Forgive Me Friend

12-1

 少なくとも頭だけは人間に戻るのを待って、脱げたズボンを拾い、俺はメルに近づいた。

 メルはうつむいていたが、きらきらしていた髪はもとの癖っ毛に戻っていたから、魔法が解けたことはわかった。それから匂いも。

 メルのそばにひざまずいていたおふくろさんが俺を見て、おびえたように視線を外したのが心が痛んだ。

「……ごめん、メル、俺……」

 なにがごめんなのかわからなかった。狼人間なのを黙っていたことか、それとも、メルのことは好きだけど、そういう……彼女が望んでいたような“好き”じゃなかったことなのか。

 メルはすすり泣いていて、おふくろさんが彼女を抱きしめた。俺はどうすることもできなくて突っ立っているしかなかった。

 正直言ってこのときほど、ニックの野郎がいればいいのにと思ったことはなかった。やつが俺への気持ちも含めて、メルの記憶を全部消してくれればよかったのに。

「お嬢さんはもう大丈夫ですよ」クリスが親父さんに話しかけていた。「体のほうは、という意味ですが……。さぞ驚かれたでしょうね」

「ええ、まったく……信じられないものを見た思いです。その、彼は……それにあの女性は……」

「彼は狼憑きリュカントロポスだと言えばおわかりになりますか? 信じられないのはわかりますが、彼がお嬢さんやあなたがたに危害を加えることは絶対にありません。本当に危険なのはあの女性のほうでした」

「もちろんですとも」親父さんの言葉には妙な熱意がこもっていた。「神話上の生き物をこの目で見られるなんて研究者冥利に尽き……いや、誰にも信じてもらえないでしょうから口外はしませんが。ではあの女性がいわばキルケーというわけですか、高齢の女性のように見えましたが」

「そうです。あの姿も本来のものではないかもしれませんが。一番重要なのは、彼のおかげで彼女の血を手に入れられたことです。お嬢さんに呪いをかけた方法に倍する最大の弱みを握られた以上、彼女は二度と私たちに手出しをすることはできません」

「ありがとうございます、マクファーソン神父。それにディーンも。まさかあなたが本当に――」

 そこまで言って、親父さんは急にしょげかえった。

「……申し訳ない、私はつい自分の研究分野のことに熱中してしまって……。メルもおとなしい、聞きわけのいい子なのを幸い、あの子がいつまでも私たちの可愛い、小さな娘のままでいると思い込んでいたのかもしれない。そうですよね……小さな女の子だっていつかは大人の女性になるわけで……。恥ずかしながら私も妻も、そういった方面にはとんと疎くて……なんの手助けもしてやれなかった……」

「過ぎてしまったことはしかたありません」クリスはやさしく言った。「たいていの子供はみんな、年頃になれば、親に隠し事のひとつやふたつするものです――私に子供はいませんが、子供だったことはありますから。特に、お嬢さんは賢い子ですからなおさら。そうやって大人になっていくんですよ。ふつうのことです。今回はそれがちょっと……世間一般から少しずれてしまっただけで」

「ええ……」

「これから大変なのは精神こころのほうです。やさしくて真面目で、でも一方で自分の中の黒い感情に気づいてしまった場合、生真面目な分、うまく折り合いがつけられずに自家中毒を起こして苦しむこともあるでしょう。ご両親が支えになれるとすればそのときです。親としてというより、ひとりの人間として……。我々はみな不完全なのですから」

 メルのすすり泣きが落ちついてから三人は帰っていった。メルは最後までうつむいたまま、俺やクリスのほうを見ようとしなかった。

「……クリス、俺、ひどいやつだよな。こんなときだっていうのに涙も出ないんだ」

 クリスはいきなり俺をハグした。

 あまりに突然だったんで一瞬しか見えなかったが、クリスのほうが泣きそうな顔をしていた。

「……頭撫でるのやめろよ、子供じゃないんだから。あと、耳元でお祈りするのもやめろ、くすぐったいんだよ」

 (まあ、でも、いいか、気持ちいいし……)

 俺は耳に残っていたメルの泣き声が小さくなっていくのを感じていた。

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