時をかける浦島太郎
「……まず、ウラシマ効果」
「SFでよくあるやつだな」
「……光速に近づけば、時間の流れが遅くなる。逆に言えば、帰って来た時に何百年もの時間が過ぎている」
「ならば竜宮城は他の惑星になるぞ。そんな速さじゃないと行けない場所なんて、地球上にはないだろ」
「……鯛や鮃の舞い踊りとか、他の魚なんかは?」
「似たような異星生物、という説もあるが……話として地球から出ていく意味がないだろ」
わが意を得たりと数葉は大きくうなずく。
「……やっぱり竜宮城は、海の中が似合う……次の説に行こう」
何だろう、今の。推論じゃなく、完全に私見だった気がするが。
「……地上と竜宮城とで、時間の流れる速さが違う、と言う説」
それを考える間もなく、数葉は次の説に移っていた。
「しかしそれ、完全に魔法かオカルトだな。科学的に説明できるか?」
「……んー……結局、そういう設定と割り切るしかない?」
「まあそうだろうなあ……」
これはどうしようもない気がする。
「……でも、考えられる説はその二つ、だよね」
「いや、そうでもない」
「……? 他に何が?」
「第三の説。竜宮城の時間は地上と変わらず、移動時にずれも生じない」
「……え? それじゃあ、太郎がどうして未来に?」
「それは、乙姫たちのせい」
「……乙姫が……太郎を未来へ……?」
一瞬首をかしげ、俺の投げかけた言葉を数葉は繰り返す。
「竜宮城は海の中で、乙姫も人間とは別の生き物だとすれば、そこで暮らす太郎は苦難を強いられることになる。昔の遠洋航海者か、漂流者のように」
「……具体的には?」
「淡水を得るだけで一苦労だし、あと、壊血病って知ってる?」
「……ビタミンCの欠乏症」
「ああ。竜宮城の住人たちは人間の体をよく知らず、太郎の身に降りかかった異常に対処する方法もわからなかった」
「……いや……」
何やら、普段は見せることのない悲しげな表情。
何か地雷踏んだ?
「……ハッピーエンドを、
「ああ……いや、まだ話は終わってないぞ。よくあるだろ、SFとかで。難病の治療法が見つかるまでコールドスリープとかするやつ」
「……ううぅ……」
どうやらお気に召さなかったらしい。
「だから太郎は未来に送られる。治療法が見つかるその日まで」
「……そして浦島太郎は、七百年寝太郎に」
なんでいちいちネタに走らないと気がすまないんだ。
「とはいえ、地上にはすでに太郎の居場所はなく、乙姫は再び彼を竜宮城に招く。そして二人は結ばれて幸せに暮らしましたとさ」
めでたしめでたし。
……とはいかないみたいだな。
やっぱり病気ネタはまずかったか。
「じゃあ次は、玉手箱の話でもするか。歌だと太郎は
「……
やっぱり、それも知ってるか。
「確かに、玉手箱を開けた後、太郎は鶴になって飛んでいったという話がある」
「……おめでとう。浦島太郎は鶴に進化した」
「いや、進化じゃないだろ」
めでたくもないし。
「よく言われる話だし、
いや本当に、自分でも野暮極まりない話だと思うが……。
「進化というのは、世代を繰り返し、何千、何万年もの時間をかけて生物が種としてその姿を変えてゆくことを言う」
「……」
数葉はまた始まった、とでも言いたげな表情になる。
「だから、同じ個体が別の姿に変わるのは進化じゃない」
「……でも、進化という言葉は、そっちの意味でもよく使われてる」
「まあ、世界的に有名なゲー厶の用語になってるからなあ……」
「……じゃあ、なんて言えばいいの?」
「生物学の用語で一番近いのは……
「……字面が悪過ぎる」
「要するに、玉手箱を開けた直後の老人の姿は、人間の体を捨てるための途中経過みないなもんだろうな。それから、鶴になった浦島太郎は今度は自力で乙姫に会いに行くわけだ」
「……先日玉手箱をいただいた鶴です」
「待て。それは別の話だ」
「……あれ、でも浦島から返す恩とかあったっけ?」
いきなり身も蓋もないことを……。
「鶴になったというより、乙姫と同じ変身能力を持つ種族になれたと考えれば……」
「……あっ」
数葉は急に小さな声を上げると、なぜかほほを赤らめる。
「……つまり玉手箱とは、乙姫から太郎へのぷ、プロポーじゅ、みたいなものだった?」
うわ、こっちが予想もしなかったところに着地した。
「そんなところかな。あとはそっちで投稿するラノベの展開でも考えてくれ」
さて、残り時間でどれほど作業できるか。
パソコンの電源を入れ、ブラウザを立ち上げる。
最初に開いたニュースサイトの文字が、俺の目に飛び込んでくる。
『リュウグウノツカイ』
今話していた竜宮城に由来する深海魚の名が、そこには記されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます