3-3

「やれやれ、まったくお前は、とんだ教会チャーチグリムだよ」

 いつものように俺ひとりで教会の敷地外まで見送り――護送だ――する途中で、吸血鬼野郎はあきれたように言った。

「チャーチ・グリムってなに」

「教会墓地を守るために埋められた黒犬のことさ、お前みたいな」

「俺は犬じゃない!」

「どうして狼人間は犬扱いされると怒るんだ? 同じ系統だろう?」

 もしこいつが俺以外の狼人間を侮辱していたとしたら、今まで無事だったのが奇跡みたいなもんだ。

「イメージの問題だよ。あんただって、チュパカブラと一緒にされたら怒るだろ?」

 ニックは、チュパカブラがなんなのかわからないって顔をしている。俺は言ってやった。

「あとでググってみなよ」

 外に停まっていたのは、2シートの黒のアルファロメオだった。鏡代わりに髭が剃れそうなくらいぴかぴかに磨かれた流線型の車体は、セクシーといってもいいくらいだ。

「あんたがイタ車が好きなのはよくわかったよ。愛国心てのはないのかよ、ジャガーに乗るとかさ」

「最近の学校ではろくに地理も教えていないのか? 私はイギリス人じゃない」

「さっきのあんたの言葉、本気マジだよな?」

「なにが」

「魂の救いがどうのってやつ。クリスを襲ったりはしないんだよな?」

「お前じゃあるまいし」

「真面目に答えろよ。まったく、あんとき、どうして杭を抜いてやったんだろうって思うよ」

「そうかい、ではその恩義にむくいて真面目に答えてやろう」

 やつはじっと俺の目を見つめた。俺にはやつの催眠術は効かないから、俺に強制的になにかをさせることはできない。やつが口からでまかせを言ったとして、信じるか信じないかは俺次第ってことだ。

「マクファーソン神父にはああ言ったが、私は真剣に悩んでいる。べつに神父に義理立てしているからじゃない。もしこのまま一族の呪いを解く方法がみつからず、さらに何百年ものあいだ地上を彷徨さまようなら、見目がよくて教養があって気の合う相手と一緒のほうがいいに決まっている」

「最後の点についてはクリスは同意しないと思うぜ」

「そうかな」

「そうさ。大体あんたはストレートだと思ってたよ……」

 奥さんいる(いた)しな。

「私はどこも曲がってベントいないが?」

 ニックは心底不思議そうだった。こいつホントに古風……っていうかジジイなんだな。

「そうじゃなくて。男が好きなわけじゃないんだろ。クリスがあんたを家に入れたのは、しょく――ショクギョウテキリンリカンてやつからなんだからな」

「職業的倫理観ね。そんなむずかしい言葉どこで覚えたんだ。じゃあ聞くが、マクファーソン神父の騎士ナイト気取りのお前がご主人様を押し倒したのはどう言い訳するつもりなんだ?」

「だっ……だからそれは――!」

 俺の頭に血がのぼったのに、吸血鬼野郎は目ざとく気づいたんだろう。

「悩んでるな、少年。年長者からひとつアドバイスをしてやろう。誘惑を捨て去る方法はただひとつ、誘惑に屈することだけだ」

 そう言って、やつは大笑いしながらアルファロメオに乗って帰っていった。


「あいつなに考えてんだ。いきなり押しかけてきたと思ったら不吉なことばっか言うし、言うだけ言って自分は知らんぷりするし、挙句の果てに人をけ――けしかけるみたいなこと言うし!」

「ミスター・ノーランはお前をからかっているんだよ」

「それは、わかってるんだけどさー……」

 俺は目の前の皿をつついた。チキンとブロッコリーのキッシュは原形をとどめないほどボロボロになっている。クソ、ブロッコリーは嫌いなんだよ。

「でもさ、俺にもう少し力があったら――……ああ、違うよ、その、やつが言ってた、クリスの血がどうこうとかいう話じゃなくて……」

 と言いつつ、俺の目は勝手にクリスの首筋に吸い寄せられてしまう。

 ニックが約束を守っているせいか、やつが血を吸った痕はただれた傷口にはならずにふさがって、小さなふたつの丸いあざになっている。いつもは聖職者のカラーで隠れているけど、ふつうのシャツを着ていると、たまにちらっと見えたりして、キスマークみたいでドキッとする――いやいやいや、なに考えてるんだ俺は。

「食べ物を粗末にするのはやめなさい。それとも食欲がないのか? めずらしいな、いつもなら私の皿まで欲しがるのに――風邪でもひいたのかい?」

 いつのまにかすっかり空になった自分の皿を前にクリスが席を立つ。子供にでもするみたいに俺のおでこに手を伸ばして――

「――あ、明日テストなの忘れてた! 全然勉強してねーんだよ、皿洗ったらすぐ寝るよ。朝早く起きてやったほうがはかどるっていうだろ、だから!」

「それはべつに構わないが……?」

 俺はあわてて立ち上がり、テーブルの上の皿やカップをかき集めてシンクに放り込んだ。

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