6-4

 数時間後。メルは〈Regina〉で、女主人を前に泣きじゃくっていた。

 予約もせずに訪れた彼女をレジーナは快く迎え入れ、気持ちが落ちつくというハーブティーを淹れてくれた。

 温かいお茶と、店内に漂う甘い花の香りアロマにとりまかれ、ようやく頭の痺れがとれてきたメルは、姉のような占い師にすべてを打ち明けた。

「あらあら、とんでもない神父さんねえ」

 マクファーソン神父とアマンダの秘密のくだりを聞いたレジーナは、官能的な唇に、フューシャピンクのフレンチネイルを施した人差し指を当てた。

「でっ……でも、本人の口から聞いたわけじゃないですし……それなのに疑うのは……」

「言うわけないじゃないそんなこと。あの人たちは、自分たちの不利になることにかけては牡蠣みたいに口が堅いんだから」

「そんな……信じられないです、だってあんなにきれいでやさしい人が……」

「馬鹿ねえ」レジーナは妹を諭すように言った。「きれいだろうとなんだろうと、男は男よ。自分の欲望には忠実なの」

 マクファーソン神父の名前を出すときだけ、バラの花びらのようになめらかなレジーナの口調にトゲが混じるので、この、恋に不自由したことのないような女性にも苦い思い出でもあるのだろうかと、メルはちらと思った。

「それに、案外、秘密があるのはその子についてだけじゃないのかもよ?」

「どっ……どういう意味ですか」

「あなたの気になっているお友達は、たしかその神父さんと一緒に住んでるって言ってたわよね?」

「はい」

 メルがきょとんとしているのを見て、レジーナは吹き出した。

「やあだ、わたしったら、あなたがてんでそういう方面にうといのを忘れてたわ」

「……? ディーンが神父さんに虐待でも受けているってことですか? もしそうなら通報しなきゃですけど、でもとてもそんなふうには……」

「虐待ねえ。まあその可能性もあるけど……あなたならわかるかしらね、“ギリシャ的な愛”よ」

 美しい唇を完璧な三日月型にして、レジーナはチェシャ猫みたいににんまりと笑った。

(えええ、まさか、それこそ嘘でしょ、ううん、でも、“テンプル騎士団の悪徳”のことを聞いてきたのはディーンだったし……それってそのつまりもしかして……)

 考えすぎて耳から湯気が出そうなメルに、レジーナがもう一杯ハーブティーをすすめる。今度ばかりは、飲み干しても、顔の火照りはなかなかおさまりそうになかったが。

「ひょっとしたら、タロットに出ていた、あなたを邪魔する人、っていうのはこのことを指していたのかもしれないわねえ。ま、所詮は占いだから、本当のところはわからないけれど」

「……どうすれば、いいんですか」

 メルは絶望的な気持ちになっていた。心配させたくはないから、両親には絶対に話せない。先生たちの大半は、活発で明るいアマンダの言うことを信じるだろう。シルヴェストル先生が、いかにお気に入りの生徒とはいえ面倒ごとに関わってくれるとは思えない。このうえマクファーソン神父とディーンまでなんて……人生はどこまで不条理なのだろう。

「そうねえ……」

 美しい女占い師はつと立っていって、飾り棚の上に置かれた素焼きのアロマポッドに手をかざした。

 彼女が手をひらめかせると、花の香りが強く、弱く、見えないダンスを踊っているかのように空中に広がる。

「わたしはただの占い師だし、あなたの保護者でもないから、直接力になってあげることはできないけれど……でも太古の昔から、か弱い女たちに残された方法はあるのよ。もちろん、力を求めるならそれなりの覚悟は必要だけど。座り込んで泣いているよりはいいでしょ?」

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