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「レジーナ・デメトリオウ?」

「ええ、そうです。娘の机の引き出しから、こんなものが」

 学校を訪ねてきたエーデルスタイン教授は、テーブルの上に短冊形の紙と、プリントアウトした用紙を差し出した。

 短冊のほうは複写式の領収書レシートで、上品なクリーム色の用紙を、アールヌーヴォー様式スタイルの飾り罫が囲っている。宛名はミス・エーデルスタイン、領収者の名は〈Regina〉で、その下に筆記体で店主のものらしい署名サインがあった。

占いフォーチュンテリングの店らしいですね。タロットとか水晶占いとかそういった……。ホームページがありました。電話番号は載っていないんですが。メールで予約をするみたいだ」

 プリントアウトにざっと目をとおす。いかがわしいところはなにもない。店内の写真も載っているが、シャビーシックな内装で、オーガニック食品を販売しているといわれてもおかしくなさそうだ。

「そういえば、娘の本棚にタロット占いの本がありましたね。年頃の女の子だからそういうものに興味を持つものかと思っていましたが、まあ人類普遍の欲求でしょうね、未来あるいは隠されたものを知りたいと思うのは」

「ギリシャ人ですか?」

「え?」

 店主の名前を指すと、教授は眼鏡を持ち上げて、

「ああ……ギリシャ人に多い名字だ。“デメテルの信者”あるいは“デメテルの子”という意味です」

 デメテルはギリシャ神話の豊穣の女神だ、そしてその子といえば……。

「エーデルスタイン教授、あなたにこんなことを申し上げるのは気が引けるのですが……その、あなたがどこまで神秘学オカルティズムに関する知識をお持ちなのかわかりませんので……」

「私は安息日も遺跡を掘り返しているような人間ですが、横断的な知識はそこそこあるほうだと思いますよ」

 ……なぜだろう。ものすごく期待されているようなオーラを感じるのは。

「これはあくまでもカトリック教会内での話ですが、特に信心深いわけでもない若い人にいわゆる悪魔憑き現象が起きるのは、遊び半分で悪魔崇拝者サタニストの集会に参加したり、ウィジャボードなどで占いのまねごとをしたのがきっかけになるともいわれています。お嬢さんの場合には厳密には当てはまらないのですが――」

 ディーンの鼻と、聖水を混ぜたチキンスープではおかしなことは起こらなかったというのを信じるなら……。

悪魔祓いエクソシズムにおいては、いえ、カバラでも、名前や数字というものは重要な意味をもちます。“デメテルの子”といえば春の女神コレー、別名をペルセポネ、悪魔学デモノロジーでは冥府の女王プロセルピナです」

 ギリシャ神話の冥界研究者は一瞬びくっとして、次に、いたずらがみつかった子供のように、きまり悪げに頭を掻いた。

「……やっぱりまずかったですかね、娘にその名前をつけるのは」

「いえ、これはあくまでも仮定の話ですから。誰だって二面性をもっているものです。すてきだと思いますよ、“蜂蜜の花嫁”というのは」

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