9-4

 夕飯のときに俺から話を聞いたクリスは眉間にしわを寄せていた。お前が止めるべきだったんじゃないかとも言われたけど、言ったろ、俺は自分のケツが大事だ。

「でも、メルのことをちょっと見なおしたっつーのかな、少なくともやられっぱなしじゃなかったからな」

「またお前はそういう……」

「そりゃあんたがたは、強請ゆすりに遭ったら右の頬をひっぱたかれる前に全財産寄付しろとかいうのかもしれないけどさ。このあいだ、俺がメルをその……怒らせちゃったもんだから、なんか近づきにくくってさ」

「ミス・エーデルスタインを怒らせたって? お前がかい?」クリスの青い眼がびっくりして大きくなった。次の瞬間にはけわしく細められて、

「まさかとは思うが……私の忠告を無視したんじゃないだろうね?」

ちげぇ――よ!」

 それで俺はしかたなく、メルがアメフト野郎をフッたときに起こった話をクリスに白状するはめになった。

「本当に彼女がそんなことを言ったのかい?」

「……うん」

 大好物のはずの、ポークソテーのアップルソースがけを前にして、俺は急に食欲がなくなった。

「……なあクリス、俺やっぱりメルを傷つけちゃったよね。前のほうがいい、なんてさ……。その……せっかく、俺なんかのことを、すっ……好きになってくれたみたいなのにそれを否定するようなこと言ってさ。明日にでもちゃんと謝らなきゃ……」

「そっちじゃない」

 クリスが怖い顔をして言った。

「え?」

「体の中に釘を送り込んでやろうか、というのは呪詛のろいだよ。魔女が使う方法だが、一般に知られているものじゃない。彼女がそんな言葉を知っているとは思えない」

「ま、魔女ォ?!」

 今時そんなのが本当にいるのかよ。

「私が言っているのは、いわゆる魔女裁判で犠牲になった無実の人たちや、復興異教主義の人たちウィッカンのことじゃないよ。ミスター・ノーランが忠告していった種類タイプの、地獄と契約している、本物の魔女だ」

「それがなんで俺に……っていうかメルに関わってくるんだよ?」

 クリスはしばらく考え込んでいたが、

「ミスター・ノーランが言っていたように、お前を利用して私に近づこうとしたとは考えられないかな? ミス・エーデルスタインがお前に恋心を抱いていたとすれば、彼女を操ってお前を誘惑して、間接的に私に言うことをきかせることができると思ったのかもしれない。私とお前がどうこうというのはふつうに考えればありえない話だし、私はお前とミス・エーデルスタインとの仲を反対するつもりなんかないんだから、私のことを探る理由があるとは思えない」

「もしそれがホントなら、どっかのクソ魔女が、あのおとなしいメルをあんなふうにおっかない女に変えて、そのうえ俺にクリスを――」

「ディーン、落ちついて深呼吸するんだ。変身しかけている」

 これが落ちついていられるかっていうんだ。俺は思いきり吠えたくてたまらなくなった。

「まだ仮定の話だよ。それに、ふつうの人間ならともかく、人狼のお前に魔女の魔法は効果が薄い」

 俺はテーブルクロスの柄に意識を集中してなんとか気持ちを平常運転にしようとした。

「銀でできた釘だとしたら話はべつだが」

「怖いこと言うなよ!」

 また背筋がゾクゾクしたじゃないか!

「でもまあたしかに……いつものメルじゃない気がしたときも、くらっとはしたけど、その……この前クリスに感じたみたいな状態にはならなかったもんな。それで、メル……魔女のロクデナシは怒ったのかな」

「お前が人狼だとわかっていなければ、そうかもしれないな。ただの、教会に住んでいる、人間の男の子だと思われていれば」

「メルを使うのも胸糞悪いけど、自分の手を汚さないってのが一番アタマにくんな。どうしてそのクソ女は自分で教会に来ねえんだよ」

 来たが最後咬み殺してやるのに。

 いつもなら、俺が汚い言葉をつかうと注意するクリスだけど、このときはなにも言わなかった。

「このあいだお前が夢魔に襲われたときに結界を張りなおしたからね。今はこの家にも、教会にも入ってはこられないはずだよ」

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