四話:アルマ

 愉快そうに笑うお姉さん。




「私はアルマ。 アルマって呼んでね。 よろしく〜、ムッツリ君!」




「いや……すみませんでした!! だから、その呼び名はヤメテ!?」




 からから笑うお姉さん。


見た目は大人っぽい雰囲気だが中身は結構子供っぽいのか?




「VRはセクハラが多いからね〜。 色々女性プレイヤー向けの対策あるから、気を付けたほうがいいよ?」




「はい……」




「素直でよろしい!」




 採取する魅惑のお尻を凝視し続けたのバレてたみたいだけど、怒ってはなさそう。




「逆手にとってくる女性プレイヤーもやっかいだからね〜〜」




「そんなのもいるのか……」




「ログごと晒しスレ投下されたりもするし、気を付けてね!」




 ガクブル。


怖すぎ、気を付けよう……。




「あ、エリート沸いたね」




「ん?」




 お姉さん、アルマが指さす方向には少し大きなモンスターが沸いていた。


 流線型のフォルム。


重力と真っ向から向き合うようなその体型。




「スライムか」




 青いスライムだ。




「ブルースライム・エリートね。 副塔ではボスがでない代わりにエリートが出るのよ」




 ブルースライムも出るらしいけど、アルマがまとめて狩ったからリポップまでまだ時間はあるらしい。




「どうする? 私が狩ろうか?」




「ん? いや、せっかく来たし俺がやるよ」




 のんびりと歩くブルースライム・エリート。


どんな動きを見せるのか、初見のモンスターに対する好奇心が俺の心を躍らせる。


 俺はシトリを離れた位置に置くと、木の棒を片手に歩み寄る。




「おもしろい……」




 アルマが何か呟いた気がした。






◇◆◇






「……!」




 こちらに気づいたブルースライム・エリート。


叫びをあげることはなく、しかしゆっくりとこちらに向けて動き出す。




「む?」




 中央がへこんだ。


まるで何かを吸い込むようなそんな仕草。


 吸い込んだらどうするか? 


呼吸のように吐き出すに決まっている。




「ちっ!」




――ビュッ!




 俺がシトリとブルースライム・エリートとの射線に入ると同時。


鋭い何かが奴から放たれた。




「痛っぅ!!」




 遠距離攻撃。 水弾だ。


木の棒でガードするがダメージが通ってきた。


 視界の枠が赤く点滅するようなことはないが、かなりHPを削られている。


シトリが喰らっていたらヤバかったかもしれない。




「なろっ!」




 再度。


体をへこませるブルースライム・エリートに俺は突っ込んだ。




(回避はだめだ……)




 次弾に間に合わない。


回避すればシトリに当たる。


 彼我の距離を詰めながら、俺は次弾を打ち落とす覚悟を決める。




――ビュッ!




「おらぁあ!!」




 迫りくる水弾を木の棒で横殴る。


パシャンと小気味よい音は鳴り、先ほどよりもダメージは少ない。




「っ!?」




 ブルースライム・エリートの次の一手。


まるで槍のように体の一部を突き出してきた。


 一本。 二本。 三本。


俺は横に回避しながら更に距離を詰める。




(三本までか?)




 三本目が終わると全てを戻し始めた。


その致命的な隙。 俺は奴の背面なのかよくわからない背後に回り込む。




「バックスタブ!!」




 紫紺に光る木の棒。


突きこまれたブルースライム・エリートの体が、水面を打ったように波紋を広げた。




「っ! 一撃じゃ無理だよなぁ……!」




 突き出される槍。


振り返るような動作がなかったな?


 ひょっとして背面とかないのかなぁ……。




「痛っ……」




 腕を槍が掠める。


しかし、三本目を躱した俺は背後へと回り込む。




「バックスタブ!」




 【バックスタブ】は強力だが、背面からの攻撃以外は通常攻撃と威力が変わらない。


背面の無い敵には意味がないかもしれない……。




「手伝おうかぁ〜〜?」




 アルマが大鎌片手にのたまう。




「いい!」




「ほーい」




 きっと大鎌で楽に倒せるのだろう。 それではダメだ。




 俺は攻撃を躱し、効果があるのか分からないスキルで攻撃を続ける。


 ブルースライム・エリートの体を変化させた槍。


単調な攻撃だったのだが。




「くっ……!?」




 リズムが変わった。


それに俺の横に回避する位置に向けて放ってきた。


 


 回避行動を予測されてる!?




「――ぐぇっ!」




 一本の槍をまともに喰らった。


弾き飛ばされ中央の樹木まで転がる。


視界の枠は赤く点滅し、HPが危険域であることを示している。




「!!」




 そんな赤い視界に触れる所で、シトリが激しくふるえながら飛び跳ねているのが見えた。


そして、腹をへこませるように、水弾を放つ準備をする青い塊も。




(あぁ、クソ……)




 死ぬのは嫌だ。


たとえゲームでも。 どうしようもないほどに、俺は死ぬのが嫌だ。


 痛覚設定のおかげで痛みはさほどではない。


細胞を呼び覚ますような刺激。 体を起こす俺の時間は研ぎ澄まされていく。




――ビュッ!




 水弾が地面で爆ぜる。


寸でのところで転がり躱す。


 グッ、と踏み込み近づけば、また体を槍のように伸ばすブルースライム・エリート。




「……」




 一歩下がると、水弾を放つための予備動作に入った。




「なるほど」




 一つ攻略法が見えた。


俺はステータスを開き、未分配のポイントを全てつぎ込む。






――ビュッ!




 放たれた水弾。


時速にしたらなかなかのものだ。 バットで打てと言われたら三振するかもしれない。


 しかし、俺の木の棒捌きは上達しているのか、横薙ぎに打ち払う。




 一歩前へ。


ブルースライム・エリートが槍を出すまで前へ。




 彼我の距離は五メートルはない。


そんな距離でも、一歩下がればブルースライム・エリートは遠距離攻撃の態勢に入る。




「――ふっ!!」




――疾走。


俺は青い塊目がけ、全力で踏み込んだ。


 SPは全て俊敏へ。


スキルポイントは全て【バックスタブ】へ。




「――――バックスタブッッ!!」




 全力攻撃!




 溜め状態の青い塊の背後から、紫紺に光る木の棒を繰り出す。




「おお〜〜!」




 当たった瞬間、わずかな閃光が走った。


三階層に来るまでに何度か見た、クリティカルヒット判定のエフェクトだ。


 クラス特性――二.五倍ダメージが繰り出された証。




「やった……のか?」




 転がる青い塊。


樹木に当たり止まると、ゆっくりと粒子となって消えていった。




「凄い♪ 本当に木の棒で倒しちゃった!」




 パチパチと拍手をしながら褒めてくれるアルマ。


俺はアイテムポーチから回復アイテムを取り出し使用する。 


 照れを隠すようにアルマに背を向けて。




「完全支援型の守護獣かぁ。 新しい守護獣ね……これは掲示板がお祭りになるかな〜〜?」




「!!」




 シトリを抱えるアルマ。


激しくふるえるシトリ。 ちょっと嫌がってる?




「シトリ、珍しいんですか?」




「シトリちゃんて言うんだ? 可愛いね!」




 殻から覗く金色の瞳が助けてと訴える。


できることなら代わってあげたいが、いやぜひお願いしたいが、我慢してくれシトリ。




「うん。 初じゃないかなぁ?」




「え?」




 一年以上サービスされているゲームなのに?




「一周年記念でね、大型アプデがあったの。 レベル上限の開放、新フィールドに、新たなメインクエスト。 それとシークレットクエストに関連した非公開のアップデートもね」




 細いアゴに手を当て、思い出すように語るアルマ。


横顔に垂れる蒼い髪。 スレンダーだけどスタイルのいい体につい視線がいく。




「……聞いてる? ムッツリ君??」




「聞いてます!」




「もう、可愛い顔してるのに、しっかり男の子だね?」




 しょうがないなぁ。 と一つ溜息を吐くアルマ。


怒ってる風ではない。 美人だし、慣れてるのかな?




「掲示板に情報アップしてもいいかな?」




「どうぞ」




「ありがと♪」




 掲示板というのはゲームの攻略情報などをやりとりする場所だ。


まったく関係ない話題で盛り上がったりするのはいつものことだが。




「燃料投下〜〜!」




 ゲーム内からでも閲覧と投稿が可能だ。


シトリを抱えピースをするアルマ。 スクショでも取って上げてるのだろうか……。


 


「そういえば、君の名前、聞いてない!」




 ムッツリ君としか呼ばれていないしね。




「ノリオです」




「ぷっ。 本名なの? なんで??」




 笑わなくてもいいじゃないか。


たしかに本名だが。 そっちの方が好きなんだよね。




「なんとなく」




「……ふふ、ほんと面白いね君!」




 なんか気に入られたっぽい。


フレンド申請が来た。




「ダメ?」




 果たして、美人のお姉さんのフレンド申請を断る男がいるのだろうか?




「もちろん、おっけ!!」




 いや、いるはずがない。




 コルルオンライン。 


俺のフレンドリストの一人目にはアルマと刻まれていた。


 




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