ペンギンたちのファーストコンタクト➂

「福岡小説の会」の集まりの当日。肇は集合場所であるレンタルスペースを訪れるべく、博多駅に来ていた。日曜日ということもあり、駅は多くの人でごった返していた。


「相変わらず人が多いな。しっかりと自分の意志を持って歩かないと、人波に飲まれてしまいそう」


 強い気持ちで進み続けた肇は、なんとか博多駅の筑紫口から外へ出ることが出来た。そこからは、スマートフォンで開いたマップを見ながら目的地を探す。雑踏の中を15分ほど彷徨い続けていると、目的地であるレンタルスペースらしき場所へ辿り着いた。


「たぶん……、ここだな。集合時間より20分くらい早いけど、みんな来てるだろ」


 肇はレンタルスペースが入っている雑居ビルの中へ足を踏み入れ、「福岡小説の会」の集まりが予定されている部屋へと向かった。


「あれ……? なんかちょっと緊張してきたな……」


 部屋の扉の前に来た瞬間、急に緊張が肇を襲い出す。左胸の鼓動が聞こえてきそうな勢いであった。


「俺ってこんなに緊張する人間だったっけ? ヤバい、ドキドキしてきた……。ええい! ここまで来たんだ、みんなに俺の作品の良さを知ってもらうまで帰らないぞ!」


 肇は意を決して扉を開ける。

 肇の目の前に広がってきたのは、こじんまりとしたお洒落な部屋だった。そこに各々座っている5人ほどの人間が、一斉に肇の方を向く。そして、その中の一人が起立して肇に近付き、話し掛けてきた。


「やぁ、こんにちは! 今日は参加してくれてありがとう。私が主催者の椎名旭しいなあさひです。よろしくね!」


 椎名が挨拶する。間違いなく自分よりも歳上であるが、思ったよりも若いな、というのが肇の第一印象であった。


「こ、こんにちは。ソラです。よろしくお願いします」


「おお! 君がソラくんか! 待っていたよ。もうみんなだいぶ集まっている。一人一人に詳しく自己紹介するのは面倒だろうから、全員集まってから改めて自己紹介することにしてるよ。時間まで雑談でもしながらゆっくりと過ごしてね」


「分かりました。ありがとうございます」


 肇は椎名に礼を言うと、適当に開いてる席へと座った。すると、肇の右隣に座っていた女性が話し掛けてきた。


「こんにちは、ソラさん。いつも作品楽しみにしてますよ」


「こ、こんにちは! 本当ですか!? ありがとうございます! えーっと……」


「あ、ごめんなさい。まだ名乗っていなかったね。私は「たまゆら」と申します」


「たまゆらさん!? たまゆらさんって、あのたまゆらさんですか!?」


「うーん、たぶん「福岡小説の会」に、たまゆらってペンネームで活動しているの私しかいなかったと思うから、そのたまゆらで合ってると思います」


 肇の気持ちは高揚していた。肩までくらいまで伸びた明るめの茶色の髪に、吸い込まれそうな瞳。鼻筋はすらっと整っていて、唇はほんのりと薄ピンク。たまゆらは肇の異性のタイプのど真ん中であった。


「僕も、たまゆらさんの作品いつも楽しみにしてます! 特にこの間の恋愛短編小説『しゃぼん玉のような恋』はキュンキュンしました! もうすぐ30に手が届きそうなおじさんですらキュンキュンするんです。もっと若い人なら尚更そうでしょうね! いや、間違いないです!」


 肇は興奮すると饒舌になり、急に口が回りだす傾向にある。今回も例外ではなかった。


「ふふっ、ありがとうございます。面白い方ですね、ソラさん。私もソラさんのお話好きですよ。日本語が丁寧で文章もお綺麗ですし。今日はよろしくお願い致しますね」


「は、はい! こちらこそ! 有意義な時間にしましょうね!」


「ゔゔん」


 密かに憧れていた人物に話しかけることができて気持ちが昂ぶっていた肇の耳に、やや大きめの咳払いの声が入ってきた。


「まだ会は始まっていない。最初からそんなに飛ばしてたらもたないぞ。もう少し抑えた方が得策だと思うが?」


「す、すみません……」


 さっきまで昂ぶっていた肇の気持ちは、ラフな会にもかかわらずスーツで参加している人物の言葉に萎まされてしまった。


「あんまり気にしなくて大丈夫だよ。この人ちょっと気むずかしい人だからさ!」


 スーツの人物の隣りに座っていた人物が話し掛けてきた。


「ま、会が始まったら改めてみんなで話をするだろうから、もうしばらく待とうや。その時に我々も自己紹介するからね!」


「あ、ありがとうございます。よろしくお願い致します……」


 ふとスーツの人物を見ると、少しムッとした様子でこちらの様子を窺いつつ、飲み物の入ったグラスを傾けていた。


「さすがみんな小説を書くことを趣味としているだけあって、個性的な人たちばかりですねぇ。社交的な人もいれば気難しい方もいて。あの方たちなんてまだ一言も発していないわ」


 たまゆらから促された方向を見ると、本を開いてただひたすら読書をしている男性と、スマホを弄っている若いギャル風の女性が座っている。


「ほんとに、色んな方が集まっていますね。これで全員かな?」


「いや、予定ではもうひとり来るはずですよ。もう始まる時間だけど……。もしかして、急に来れなくなっちゃったのかしら?」


 たまゆらがそう言った瞬間、部屋のドアがガチャリと開いた。


「すいません! 遅くなりました!」


 部屋の中に一人の男性が入ってきた。時刻は会が始まる時間を少しだけ過ぎていた。


 ※


「やばい! 間に合うかな……?」


 肇が会場であるレンタルスペースに着いた頃、柚希は一人焦っていた。博多駅の筑紫口から出ないといけないにもかかわらず、反対側の東口から出て会場を探していた。柚希が方向違いに気付き、改めて筑紫口方向に向かうことが出来た時には、会の始まりの5分前であった。


「ここらへん、レンタルスペースだらけだなぁ。どのレンタルスペースだっけ? ちゃんと確認してから来るべきだったな……」


 柚希はスマートフォンのマップを確認する。目的地の近くには来ているはずだった。


「あれ? ここだと思うけどな。やけに入り口が暗いな……。ちょっと不安だけど、もう時間がない! 入ってみよう!」


 柚希は目の前の雑居ビルの暗い入り口から中に入った。すると、ドアを開閉する音を聞きつけたであろう人間が奥から走ってくる足音がした。


「君、そこは裏口だよ。このビルに何か用かい?」


「裏口? あ、すみませんでした……。あの、このレンタルスペースが入っているビルはここですか?」


「あぁ、それなら3階にあるよ。たしか今日は、どっかの会が一室を貸し切ってたような……?」


「そこです! 私は今日それに参加しに来たんです! ありがとうございます!」


「それならよかった。行ってらっしゃい」


 管理人と思しき人物との会話を終えた柚希は、駆け足でレンタルスペースへと向かう。息を弾ませ、そしてドアの前までやってきた。


 柚希は、一つ深い呼吸をして息を整える。意を決してドアを開けた。


「すいません! 遅くなりました!」

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