5-3

 小さな店にいたのは一時間程度だったが、帰り道も、そして帰ってからもずっと、メルはなんだか雲でも踏んでいるみたいな心もちでいた。

(レジーナ……すてきな名前。あの人にぴったり。自信があって、華やかで……。わたしもなぁ……あんなふうになれたら……)

 運動が苦手なのと屋内にいることが多いので日に焼けてはいないが、目立つそばかすは茶色だし、肌の触り心地も、張りがあるというよりは、ぷよっとしている。髪も目も地味な茶色だし、今までほとんど手入れケアに気をつかってこなかった髪は、幸いにしてひどく傷んでいるわけではないけれど、動くにつれて光を反射するようなきらめきはない。女性らしい凹凸に至っては……。

(大人になったら、少しは望みはあるのかな……)

 自分の母親を思い描いてみると、ため息が出た。母も、古代遺跡の発掘にしょっちゅう出かけて紫外線とほこりにまみれているせいか、最低限しか身なりにかまわない女性ひとだった。背は高いが、“ぺったんこ”なほうだ。

 そんな母でも、父はいいと思って結婚したから自分が生まれたのだから、世の中、蓼食う虫も好き好きなのだろうけど。

(うーん……唇だけはちょっと自信があったんだけどな……)

 歯並びは悪くないし、ふっくらした唇は色つきリップクリームがなくてもいつもピンク色だ。だがそれも、〈イヴ・サンローラン〉の最新カタログから抜け出てきたようなマットな口紅を、しっかり塗っていると見せないような自然さでひいているレジーナのを目の当たりにしたあとでは……。

(またボーイフレンド、じゃなかった、気になるお友達をつれて遊びにきてねって言ってくれたけど……つれていけるわけないし……あんなきれいな人を見たら、絶対、わたしのことなんか……)

 わたしのことなんかどうなる、のか、その先を想像するのは怖くてやめた。

(つっ……つきあっている人いるの、なんて聞けないし、第一どうやって聞くの、なんの脈絡もないのに。ディーンはわたしに勉強を助けてほしいだけ、なんだから……)

 今までこんなふうに、自分の容姿が特定の異性からどう見られるのか、相手に自分がどう影響を及ぼしているのか考えたことはなかった。時期がくればたいていの少年少女が経験する悩みだというが、どこか遠い世界のことだと思っていた。小学校でも、早い子は四年生くらいでひそひそとそんな話をしていたような記憶があるけれど、相手はプリンス・チャーミングのようなもので、どこか現実感がなくて、お互い好意をもっているのは当たり前、相手にほかに好きな人がいるかどうかなんてはじめから問題にもされず、あとはどうくっつくかを見守っていればよかったのだ。

 とりとめのない思考のスパイラルを破ったのはメッセージの受信音だった。表示名を目にしてまた鼓動が早くなる。

「え……なに。それは……持ってるけど」

 字面をすばやく追い、すぐに返信する。

 数分後、相手から「エクスクラメーションマーク」つきの感謝のメッセージが返ってくるのをたしかめて、祈るような気持ちで文章を打ち込んだ。

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