Bella-Donna

9-1

 たいていのドラマチックなできごと(あるいはもめごと)は、カギのかかる戸棚ロッカーのある場所で起きるとシナリオライターが決めたのかもしれない――軍隊でも、クラブチームでも、高校でも。

 六フィートはあるマーカス・アダムズのスカした顔が廊下の向こうに見えたとき、俺は心の中で舌を出した。リア充ジョックスの例に漏れずやつもいつも何人かのとりまきをつれていて、今日もそういう連中とバカ笑いをしながら歩いてきた。

 それが、ロッカーの前までくると魔法にでもかけられたみたいにぴたりと止まった。

 やつの視線の先にはメルがいた。

 マーカスの一団があんなにうるさいんだから、やつがきたのはとっくのとうに気づいているとは思うんだが、メルはそっちを見ようともしない。まわりの女子はきゃあきゃあ言ってお互いをつつき合ったり、あからさまにうっとりした目つきを送ってるっていうのに。恥ずかしいのか?

九年生フレッシュマンのメル・エーデルスタインだよな?」

 マーカスが聞いた。

 メルはゆっくりとふりむいて、やつの顔をじっと見て、それから完璧なかたちで微笑んだ。ひと言も発しなかったけど、全身で「YES! YES! YES!」って叫んでるみたいに。

「今度の金曜の夜にシーズン最後の試合があるんだけど、もちろん来るよな? それからそのあとの打ち上げパーティーも――」

 わあ、と声が上がった――メルのじゃなく。

 アメフト部の色男は余裕たっぷりの笑みをうかべている。メルが黙っているのも、感激しすぎてすぐには声が出ないとでも思っているんだろう。

 三十秒ほどかけてやつをらしてから、メルはようやく口をひらいた。

「悪いんですけど」

 虫でも見るみたいな目つきでメルは言った。

「わたし、アメリカンフットボールにぜんぜん興味ないんです。あなたみたいに、筋肉と運動神経だけで喜んで女がついてくると思っている男と同じくらい」

 言われた当人以外の外野がざわついた。

 俺はゆがんで開きにくいロッカーの扉を思いっきりひっぱってしまい、蝶番ちょうつがいが関節でもはずれたような音を立てた。

 マーカスのやつはといえば……急に耳が聞こえなくなったみたいだった。実際そうだったらどんなにいいかと考えていたのかもしれない――“この俺様がまさか公衆の面前でふられるなんて!”

 メルの様子ときたらまるで発情期のメス狼みたいだった。フェロモンをふりまいて誘ってるのに、寄ってきたオスが気に入らないと容赦なく咬みついて追っ払う、あれだ。

 なにげなくこっちを向いたメルと目が合った。

「――ディーン!」

 雌狼が一転して、子猫みたいなきらきらした目と蜂蜜みたいな高くて甘い声で俺を呼んだ。

 うわあ、俺は今発情してないぞ。

「な、なに?」

 駆け寄ってきたメルに気圧けおされて、俺はロッカーの扉に背中をぶつけた。

「なーに、あれ」とオーディエンスの女子の誰かがあきれたように言うのが聞こえた。

「今日このあと暇?」

「い……いや俺、ホラ、補習あるし……」

「つまんないの」メルはねたように唇を尖らせた。

 ……うーん、こういうことする子じゃなかったと思うんだけどなあ。調子狂うぜ。

「じゃあそのあとで一緒に帰らない? わたし待ってるから」

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