A knight in shining armor
4-1
眠気を誘う単調さで詩格について説明していたシルヴェストル教諭の声がぴたりと止まった。ホワイトボードと教科書のあいだを行ったり来たりするだけだった顔を、ざわつく生徒たちのほうへ向け、
「騒がしいな、君たちは。これだからアメリカには軽薄な散文しか生まれないというんだ。変に過剰に技巧に走って目も当てられなくなるか、無味乾燥でがさつな文章になるかのどちらかだ。ヨーロッパの先達を見習いたまえ」
なんでドイツ系が英語を教えてるんだよとささやかれるこの口うるさい教師に、みな亀のように肩口に頭をすくめる。いかに嫌いだろうと、必修科目なので、落とすわけにはいかないのだ。
「オスカー・ワイルド、ジョージ・バーナード・ショー、ジェイムズ・ジョイス、そしてアルフレッド・テニスンのうち三人に共通する事柄はなにかね、ミス・ラヴレース?」
アマンダは苦いものでも食べたような顔で、
「なんであたしに聞くのよ……。だって全員男だし、イギリス人でしょ、誰かひとりはアメリカ人ってことですか?」
教師は大げさに頭をふって、
「まったくアメリカ人というのは嘆かわしいな。ミス・エーデルスタイン、わかるかね?」
突然指名されて、メルは椅子から飛び上がりそうになったが、
「あの……ええと……最初の三人はアイルランド出身で、テニスンはイギリス人だったと思います。……違いますか?」
「そのとおり」ドイツ系英語教師は唇の端だけで笑うと、説明を再開した。
「――昔は一緒の教室にもいられなかったっていうのに、いい気なもんよねえ。あの石頭がえこひいきする理由はそこかもね」
終業のチャイムの最初の音ぴったりに説明を終えてシルヴェストル教諭が教室を出ていったすぐあとに、はっきり聞こえたセリフにメルはすくみあがった。
顔があげられない。膝の上に置いた両手が震える。クラスにユダヤ系は自分ひとりだ。自分が抗議したりすれば――できるとは思えないけれど――絶対、自意識過剰だって言われるに決まっている……。
ガタン、と音を立ててディーンが立ち上がった。
「あのさ」彼はまっすぐ、発言者のアマンダのところへ歩いていき、
「そういう悪口ってカッコ悪くね? なんか言いたいことがあんなら本人に言えば?」
思わず向けた視線の先で、美人の上級生の頬に血がのぼるのが目に入った。
「あ……あたしがいつ悪口言ったのよ! 大体あんたにはカンケーないでしょ!」
「あっそ。悪口じゃないならいいんだよ。俺もシルヴェストルの野郎は嫌いだけど、あいつが嫌ってんのは、成績と態度が悪いやつだからさ」
彼がそのまま教室を出たので、メルもあわててあとを追う。うしろからアマンダの視線が刺さっているように感じながら。
「ディーン、あの……っ!」
やたら足が速い彼の背中に声をかけると、ディーンはふりむいて片手をあげた。
「悪ィ、俺、次の授業体育なんだわ。もう行かねーと」
「……あ、うん」
まさか廊下の真ん中でありがとうと叫ぶようなドラマチックなまねはできそうにない。自分も次の教室に移動しようと、教科書とノートを抱えて歩きながら、頬がゆるむのをおさえきれなかった。
(どうしよう……絶対あの人に悪く思われたよね……。でも……でも……ああダメだ、ディーンにはきっとなんでもないことなんだろうけど……でも、すごく嬉しい)
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