八話:釣り
殺気。
迫りくるオーガレイダーから感じるたしかな殺気に、俺は一歩後ずさる。
視線の分からない鉄仮面がこちらを見ている気がする。
「……後ろに隠れてる?」
「いや」
死ぬのも嫌だが、寄生はもっと嫌だ。
シトリのように鼓舞スキルもないのだ。 ほんとうに役立たずになってしまう。
俺は木の棒を握りしめ、一歩前に出た。
「……無理しないでね」
「はい!」
命大事に!!
角の生えた凶悪顔のオーガレイダー。
灰色の体皮に個々で少し違う服装をしている。
しかしどの個体も両手に武器を持っている。
片刃の短剣は僅かに湾曲し、それなりに切れ味はありそうだ。
少なくとも木の棒よりかは。
「がぁるあ!!」
「っ……」
地を蹴るオーガレイダー。
激しい咆哮を上げ、前傾姿勢のまま突っ込んでくる。
「コンティルライト、パニッシュサークル」
レフィーさんの詠唱に、地面に淡い光の線が浮き上がる。
それに俺の体を淡い光が断続的に光っている。
サポートスキル。 何の効果か不明だが、シトリの鼓舞のように全体のヘイトを溜めたようだ。 オーガレイダーたちがレフィーさんに向かい一直線で突き進む。
「レフィーさん!」
盾を構える鉄仮面。
どっしりと、盾に刻まれた顔がオーガレイダーたちを睨みつけた。
「――ッ!?」
激突――閃光――雷鳴。
「がるあっ!?」
次いで聞こえるオーガレイダーたちの叫び声。
奴らの間を連鎖するように純白の光が走る。
レフィーさんが小さなハンマーで殴る度だ。
「……」
殴る、殴る、殴る。
盾で敵を止め、ひたすらハンマーで殴る。
その度上がる雷鳴と閃光に、オーガレイダーたちは倒されていく。
「魔法なのか?」
正体不明の雷撃が場を蹂躙していく。
「ガルアアアア!!」
それでも怒りの咆哮を上げ突撃を繰り返すオーガレイダー。
何度目かの攻撃を、レフィーさんの持つひし形の盾がブロックしたとき。 その中心に描かれる顔の文様が光った。
「うわっ!?」
回避。
思わずの行動。
光った顔から光線ビームが放たれたのだ。 びっくりして思わず回避した。
「めっちゃ派手だな……」
戦場は雷鳴と閃光。 それに時たま薙ぎ払うように光のビームが繰り出される。 レフィーさん本人は小さいハンマーで殴り盾でブロックしているだけなのだが。 戦場はモンスターの悲鳴も合わさり、ド派手である。
「……釣ってきてくれる?」
「……はい」
ボケっと立ってた俺に指令が下る。
釣ってきて、とは離れている敵を集めてこいということ。
足の速い者が集めたり、遠距離で攻撃して集める場合もある。
今回は戦闘の役に立たないので集めてこいということだ。
「ぬああああああ!!」
俺は走る。
崩れた遺跡を駆け巡り、オーガレイダーたちに追われながら。
「「「がぁるあ!!」」」
両手に短剣を持つ鬼と鬼ごっこ。
戦闘中のレフィーさんのところまで行けば勝手に雷撃がタゲを取ってくれる。
ひたすらフィールドを駆け巡り、モンスターを引っ張ってくる簡単なお仕事。
連続するレベルアップの通知音。 シトリが跳ねて応援しているのが見える。
それに足が凄く速い。
レフィーさんに貰ったバフのおかげだろうか?
そんなことを考えていると。
――吹き飛ばされた。
「――ふべっ!?」
強烈な一撃。
地面を転がるウチにHPバーは全損。
このゲーム最初の死亡の瞬間だ。
「……ボス沸くから気をつけて」
「遅いですよぉーー……」
レフィーさんの近くまで転がると光の粒子となった。
その状態のまま、現状は浮遊している状態だ。
近くの安全地帯で復活しますか? とウィンドウが現れる。
「……復活させるから、待ってて」
会話もできない。
ただただ、レフィーさんがオーガレイダーを殴るのを見ているだけだ。
俺を殺した奴。
普通のオーガレイダーよりも倍以上大きいボス。
『オーガレイダー首領・スファギ』
手には大きな棘付き棍棒。
頭の角は大きく、体も筋肉が盛り上がっている。
服装も少し派手で雰囲気もボスの風格を漂わせていた。
「リザレクション」
くぐもった声。
レフィーさんの復活の呪文が響く。
俺はコールで転移した時のような感覚に包まれ、その場に復活を果たした。
「あ……ありがとうございます」
「ん……ヒールライト」
エメラルドのエフェクトが体を包み。
減少していたHPを回復してくれる。
これは。
「レフィーさんてプリーストだったんですね?」
「うん」
巨乳神官ちゃんが使ってたスキル。
清楚な神官服を押し上げる巨乳を持つプリーストのNPC、ミオのことだ。
チュートリアルで傷ついた俺の体を癒してくれた。
女性らしいフォルムで俺を誘惑していたミオのことだ。
「……なに?」
「いえ、なんでもないです」
鉄仮面の重装備ってなんだよぉ。
あっ、ジロジロ見ちゃったけど。 セクハラ警告とか出てたのかな?
「ボス狩る」
そういうと最初のバフを掛けなおし始めた。
俺も死んでしまったからバフが消えてる。 それに死亡ペナルティが……。
「経験値50%ロスト……?」
戦慄のデスぺナ。
50%ってきつすぎないか?
能力の減少とか、装備のロストはないようだけど。
「神殿で祈りを捧げると……戻るよ。 お布施がいるけど……」
世知辛いね!
◇◆◇
シャビル五階層のボス『オーガレイダー首領・スファギ』。
俺にたった一撃で初デスをもたらした憎い奴。
その強敵を前にしてもレフィーさんに焦りの様子はない。
「……釣ってきて」
「ふぁ!?」
俺の焦りは伝わらない。
「くぅ……」
鉄仮面は全てをブロックするというのか。
諦めた俺は慎重にボス――スファギの前に歩み寄る。
「!!」
頑張って! とシトリが飛び跳ねた気がした。
「うっ」
そのせいだろうか、明後日の方向を向いていたスファギがこちらを向く。
赤い瞳の中の縦長黒目に見つめられる。
「「……」」
そんな装備で大丈夫か? いえ、ダメです。
スファギとそんなアイコンタクトを交わした気がした。
「ガルアアアアアアア!!」
「――気のせいっ!?」
全力疾走。
釣り役である俺は全力でレフィーさんの元へ走る。
PTを組んでいなければただのボスMPK。
しかし、PTを組んでいればPTプレイだ!
――バァン!!
轟音。
振るわれた棍棒をレフィーさんの盾がブロックする。
灰色の大鬼と鉄仮面の重歩兵。
体格差は明らかだが、レフィーさんはボスの重い一撃を止めて見せた。
盾から放たれる光線。
スファギの体を直撃する。
「ガルァアアア!!」
皮膚を焦がすのも構わず、棍棒を再度振り回すスファギ。
ダンッ、ダンッと盾でブロックするレフィーさん。
光線は必ず出るわけではないようだ。
「んっ!」
鮮やかな純白の雷撃が走る。
レフィーさんが片手に持つ小さなハンマーで攻撃するごとに。
スファギの棍棒のブロックも、雷撃は突き抜け体を焦がす。
ブロック不可。
鉄仮面の重歩兵はひたすらにハンマーを振るう。
『ガルルル!!』
今までと違うスファギの遠吠え。
甲高くどこか必死なそれは、仲間を呼ぶための物だった。
「増援!」
「HPが減ると呼ぶ……」
建物から現れる増援にも鉄仮面に動揺はない。
「コンティルライト、パニッシュサークル」
淡々と呪文を唱える。
高まるヘイトに群がる増援。
「釣る手間が減っていい……」
焼肉って焼くのめんどう。 殺到するオーガレイダーを見てそんな感じで言い放つ。
そして黙々と殴り始める。
「そろそろ沸き始めるから……釣ってきて……」
「えぇ? まだボス倒してないですよ!?」
「まとめた方が……効率がいい……」
「……」
狩りは続く。
ボスを倒しても、ボスが再度沸いても続いていく。
「うああああああーー!」
「「「がぁるあ!!」」」
俺は釣り続ける……。
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