7-2

「いらっしゃい、よく来てくれたわね」

 ドアベル代わりのドリームキャッチャーが澄んだ音を立てる。

 ドアを開けたレジーナが仮装していないのにメルはほっとした。

「わたし、ハロウィンが一年で一番好きよ」

 いつものようにハーブティーを淹れながらレジーナが言った。心なしか声がはずんでいるようだ。

「ワクワクしない?」

「え……ええ」

 ハロウィンは嫌いじゃない。子供のときは仲のいい友達と、同じアパートメントの部屋や、顔見知りの家を回って、元気よく「トリック・オア・トリート!」と叫んだものだが、この年になってみると、魅力的な魔女や、可愛らしい妖精や、いっそ不健康なまでに青白い顔のゾンビナースになれない女の子にとって、ハロウィンでのけ者にされるのは、一年のうち三六四日は表に出てこられない闇の世界の住人たちと立場が逆転するのと変わらなかった。

「レジーナさんは仮装しないんですね。その……魔女とか似合いそうなのに」

「それって、ゴヤみたいなのを言ってるんじゃなくて、ラファエル前派の魔女のことよね?」

 いかにもおどけた調子でウインクする。

「えっ、も、もちろんです!」

「そうねえ、なにせ、占い師なんて一年中魔女みたいな格好してるから。でも、今日のこれはおろしたてよ」

 そう言って、黒いシルクサテンのラップワンピースの胸元を撫でおろす。V字に深く切れ込んだネックラインから、ほっそりした鎖骨と形のいいふたつのふくらみが、下品にならないぎりぎりの範囲でのぞいている。左手の人差し指に、大ぶりのブラッドストーンの指輪が嵌められていて、そこにコウモリが刻まれているのがハロウィンらしい。

「あの、すごく似合ってます」

「ありがと。――それで、言ったものは持ってこられたの?」

「――あ、ハイ、でも……」

 ショルダーバッグの中からジップロックを取り出す。こんなことはばかげてる――と自分でも思う。ハロウィンだからって学校を休むのも、アマンダ・ラヴレースの落とした赤毛を拾って持ってくるのも。

「あの……こういうのってちょっとおかしいかなって思うんですけど……」プラスチックの袋を目の前のセクシーな女占い師のほうに押しやりながら言う。

「なにが? 学校をずる休みすること? それとも、意地悪なクラスメイトに魔法をかけようとしていること?」

「両方です。だってその、なんていうか、片方は悪いことだし、もう片方は……」

「馬鹿みたい?」

 メルはこっくりとうなずいた。

「あなたってほんと可愛いわね、メル。ねえ、こう考えるのはどう? 学校は自分のために行ってるんだから、自分が必要だと思ったときに休む権利がある。わたしが今日を指定したのは、どうせ今日はお祭り騒ぎで、誰もろくすっぽ授業を聞かないからよ」

 ブラッドストーンに散った深紅の斑点と同じ色のマニキュアをした手で、黒いテーブルクロスを撫で、蜂蜜酒ミードの瓶のような、どっしりとして首が細い、コルクで栓をしたストーンウェアの容器を取り出す。

「同級生に魔法をかけるのは……それしか方法がないからよ。あなたは彼女より年下だし、味方になってくれるような、力のある女友達もいない。みんな彼女に夢中だから。あなたはこれがおとぎ話みたいな方法だって思えるほど頭がいいけど、彼女はそうじゃない。そんな女に大きな顔されるのって、サイアクじゃない?」

 レジーナが、まばたきするたびに音がしそうなほど長いまつげにふちどられた目を大きく見開いて、呆れたような表情をつくった。

 メルは噴き出した。

「そうですね」

「今は中世じゃないし、ここは新大陸なんだから、魔法を使ったからってあなたを火あぶりにするような人はいないわ。それに、これはべつに直接的に相手に危害を加えるような魔法じゃない。どっちかというと、相手の持っているのと同じものをあなたに与えるものよ。だから安心して」

 現代の魔女は〈イヴ・サンローラン〉の口紅を塗った唇を、きれいな弓型にしてにっこりした。

「さ、あなたに意地悪をした――あなたがそうなりたいと思っているバカ女ビッチの名前を教えて?」

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