第13話 美依とミイ
「土曜日、新宿南口に十一時集合…」
桜ちゃんの意を結したような顔を思い出す。
男なら小躍りして嬉しがるであろう可愛い咲田桜ちゃんとのデート。
なのに、俺はずっと悶々としていた。
美依はどうやら俺を完全に避けているようだ。
美依と向かいあって話をしようとあいつの部屋の扉をノックしたのにあからさまな居留守を使いやがった。
だって、さっきまでテレビの音も聞こえていたし、誰かと電話していた声も聞こえていたのにまったく…!
「ミイ〜!こらこら!悪戯しちゃダメだよ」
「ほら、それ、大事なレポートだから濡れた足で踏まない!ミイー!!」
実は何を隠そう、以前公園で保護した子猫を俺は頑張って育てているのだが、その子猫の名前を悩みに悩んで『ミイ』と決めた。
保護した次の日、念の為に動物病院で診てもらったが、幸いなことに大きな病気はしてなかった。ただ、軽い脱水症状と栄養失調ということで、消化が良くカロリーの高い餌を一月分、そしてワクチンを打ってもらった結果、総額七千円は正直ぐっと来るものがあったがしょうがない。
その甲斐あってか、『ミイ』は、今とても元気に俺の部屋で毎日楽しそうに過ごしている。
病院の先生から「美人さんの女の子だね〜」と言われ、あっ、こいつメスだったんだと知った俺だが、特に名前は決めずに一緒に過ごしていた。だが、ずっと名無しの権兵衛ってわけにはいかない。だから俺は、考え考えた末、名前を決めたんだ。
何故、名前を美依と同じミイにしたかって!?
それは、とにかくこいつもツンデレが激しいから、名前も同じにしたっていうわけ。なんて単純なんだろう。我ながら幼稚なアイデアとは思うけど。
ミイを俺の膝に乗せ、頭をゆっくりと撫でると凄く気持ち良さそうにグルグルと喉を鳴らす。顔を見ると目も瞑って極楽極楽と言っているようにも見える。なのに、急に俺の右手を甘噛みしたかと思うとぴょんと飛び降り、そしてベットの下に隠れてしまう。それからは、俺がいくら呼んでも近寄ってこない。
なんなんだよこれって!?まるで、美依だ!そう、美依のツンケンした感じにとても似ているんだ。でも、あのデレっとした態度を思い出すとなんだかこちらからちょっかいを出したくなってしまう。
あー、俺が美依のことを考えない日はないのって、これが原因なのだろうか!?
でも、桜ちゃんの事は、美依ときちんと向かい合って話さなければならない。どうすればあいつと話ができるのだろうか!?
そんなことを考えていたら、いつのまにかミイが台所のコンロ近くに座っている。はっ、や、やばい!!そう思った瞬間、狭い1LDKに臭い匂いが広がる。
「こら!!ミイ!!お前、なんでこんなところで粗相をするんだよ!臭いし、汚いし、衛生的でないし!」
「にゃっ」
くそっ〜!今のはお前が私を構わないからやってやったって言ったんだよな。猫語は勿論わからないが絶対にそう言っている気がする!
「ミイ!俺がどれだけお前に構っていると思ってるんだ!もう、いい加減にしろ!」
久しぶりに本気で怒った俺だが、それでも冷静にトイレットペーパーで粗相の片付けをしている。
すると、隣のドアが開いたと思ったのも束の間、ガチャガチャと俺の扉の鍵が開き、飛び込むように美依が入ってきた。そして、いつものように少し下を向いて強い口調で話し出す。
「太一!!私、粗相なんてしないもん!幼稚園以降はおねしょもしてないし。逆に太一こそ小学四年生までおねしょしてたじゃない!」
「い、いや、違うんだ。美依、落ち着け!」
「落ち着けないわよ!独り言かなにか知らないけど、私をディスるって酷い!それに、私、これ迄ずっと満足できるくらい太一に構ってもらってないもん!!」
「へっ!?」
俺は不意に美依が発した言葉に頭がくらっとする。
「いや、俺は、お前が望むならもっともっと深く関わって行くけど。いいのか!?あんなこともこんなこともするかも……」
『バチコーン』
思いっきり俺の頭を叩いた美依は、「知らない!太一の馬鹿!」と叫ぶとあっという間に部屋に戻っていった。
だから、違うんだけど。ミイは猫のことで、お前ではないんだよ…、なんて説明しても無理か…。
すると、『ピローン』とスマホから音がした。
【太一。私、粗相なんてしないもん。太一の前でそんなことしたら私死んじゃうから】
やっぱり美依のラインだ。
【相談せずに決めて悪かったが、あの子猫の名前、ミイにしたんだ】
そう送るとマッハの速さで返事が戻ってきた。
【そ、そうなんだ。ミイちゃん元気!?】
【うん。凄く元気!でも、かなりのおてんばさんだよ】
「ふふふ。そうかぁ。今度私も一日中お世話しないとね」
美依の声が薄い壁から漏れてくる。二人でミイと遊ぶなんて最高だ!そんな情景を思い浮かべた俺は今から胸がときめく。
【で、なんで、名前がミイなの!?】
「ぐっ」
今度は俺が声を大きめに詰まらせる。
すると、間髪入れずラインが飛んできた。
【えっ!太一、そんなに私のことが好きなの!?】
ぐっ!ラインで、しかもシラフで本来ならこんなこと言えないが、今日は言うしかない。そう覚悟を決めた俺はラインを返す。
【そうだよ。俺は、お前だけだ。だから、桜ちゃんにはきちんとお断りしてくるから安心して待ってろ】
隣の部屋からベットで足をバタバタしている音が聞こえる。ん!?太一、大好きって言ってないか!?
薄い壁なのに肝心なところは聞こえない。
全く、なんなんだろう。
そう思っていたらまたラインが来た。
【うん。わかった。それが終わったら、ちゃんと太一から言ってね。私も伝えたいことあるし】
【え!?何!?伝えたいことって?】
【それはね…。ナイショ!】
くぅ〜、可愛いすぎる!!
今度は俺が悶絶してると、【明日は、私も遠くから見てるからね】としれっとラインが来た。
いやいや、それはダメでしょ!?
「美依!それはダメだってば!」ついつい大声を出すと、「うるさい!行くの!」と言う返事同時に壁をドンと叩かれ、もう変更はできないのだなと俺は悟ったのだ。
あー、どうなることやら…。
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第十三話を読んでいただきありがとうございました!
次回、「超ギレの美依」をお楽しみに!
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