2-2

 司祭館に戻るとディーンが帰ってきていた。

 シャワーを浴びたばかりのようで、濡れた黒髪から滴がぽたぽた廊下に垂れている。

「遅かったね、クリス。腹減ったー」

「……ひとの顔を見るなりそれか? いいから体を拭きなさい。それから廊下も。どこまで行ってきたんだ?」

 彼は郊外の国立公園の名前をあげた。車でないと往復しようとは思わない距離だ。

「前から思っていたんだが、それだけの距離を走れるなら、どうしてバスを使うんだい?」

 冷蔵庫から食材を取り出しながら聞く。

「いろいろめんどくさいからだよ」ディーンは腰にバスタオルを巻いたままの恰好でキッチンに入ってきて、水代わりに牛乳をピッチャーに注いだ。

 彼がこちらに背を向けると、首のうしろから背骨に沿って、おそらく尾骶骨のあたりまで、髪と同じ色の体毛の流れが続いているのが目に入った。肩甲骨の上にも生えていて交差しているので、奇妙な十字架のようにも見える。

 よく「うなじの毛が逆立つ」と言っているが、本当に存在しているんだなと妙に感心してしまう。

「一回、うちの車で学校ジュニアハイに行ったら、無免許運転でこっぴどく説教されたから。盗難車だってのはバレなかったからいいけどさ」

「なんだって?」

「そんなに驚くほどのこと? 俺、九つのときから運転してるよ」

 一パイントほどを一気に飲み干して、さらに二杯目を注ぐ。

「言ってなかったっけ? うちの商売はカーディーラーだよ。中古車の。そこそこ稼いでると思うな。だって元手はほとんどかかってないから」

「元手がかかってない?」

「うっかりしてる誰かの車をくすねてきて、名義を書き換えて売るんだ。下のふたりの兄貴がそりゃもうすばしこくてさ。あっという間に移動させちまうんだ。四番目の兄貴は書類を作る係。俺に高校行けって言ったのもその兄貴だよ」

「――それは犯罪じゃないか!」

「書類の偽造はそうかもね。だけど、車を簡単に盗まれるようなとこに置くやつがバカなんだよ。少なくとも俺たちは誰かをぶん殴ってってくるわけじゃないからね」

 ……もうどこから説教していいのかわからなくなってきた。

「……ディーン、お前は、自分の皿から食べ物を奪われたら怒るだろう?」

「当たり前だろ」容易に想像できるからか、ムッとしたように言う。

「それと同じことだよ。誰も傷つけていないわけじゃない」

「そりゃ俺だって、盗ったやつが目の前にいればそいつに復讐するさ。けど、誰だかわからなきゃ怒って終わり、それだけのことだろ?」

 思わず天を仰いで十字を切った。

 ディーンが顔をしかめる。

「それ、やめてくんない? 俺は悪魔じゃないんだぜ」

「すまない、癖みたいなものなんだ。……だけど、お前がミスター・ノーランの車のことをしきりに気にしていたのはもしかして……」

「ああ、あいつの車はいいよね。あれだけ金があるんだったら、一台くらいなくなっても気にしな――」

ダメだ」

 ディーンはいたずらが見つかって叱られた仔犬のように舌を出した。

「そう言うと思ったよ。安心しなよ、教会ここにいるあいだはそういうことはしないからさ。代わりにマウンテンバイクを買おうと思ってるんだよね。この夏休みのあいだに、芝刈りと犬の散歩の代行なんかで少し稼げたからさ」

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