雪ん子になれなかった女の子
尾岡れき@猫部
雪ん子になれなかった女の子
――君って、雪ん子になれる素質があるのにね。
❆
真面目で、みんなのお姉さん。そう言われていた。怒らせると怖いから、雪女。でも、それがいつからだろう。雪ん子ちゃんと言われて、それが当たり前のように馴染んできた。
――ちょっとイメージと違うかな。どちらかと言うと【雪ん子】ちゃんじゃない?
そう言ってくれたのは、転校してきた稲葉君だった気がする。
――雪ん子ちゃんを、あのワルガキと一括りにするのもどうかと思うんだけどね。
そう言ったオトナは誰だったんだろう。
ワルガキ団改め、クソガキ団と揶揄されて。イタズラとか好きじゃなかった。でも、誰かが一緒にやろうって誘ってくれて。あ、きっとあれは彩ちゃんだった気がする。イタズラって、人を傷つけるだけじゃないんだなって知った。輪に入れない子の興味を引くように、小学校の教室をシャボン玉で埋め尽くした。
意地悪をする子には、落とし穴へご招待してあげた。泣くのなら、最初から意地悪しなければ良いのに。そう思っていた。深さ2メートルの落とし穴は、ちょっとやりすぎだなって思うけど。
あれは誰だったんだろう。
過ぎ去ったら、もう憶えていないことが多い。
ペラペラと、彼はアルバムをめくる。
その中に彼はいないのに。
その中に、私を見つけて、唇を綻ばす。
彼が胡座をかいて見るから、私はそこに収まるようにちょこんと座る。
(重くないだろうか? 辛くないだろうか?)
心配になる。モデルのように綺麗でもない。スタイルだってよくない。あの頃は、そんなことを気にしたこともなかった。当たり前だけど。でも、と思う。女の子達がママゴトをしたり、折り紙を折る姿を見て、妙に嫌悪感を抱いていたんだ。
――女の子はそうするもの。
でも私は男の子たちと駆け回ったり、野球をしたりするのが好きだった。その延長線で空手を習った。折り紙が大好きな女子軍団は「オトコオンナだもんね、下河さんは」と笑う。嘲笑う。
私は、笑われた意味が分からない。
そんな時だった気がする。
――君って、雪ん子になれる素質があるね。
そう言った子がいた。その子が誰なのか思い出せない。雪がしんしんと降り積もっていることだけは覚えている。道路標識に手が届くくらい、雪が積もったのだ。しんしんと、しんしんと。
まだ、帰るのは早いからさ。
もっと、遊ぼうよ。
そう手招きされた。
駆け回って、雪だるまを作って。雪合戦をして。男の子達と張り合って。
折り紙とか、どうでも良かった。
女の子らしさとか言われても、よく分からない。
氷柱を折る。
寒さなんか感じなかった。
もっともっと、雪が降って。もっともっと雪で埋め尽くして。この雪のなかを駆け回りたいと思った。帰りたくない、勝手に私を決めつける人達のところには。そう思った矢先だった。
氷が割れるように。
その声が響いた。
――お姉ちゃん、寒いよ! もう、帰ろうよ!
半べその弟の声。気づけば、私と弟以外に誰もいなかった。
(あの子は……?)
今頃になって、指先がシンジン痛い。お気に入りの毛糸の手袋が、すっかり濡れて、凍りついていた。
❆
「
視線を感じたのか、彼が私の手を軽くきゅっきゅっと握る。言葉にするだけで、息が白い。最近は雪が降ることも少ないが、天気予報は大雪警報。交通機関は、夕方から早めの運休を決めている。オトナ達がせわしなくニュースを睨んでいた。
高校も休校になったのに、近所の子にせがまれて、今は彼と一緒にカマクラを作っているのだから、私もあの人も本当に物好きだって思う。
――だって、バイトも休みになったしね。どうせなら雪道デートとしゃれこみたいじゃん?
彼はそう微笑むけど、デートと言うにはチビちゃん達というライバルが多すぎる。「遊んで」リクエストに、彼はまるで息をつく暇がなかった。
「何でもないよ」
クスリと笑みを零す。あの頃は私も、時間が無限にあるかのように駆け回っていた。本当に子どもの時って、エネルギーが無尽蔵だって思う。
「冬希兄ちゃん、次は雪合戦しよー!」
「ちょ、ちょっと?」
無邪気な声は、有無を言わさず彼を引っ張り出していく。すっと離れてしまう指と指に一抹の寂しさを感じながら、私は作りかけのカマクラを完成させることにした。
ペタン、ペタンと手袋で固めていく。チビちゃん達の勢いに負けてしまったけれど、こんなことならスコップを持ってくれば良かったと、後悔してしまう。
ぺたん、ぺたん。
ぺたん、ぺたん。
ぺた――。
と、手と手が重なった。
私の隣で、小さな女の子が、音もなく笑った。
❆
――君って、雪ん子になれる素質があるのにね。
音が奪われたとは、こういうことなんだろうか。口をパクパクさせても、言葉にならない。
――雪ってステキだよね。埋め尽くして、真っ白になって。体温も奪っちゃう。君の声だって奪えるよ? 凍りつかせることだってできるよ?
私は、ただ無言で女の子の言葉を聞く。
――寂しかったんじゃないの?
そうだ。私は寂しかった。誰と話しても、誰と遊んでも本当の私が出せない。結局、私は遠慮して本音を飲み込むことを憶えた。だって、そうしたら、みんなが「良い子」って褒めてくれるから。
――でも、それって窮屈じゃない? そんなことしなくても、ココで雪遊びをしようよ? ずっと、雪遊びしようよ?
寒いって思う。あの時は寒さなんか感じもしなかったのに、今はただただ寒い。体の震えが止まらない。求めてしまう。指先をのばしてしまう。彼の名前を……。
――ムリムリ。だって、彼の名前なら、もう真っ白に埋め尽くしたから。
パリン。割れる音がした。あの子が何かを踏み潰したのだ。雪が降る。雪が降り続ける。私を埋め尽くすように。寒いって思ってしまう。体が動かなくて。凍りついて、感覚を失って。
瞼が閉じる。
まるで、劇場で緞帳が落ちるように。
視界が真っ白で。
もう何も見えない。
このまま、眠ってしまおう。
そうしたら、楽だから。
そう思った瞬間だった。
❆
唇に触れた。
❆
「ふ、冬君?」
目の前で、さもイタズラが成功したと言わんばかりに、彼が笑う。唇に、私は指で触れてみる。指先に血流がめぐる感覚を取り戻し、じんじんする。
「寂しそうだったから、サプライズ。みんなには内緒ね」
そう言いながら、また温度を重ねてくるから、この人は狡いって思う。
でも、って思う。
暖かい。
みんなは、私のことを変わり者って言う。
でも、彼はそんな私を全肯定してくれる。疎外感はない。一人ぼっちと思わなくなった。寂しくなったり、取り残されるような感覚に陥ってしまう前に、彼は私をこうやって攫っていく。
「あー! 冬希兄ちゃんと雪姫お姉ちゃんが、カマクラに隠れてチューしてる!」
目ざとい子どもたちにすぐ見つかった。
「し、してないし!」
彼のその言い訳は、ちょっと無理がある気がする。
と、彼は私の手を引いて、カマクラを出る。雪で足をとられそうになりながら。もつれて転びそうになりなると、彼が支えてくれて。
笑みが自然と溢れて。
ぺたん、ぺたん。足音が遠ざかって。
ぺたん、ぺたん。
振り向くと、足跡が、カマクラを出て数歩。途絶えた跡が――チビちゃん達の作る雪玉で、すっかりと潰されててしまっていた。
❆
――君って、雪ん子になれる素質があるのにね。本当に残念だよ。
雪ん子になれなかった女の子 尾岡れき@猫部 @okazakireo
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