第04話、水龍王の力を受け継ぐ少年、魔道学院へ復学する
「あれって生徒会副会長の
魔術剣を手にした者もいれば、手ぶらで校舎の外壁に寄りかかってだべっているやつもいる。彼らは
「魔道学院一の美少女とうわさされる
「いや、学院一位は成績だろ?」
うわさ話が聞こえた
「
「うん、やっぱりあんたすごいんだな」
「ほめてほめて」
俺の腕にすがりついてくる
「えへへ」
とくすぐったそうに笑った。だがその様子を見ていた誰かが舌打ちして、
「なんだあの真っ白い魔物みてぇなの。肩からツノなんか生やして」
と、俺を横目で見ながらとなりの男に耳打ちした。
「妖怪のくせして
小声で悪口言ってるつもりらしいが、こうもりのような俺の耳にはしっかり届いている。
「でも
「本人は美少女なのに、男の趣味が残念とは」
気の毒にあいつら、俺のこの姿の美しさが理解できないようだ。美的感覚のにぶいやつらにあわれみの視線を向けていると、
「ちょっとあんたたち、さっきから全部聞こえてるのよっ!」
となりの
と、なぜか頬を
「猫ちゃんみたいなちょっとつり上がった目も、笑うとのぞく牙も、すっごくかわいいんだからっ!」
両手のこぶしを握りしめてさけんだ。
「そんなこと言う
よっぽどかわいいぜ、と言いかけたとき、
「あの妖怪みてぇなやつ、もしかしたら今年度から復学するっていうヤツじゃ――」
「これからあんなのといっしょに学ぶわけ?」
学生たちのむれから意地の悪い声が聞こえてきた。
「そうやって
言うなり
「
「
どことなく間のびした男の声が中庭に響いた。
「ちぇっ、
木造校舎のうしろから走ってきた長身の男は寂しそうに、
「
「あらやだまさか」
満面の笑みで否定すると、俺の方に向きなおった。「
薄墨色の羽織りの背につややかな濃紺の髪を流した彼は、教授というより書生のような雰囲気だ。俺は背の高い瀬良師匠を見上げて笑いかけた。「
「夏に卒業した先輩から聞いてるぜ」
と答えたのは瀬良師匠ではなかった。熊のような
「おい、ちびくせぇ白いの」
おめぇがでかすぎんだよ。
「お前本当は二年前の卒業予定生だったんだろ? 卒業試験の旅に出たまま課題すっぽかして二年間学院へ音沙汰なかったんだってな」
実家には
「どうせ卒業課題がこなせずに逃げ出したんだろ? 落ちこぼれで友達もいなかったって先輩言ってたぜ」
そいつぁ否定しねぇが、いまとなっちゃあ過去の話だ。
「その後一体なにがあってそんなみっともねぇ化け物になったんだか知らねえが――」
「は? どこ見てんだよ。目ぇついてる?」
ここはゆずれない。本来バカを相手にするのは好かねぇんだが、俺は速攻言い返した。「てめぇのような凡人にはちと早すぎたみてぇだが、俺はただ美を求めてこの姿になったのさ」
いま思えば、魔道学院に通っても特別な存在になるどころか孤独が深まるばかりだった俺は、どうにかして自分を変えたかったのかもしれない。
「ちょーっと放してよ師匠!」
「ムカつく相手にぶっ放せなくてなんのための魔術よっ! あのだっさい
怒っていつもより高くなった
「ンだとこのアマァ! 顔がかわいいからって
熊みてぇな
俺は無言で、庭の
――水よ、
俺の意思にしたがって逆流した水が、間欠泉のごとく井戸から立ち上がったかと思うと、空から
「おぶぅっ!?」
聞き慣れない悲鳴をあげて校舎の方まで転がる。
「
「
学生たちがざわつく中、瀬良師匠も目を見張る。「
だがその言葉は立ち上がった熊っぽい男の嘲笑に中断された。
「ハハハ、おもしれぇ。化け物なのは姿だけじゃなかったか。ならこっちも本気で行かせてもらう!」
「いけない! よけて、
「我が魔力を喰らいて目覚めよ、
師匠がさけんだのと、熊が野太い声で吠えたのは同時だった。
闇をまとった魔術剣が迫りくる。
三方を
俺は微動だにせず、ただ心に念じる。
――結界――
その瞬間、
「うぎゃっ」
見えない何かにはね返されて、熊は大きく後ろへ飛ばされた。でかい体がぶざまに土の上をころがる。
「くそっ 腰打った!」
地面に尻をついたまま毒づく。「今度はなにをしやがった、化け物め!」
「いまの結界だよな? でもいつ呪文唱えてた?」
「それ言ったらさっきの水の術だって――」
「
学生たちのざわめきがしだいに大きくなるなか、
「オレはまだやられてねぇぇぇっ!」
はいつくばったまま絶叫すると印を結んだ。
「
「くっ、みなさん巻き添えをくわないよう、こっちに寄って!」
眉根を寄せた瀬良師匠は熊を止めるかわりに、
「――我が
完成した炎弾系魔術が飛んでくる。俺はその場に高下駄をぬぎすてると、両足で地面をけって猫のように舞い上がる。くるぶしから生えた小さな羽のようなヒレが白く発光している。ちょこんと一階のひさしに腰かけて見下ろすと、
「身体能力まで魔物並みじゃあ誰も勝てねえな」
という話し声。熊の野郎にも聞こえたんだろう。
「こんなとこでやられてたまるかぁ!」
顔を真っ赤にしてがなり立てた。「
「――なんてことを!」
師匠の切迫した声に嫌な予感がする。
「なにあれ!?」
大きく枝を広げた松の下で、
見上げると、暗い紫の炎が次から次へと出現してゆく。
ボッ、ボゥッ――
と不気味な音を立てながら、どんどん暗い炎が灯りだす。
「あんなのが降ってきたら学院の建物が――」
「いや、まわりの田んぼや民家だってただじゃすまないぞ!」
冷静に分析する者、悲鳴をあげる者、なかには瀬良師匠とともに防御術を詠唱する者もいる。
俺は空をあおぎ両手を広げると、大きく息を吸って気をためた。
「天空よ――」
一声、高く呼びかけると見る見るうちに黒雲が生まれ青空を
「けがれなき
祈るように語りかける。
ザアアァァアアアァァ……
激しい音を立てて、あたり一帯を土砂降りの雨が襲った。
う~ん、俺もびしょぬれだ…… 結界を張る余裕なんてとてもじゃないけど、なかったもんな。水のしたたる銀髪をかきあげて見上げれば、禍々しい炎はすべて消えている。ふぅっと
「助かった――」
誰かがつぶやいた。
「あの白蛇の化身みたいな子が助けてくれたの?」
「そうみたい。あの子、空に話しかけてたよ」
大きな松の下に避難していた学生たちが、一階のひさしに座って足をぶらぶらしている俺を見上げている。なんとなく照れくさくて、にっこり笑って手を振ってみる。俺は無表情だと目つきが悪いと怖がられるので、こういうとこちぃとばっかし気にするんだ。
「あの子、笑うとかわいいかもね」
「
そんな子猫みてぇなことがあるかよ。屋根の上の俺を見上げる
「あっ、
「ほんと。
そう言うとふところから出した手ぬぐいで、俺のぬれた髪をやさしくなでた。されるがままになっていると、ふと手を止めて俺をみつめる。
「ん?」
ちょっと首をかしげる俺。
はぁぁ!? かわいいんだが!?
「素晴らしいですね!!
がばあっ!
と、うしろから誰かが抱きついてきた。
「ちょっとやめてよ!」
師匠…… あんたか。おっさんに抱きつかれても全然うれしくないんだが。
「
「呪文詠唱もなしに水の精霊を従わせたり、結界を張ったりできるとは―― きみのおかげで魔道学院の学生たちも教職員も助かりました!」
「じゃあ俺、復学試験合格かな?」
頭をうしろに倒して見上げると、満面の笑みを浮かべた師匠と目が合った。「当然です! きみがこの学院に復学してくれて本当に感謝していますよ!」
やったぜ! かつては劣等生として送った魔道学院生活、最強になって戻ってきたいま、もう一度やり直せるとは。めいっぱい楽しんでやる!
「
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