
日下部が次の人物を促す。その人物は渋々、といった様子で立ち上がり、ボソボソと喋りだした。
「……
竹吉はそれ以上言葉を続けることなく椅子に座った。その様子を、次の順番であろう隣の人物が呆れた見ている。一同も拍手するタイミングを逃し、微妙な空気が流れる。
ここで、肇と柚希はほぼ同じことを考えていた。竹吉の自己紹介が終わった時点で、残った男性陣は肇と柚希のみ。つまり、自分ではないもう片方の人物が、ソラもしくは夏川カケルであると、お互いがこの時点で認識出来たのである。
「(こいつが夏川カケルか……)」
「(この人がソラさんか……)」
お互いがお互いを認識している中、次に順番が回ってきた人物が自己紹介を始める。
「こ、この空気で回ってくるの嫌なんですけど……。まぁいいわ。私はアリサ。表記はカタカナね。私は主にラブコメを書いているわ。今日はよろしく」
アリサが手短に自己紹介すると、今度はしっかりと拍手が起こる。
順番的に、アリサの次は柚希であった。柚希は立ち上がり、皆に一礼した後、自己紹介を始める。
「皆さん、こんにちは。まず、今日は遅刻してしまって申し訳ございませんでした。そのお詫びと言ってはなんですが、この会が少しでも盛り上がるよう精一杯頑張ります!」
「固い固い! 遅刻の件なんて誰も気にしちゃいないんだから、もっと楽にいこうよ!」
柚希の固い自己紹介に、日下部が横槍を入れる。
「すみません……、ありがとうございます! 改めまして、私は夏川カケルのペンネームで活動しています。ジャンルは特に決めていませんが、得意なのは現代ドラマやファンタジーかなぁ。ゼロから何かを創作していくことが好きなので、ゆくゆくは、他にない斬新な物語を書けたらなと思っています。私は毎日、みなさんの作品を読んで勉強していますが、今日は直接お話を伺えるということで非常に楽しみにしていました! 限られた時間にはなりますが、よろしくお願いします!」
柚希の自己紹介が終わると、椎名の時と同じような大きな拍手が沸き起こった。ふと肇が横を見ると、たまゆらも笑顔で拍手をしている。そんなたまゆらを見た肇は、正直良い気がしていなかった。
柚希が席に着く。残すは肇の自己紹介だけとなった。
「始めまして、こんにちは。僕はソラというペンネームで活動しています。主に事実を元にしたフィクション、あるいはノンフィクションを書いています。いつか自分の書いた作品が書籍化され、全国に名を轟かすことが目標です。そのために、今日は皆さんと交流を深め、自分の作品作りの糧に出来たらなと思っています」
肇は自己紹介を始めるや否や、やや早口でまくしたてる。自己紹介で、文字通り自己を紹介するだけというのはもったいない、自己アピールは既にここから始まっている。というのが肇の見解であった。
「それと同時に、僕の作品をどんどんPRしていきたいです。この作品はここを見てほしいとか、実はこういう設定が隠されているとか……。作品に関する質問などはどしどし受け付けますので、遠慮せず気軽に聞いてください。というわけで、今日は皆さん、僕の作品の良い所を存分に知って帰ってくださいね! 今日は一日よろしくお願いします!」
自己アピールを含む自己紹介が終わり、肇は一礼する。決まった、と肇は心の中でガッツポーズを作った。自己紹介の時点で皆より一歩先へ。これで主導権を握ったに違いない。肇は皆の反応を待つ。
しかし、一向に拍手が聞こえてこない。自己紹介は終わったはずであるのに、これはおかしい。恐る恐る顔を上げた肇が見たのは、一人を除く、呆気に取られた様子の皆の顔だった。
「あ、あの……、自己紹介終わりましたけど……」
すると、一人の人物が拍手を起こす。柚希であった。それに釣られるように、皆も少しずつ拍手を起こす。それでも、やはり柚希の拍手の音が一番響くように鳴り響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます