一堂に会したペンギンたち➂

 肇は焦っていた。日下部から話に誘われてもうすぐ一時間が経とうとしている。このままジリジリいけば、たまゆらとお近づきになれるどころか、自分の作品をアピールすることすら出来ずに帰宅することになる。それならせめて、この場の中で一番影響力のある椎名と話がしたい。


 ちょうどその時、たまゆらとカケルが席を立ち、こっちに向かってくるのが見えた。それに気付いた日下部が二人を手招きしている。その隙に肇はさり気なく席を立ち、自分から少し離れた場所のドリンクを注ぎに行くフリをしつつその場を離れた。その際、こっちへ来た柚希がなにか言いたげな、そんな表情をしていたが、肇は気にしないことにした。一方の日下部は、肇の行動に気を取られる様子もなく、二人に親しく接していた。かくして日下部から逃れることができた肇は、椎名の元へ向かう。


 肇が近付いてきたことに気付いた椎名は、ニコリと笑って隣に来るように促す。傍らには竹吉とアリサがいた。


「おー、ソラくん。君とも話したかったよ。みんなで雑談しようじゃないか」


「は、はい、ぜひ! よろしくお願いします」


 肇は椎名、そして竹吉とアリサにも一礼する。アリサはやや仏頂面だったが礼を返してくる。一方の竹吉は、一瞬だけ肇を見たが礼を返すことはなかった。


「ほら! 初めてなんだからちゃんと挨拶しなきゃダメじゃない! ごめんなさいね、この人こういう人だから……」


 咄嗟にアリサがフォローをする。


「そんな、全然気にしないでください! 突然やってきた僕も悪いので……」


 およそ社交的とは形容しづらい竹吉を、綺麗にウェーブしたやや金髪がかった色の髪が目を引かれる、今どきのギャルといった雰囲気のアリサがフォローするという構図は、それこそ小説や漫画の世界みたいだなと、肇は思った。


「竹吉くんもまだまだ緊張しているようだ。これから少しずつ打ち解けられたらいいね。さて、ソラくん。同じグループの一員として、時々作品を覗かせてもらっているよ。君は実に良い文章を書くね」


「本当ですか!? 嬉しいです、ありがとうございます! 椎名さんから褒められると、思わず小躍りしたくなるような気分になりますね!」


「プロ以外で、あんなに良い文章を書く人って少ないんじゃないかな。ウェブの小説投稿サイトは素人さんが趣味で投稿してるのも多いからね。だから、ソラくんの文章はより目立っていると思うよ」


「でも、やはりジャンルの問題なんですかね、PV数がなかなか伸びなくて……。ランキング上位はほとんど異世界転生モノが中心じゃないですか? たまにランキングに載ってもすぐ弾かれるんです」


「まぁ、それは仕方がない部分もあるだろうね。さっきも言ったけど、ウェブの小説投稿サイトは「誰でも気軽に小説を投稿することが出来る」のが一番のウリだから、どうしても書きやすいジャンルが決まってくる。特に異世界転生モノは自分で世界観を設定できるし、しかも読者にとっても気軽に読みやすいだろう?」


「それはそうなんですけどねぇ……。もっとこう、ネット小説でも異世界が出てくるファンタジー以外の、ある意味「普通の内容」の小説がもっと評価されるといいなって思っています。それこそ、椎名さんみたいに。けれど、もう何年も評価されない日々が続くと、僕も異世界転生モノを書いた方が良いのかなぁ、なんて……」


「ソラさんは、自分の作品に自信を持ってる?」


 急にそう発言したのは、椎名ではなくアリサだった。


「え? ま、まぁ自信はありますよ。今日だって、僕の作品をPRしたくて参加した節はあるので……」


「だったら、安易に流行に乗っかってランキングに乗ろうとするより、本当に自分が自信のある作品で頑張る方が、何倍もやりがいはあるんじゃないかしら? 少なくとも私は、たとえなかなか評価されなかったとしても、本当に自分が書きたいもので勝負し続けたいと思ってる。そうじゃないと、自分が物書きになった意味が失われる気がするから」


 アリサの一言一句が、まるで見えない刃物で刺されているかのように、肇の身体をグサグサとえぐってくる。痛いところを突かれた。肇はそんな感覚に陥り、何も言い返すことが出来なかった。


「はっはっは! アリサちゃんは自分の信念をきちんと持っているんだね。ソラくんもハッとしたんじゃないかな? たしかに流行に乗るのは一つの戦略かもしれない。事実、異世界転生モノは魅力的で面白いしね。だけど、仮に自分の信念を捨てた作品で人気が出たとして、それ以上に価値を見出だせるだろうか? 本当に書きたいもの、自分が自信を持って生み出したもので評価されてこそ、本当の意味での物書きの醍醐味を味わえるものだと、私は強く思っているよ」


 何も言い返すことの出来なかったソラに代わり、椎名が豪快に笑いつつ、またソラをフォローするように発言した。


「自分の信念……、そうですよね。自分の信念を貫き通した作品で評価されてこそのやりがい。書きたくもない作品でたまたま評価されても面白くないし、なにより楽しんで小説を書くことが出来なくなりますもんね。椎名さんやアリサさんの言う通りです。僕ももっと、自分の強みを磨いてみます。ありがとうございます!」


「うん! 楽しみにしているよ!」


 椎名が肇の肩をポンポンと叩きながら、にこやかにそう言った。心なしか、アリサにも笑みがこぼれたように見えた。アリサは見た目は今風の女の子だが、自分の信念を持ったしっかりとした若者だと、肇は改めて認識した。それに、笑うとちゃんと可愛いということも。


 それからは、椎名を中心にプロットの組み立て方や、キャラを引き出すテクニックなどを話し合った。時折、喋らない竹吉をアリサがフォローしたり、肇が隙あらば自身の作品をPRしたりと、いくぶん盛り上がりを見せる雑談となった。


 肇が椎名たちと雑談で盛り上がっていると、もう一方の集団から大きな笑い声が起こった。肇が笑い声の主を探すと、それはすぐに見つかった。少し前の姿とは打って変わって、ベロベロに酔っ払った状態の柚希であった。


「しかしよく笑うやつだな、あいつ……」


 ※


 ソラが日下部に誘われてからも、柚希とたまゆらはしばらく二人で雑談を交わしていた。


「そろそろ私たちも、他の方たちと交流しに行きましょうか? たまゆらさんも、いろんな方の話を聞きたいでしょうし」


 会話が一段落したところで、柚希が切り出した。


「そうですね、そろそろ移動しましょう。えーっと、見たところ2つのグループに分かれてますが、カケルさんはソラさんとお話したいでしょうから、ソラさんがいる方にしましょうか?」


「日下部さんと柏木さんが一緒か……。柏木さんはちょっと怖いけど、日下部さんがいらっしゃるから大丈夫でしょ」


 柚希とたまゆらは、ソラたち3人が話しているグループへ移動する。それに気付いた日下部が、ニコリと笑って手招きしていた。それと同時に、ソラがグラスを持って席を離れてしまった。


「あれ? ソラさん、また移動しちゃうのか……。もしかして、なんか嫌われるようなことしちゃったかな?」


 待ってくれ、とはとても言い出せず、柚希は移動していくソラの様子をただ見ていることしか出来なかった。


「ようこそ、カケルくんとたまゆらちゃん。君たちからも、有意義なお話が聞けたらいいなぁ」


 日下部はニコニコとした笑顔で、気さくに話しかけてくる。普段の柚希なら、こちらからもニコニコと返しているところだったが、今の柚希は自分が何かソラの気に障ることをしてしまったのか否かが気になり、そのような余裕は無かった。


 気付けば柚希は酒が進んでいた。

 柚希は酒に強い。普段は介護施設で不規則な勤務形態が組まれているため、次の日が休日あるいは夜勤などで無ければ極力酒を飲むことは控えている。

 柚希の勤務形態では、明日は夜勤であった。それに加えて、何となくソラに避けられている気がして、そこからなかなか気分が晴れなかった。その結果、誰かに勧められるでもなく、自然と柚希の酒を煽るペースは上がっていった。


「お、柚木くんいける口か。いい飲みっぷりだねぇ!」


 陽気な日下部は、柚希の酒を煽る姿を見て愉快な様子を見せる。無愛想にしていた柏木ですら、その飲みっぷりに驚きと感心が混じったような表情をしていた。たまゆらは、柚希の飲むペースの速さを心配し、不安そうな表情を浮かべていた。


「ほらほら、柏木さん。飲む手が止まってますよ! 日下部さんも、早く飲まないと私が全部煽っちゃいますよ! いやぁ、今日は楽しいなぁ! がっはっは!」

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