8-2

「こんなに腹いっぱいになったのは久しぶりだよ」

 スミスさんにごちそうさまを言って、俺とクリスは夜の住宅街を教会に向かって歩いていた。

 吐く息が白い。俺は兄貴のお古のファー付きモッズコートに薄手のスウェット一枚だが、暑いのは苦手でも寒さには強いから平気だ。クリスも、ワインが入っているからか、黒いロングコートに巻いていたマフラーをはずしている。

「おみやげまでくれるなんてね」クリスが言った。

 俺のポケットにはトウモロコシのマフィンが二個入っている。

「あの人はほんとにいい人だよな」

「お前は、ご飯を食べさせてくれる人はみないい人だと思っているんだろう」

 クリスが行儀悪く、コートのポケットに手をつっこんだまま、いつもより大きな笑い声をあげた。バアさんもクリスも、未成年には飲ませてくれないから、俺の分まで飲んで、酔ってるのかもしれない。

「否定はしないよ。えーっと、キリストの体、だっけ。あれって美味うまいの?」

 いつもミサで渡している小さな丸いパンを思いうかべる。

「おいしくはない。味もしないし」

「嘘だろ、じゃあそんなのをもらうために二時間もガマンしてるのかよ?」

 また聖書がらみのお説教がくるかと思ったが、今夜はその気はないらしく、クリスは肩をすくめただけだった。やっぱり酔ってるんだろう。

「感謝祭のあと、聖誕祭クリスマスまではあっという間だね」

 クリスの声はちょっとはずんでいた。

「私はクリスマスが一年で一番好きだな」

復活祭イースターじゃなくて?」

「イースターは毎年移動するからめんどうくさいんだよ。それに、生まれなければなにもはじまらないわけだし」

 そりゃそうだけど。

「十二月二十五日は、キリストの誕生日とはなんの関係もないけどね」

「そうなの?!」

「そうだよ」

 なんだこの神父は。

「もともとは、異教の冬至のお祭りなんだ……でもいいじゃないか、みんななんとなくうきうきして、クリスマスぐらいは神様のことを思い出して、ほかの人にちょっといいことをしようって気になるのなら、誕生日がいつだって」

 そういえば、クリスの誕生日はいつなんだろう。

「なあ、クリスの誕生日っていつ」

「十二月二十五日」

「マジで?!」

「嘘だよ」

 なんだよ、トシがバレるのが怖いのかよ。

「お前の誕生日は、たしか……」

「六月二十七日だよ」

「二十七日か……かに座だね。……ああ、今年はミスター・ノーランのことやブラウンさん親子の件でバタバタしていて、お祝いもできなかったね」

「べつにいいよ。生きてりゃ誕生日なんか毎年回ってくるんだからさ」

「かに座と相性がいいのは、双子座と、乙女座と……」

「……ねえ、その話題から離れない?」

 行きつく先が怖い。

「ミス・エーデルスタインにも、クリスマスのミサにはご両親と一緒にでも来てもらえたら嬉しいな、もし気にされないのならね」

 自分の娘にギリシャ神話の女神の名前をつける親が、ガチのユダヤ教徒だとは思えないんだけどなあ。

「クリスマスのミサは俺も楽しみだよ」と言うと、クリスは嬉しそうに微笑んだ。

 美しい誤解みたいだから黙っておくけど、クソ寒い中、真夜中すぎまで続く儀式を我慢できるのは、そのあとに出るお菓子が目当てなんだよな。侍者の男の子たちもそれは一緒みたいだし。もちろん、クリスの名誉のために言っておくと、赤ん坊が生まれたのをみんなでお祝いしてる様子を見るのはいいもんだよ――それがイエス・キリストじゃなくてもね。

「あのさ、チャリを買うためにお金貯めてるって言っただろ?」

「ああ」

「あのくらいのとしの女の人にあげたら喜んでくれる物ってなんだと思う?」

 クリスはいきなり足を止めて、俺の顔をまじまじと見た。

「……なんでも喜んでくれると思うけれどね」

「テキトーに答えるなよ。マジでわかんねーんだから」

 俺に祖母ばあさんはいなかったし、家の野郎どもは母の日になにかをプレゼントするような気の利いたやつじゃない。

「そうだねえ……たいていの必要なものはもう持っているだろうし……」

 星を数えるみたいに、クリスはちょっと上を向きながらまた歩き出した。

「ニックも少し出すべきだと思うんだよな。スミスの親父さんの腕を折ったのはあいつなんだから」

「……それなら私が出すよ」

 クリスの表情かおは酸っぱいものでも食べたみたいだった。

「クリスは悪くないだろ。気持ちはありがたいけどさ」

「じゃあ一緒に買いに行こうか。ひとりだと迷うかもしれないし、こういうのは意外と偶然の出会いがあったりするものだからね」

「忙しそうだけどいいの?」

 クリスは苦笑して頭を掻いた。

「うーん……一年で一番忙しいけどなんとかなるさ、ディーンが手伝ってくれればね」

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