沖浦数葉のお伽語り ―浦島太郎のウラ話―
広瀬涼太
太郎の正体、乙姫の秘密
「……ねえ、浦島太郎って知ってる?」
ある日の放課後。
部室にやって来た
「……最近初めて読んだけど、なかなかおもしろかった」
「いや待て。どうやって高二まで浦島太郎を知らずにこの国で生きてきたんだ」
「……話せば超長くなる」
ライトノベルでよくある、
いわゆる美少女の範疇に入るが……その成績の良さや人付き合いの悪さと、しばしばやらかす奇行のため、皆から近寄りがたい存在となっている。
「それで、浦島太郎が何だって?」
「……ネットに投稿するライトノベルのネタ」
こう見えて彼女は結構なオタクである。本人は『マンガ・アニメにも造詣が深い』などと言っているが。
「いや、この前の現代文のテストも妙なことになってただろ。それこそ自作小説なんか……」
高い記憶力を誇る数葉は、理系科目は大得意であるが……文系、特に人の心なんかに関する分野では、斜め上とか
「……他の昔話と一線を画する壮大なストーリー。散りばめられた数々の謎。まさに日本最古のSFと言っても過言ではない」
俺の話聞いてないな、また。
あながち間違いでもないのが、逆に困るんだが。
「……なぜ浦島が戻った時、数百年が経っていたか。なぜ乙姫は玉手箱を渡し、太郎は老化したか。乙姫とは、玉手箱とは」
あー、これめんどくさいやつだ。
「おとぎ話にそんな考証を持ち込むのは
「……むー」
話をそらそうとするが、数葉は頬を膨らませて憤慨する。
「それはさておき、昨日の作業の続きでも……」
この『
俺は生物系、数葉は電子計算というかプログラミングが得意なので、同じ部といっても分野が違うが。
小学校の頃のいじめが原因で女性を苦手とする俺としては、いい隠れ場所と考えていたんだが。
最初のうちは俺の女性恐怖症と数葉の虫嫌いでえらいことになったが、今では唯一無二の異性の友人ということで何とか収まっている。
「……きゃっきゃする」
「え?」
「……
「また妙な噛み方したな」
要するに、今の話を続けろと。しょうがないな……。
「浦島太郎の物語は、たしか古くは日本書紀にも書かれていたはず」
「……うん。奈良時代の文献にも出てくる」
最近初めて読んだにしては詳しいな。
「つまり、奈良時代にすでに、太郎が戻った時に七百年の時間が経っていた、という記述があるわけだ」
年数については諸説あるが。
「……あ」
「すなわち浦島太郎とは本来、その時代よりもさらに七百年以上前の人物ということになる」
「……まさかの浦島太郎弥生人説」
「いや、まさかってほどでもないだろ」
「…………」
そして数葉は、目を伏せて考え込む。
これで満足してくれたらいいんだが。
「……じゃあ次は……乙姫の話」
「えー、まだやるの?」
やっぱり駄目だったか。
「じゃあ、乙姫と亀の話を一緒にしよう」
「……一緒?」
「聞いたことないか? 亀は乙姫の変身した姿という説」
「……はて?」
「浦島太郎が竜宮城から帰ってきたときには、何百年も時間が経っていたよな」
「……うん」
「その前に、亀は単独で竜宮城に戻り、太郎のことを乙姫に報告する。そこで恩返しの話になって、改めて太郎を迎えに行くわけだが……その間に地上ではどれくらいの時間が流れたと思う?」
後に太郎が体験する、地上との時間のずれ。だがそれは、太郎が竜宮城に来た時だけのものではないはずだ。
一瞬首を傾げ、数葉はぼそりとつぶやく。
「……たちまち太郎はお爺さん」
まだ玉手箱をもらってないが。
「お爺さんかどうかはともかく、亀を助けた事を忘れるくらいには、時間が経過しているんじゃないだろうか。最悪の場合、すでに太郎は……」
「……亀が浦島太郎状態」
「わけがわからん。それはさておき、助けられたお礼のために竜宮城を挙げて太郎を歓待する。亀はそれに値する存在であり、それを単独で決定する権限を有する」
「……
「イコールでなくても、それなりの地位なんだろうな。だから助けられてすぐに、竜宮城への招待が決まった」
「……ん。恩返しは大事」
「知ってる」
だからこうして、ラノベのネタ出しとやらに付き合ってるんじゃないか。
「そして竜宮城へ戻った亀は、乙姫に変身する。ようするに、太郎と同種族の異性」
「……生々しい……」
「そう考えた人が他にもいたのか、童話では数日宴会に出ただけで地上に戻ることになってる」
「……大人向けの話では?」
大人向けって……十八禁的な意味じゃないぞ。
「太郎が乙姫と結ばれ、数年の結婚生活を送る」
「……け、結婚?」
「子供向けのお
「……ふ、ふしゃわしくにゃくにゃいと思ふ」
「いや、ふさわしくないだろ。高校生にもなってこの反応なんだから」
いや、逆か。むしろ知識がある分……って、何を想像してるんだこいつは。
ひとまず浦島太郎の話に戻ろう。
「問題は、太郎の体感時間と、地上の時間。このずれがなぜ生まれたか、だな」
「……考えられることは、二つ?」
さて……はたして、それだけかな?
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