第03話、はじまりの朝
「起きて――」
誰かが耳もとでささやく。少しだけ冷たい指先が、ふわりと頬をかすめる。
「
少女の華やいだ声に、俺の意識はゆっくりと目覚めてゆく。重いまぶたをわずかに持ち上げると、となりに寝そべった
「透明できれい……」
ん? そういえばなんで
「水晶みたい」
ちょんちょんと指先でつつく姿は好奇心旺盛でかわいいのだが――
「
「うわわっ! ごめん、起こしちゃった! いや、起こしにきたんだった!」
ここは王立魔道学院の学生寄宿舎。魔術を
「
やわらかい朝の光の中、
そのうしろ、開け放した障子戸の向こうには秋の庭が広がっている。誰かが練習で術をかけたまま解き忘れたのか、紅葉した
朝から元気な
「二度寝しちまった」
くしゃっと前髪をかきあげる。寮の食堂で朝食をとったあと、部屋に戻ってちょっと横になったのだが―― となりの寝台はすでにもぬけのから。同室の寮生はとうに出かけたようだ。
寝台の上で目をこすりながら俺は、はたと気付いた。
「おい
一階のいちばん入り口に近い部屋とはいえ、女の子が入ってきちゃまずいだろ!
「だって桜の木の下で待っててもいっこうに来ないから、もしやと思って見に来たのよ。そしたらやっぱり寝てるんだもん!」
桜の木とは寮の庭――男子寮と女子寮の分かれ道に枝を伸ばしている大きな木のことだろう。今はどの葉も
「いや、時の鐘が鳴ったら出ようと思ってたんだよ。その証拠に俺、着替えてるじゃんか」
と言っても袖なしの
「着替えたまんま、しっかり寝てたじゃない」
と、ジト目を向ける
「試験ったって授業前にちょっと腕前見るだけだろ? 形式的なものだから大丈夫だよ」
「むしろ
いたずらっぽく笑って、俺の寝台からすとんと降りた。
「
姉のように世話を焼いてくるが、
「それにしても
訊いてもいないのに自分の話をする
「
俺はやわらかい銀髪をふわりとかきあげ、
「生来の
「なんかカッコつけてるけど、呪文を覚える労力が少なくてラクそう、とか思ったんでしょ」
「くっ」
思いっきり図星だ。俺は
だがそれも過去の話。今の俺が呪文を唱えて本格的な魔術を組み立てたら、学院の建物が吹き飛ぶかもしれねぇ。
「ほら、行きましょっ」
片手に巾着袋をさげた
「あんときゃあ非常事態だったからな……」
「なんの話?」
「なんでもねぇよ」
「そうそう、あたし生徒会やってるんだけど
「めんどくせっ」
反射的に本音をもらした俺に、
「めんどくさくないわよっ。楽しいから。ねっ」
なんでこんなに誘ってくるんだ? なにか裏でもあるんじゃねえか?
「
上目づかいにみつめる瞳は、赤みがかったあたたかい茶色。朝の陽ざしにきらめいている。その魅力的なまなざしに俺は思わず首をたてにふった。「じゃあ手伝える範囲でな」
「やったぁ!」
よく通るその声に、時を告げる鐘の音が重なる。
「もうそんな時間!?」
「復学試験は実技だから中庭ね! 直接行くわよ!」
「魔道学院の庭って普段から結界が張ってあるんだっけか? 魔術稽古ができるように」
「そうよ。学院の敷地は街から離れてるけど、学生の魔力弾がまわりの田んぼ焼いたらまずいからねっ」
息を切らせながら説明する
「どしたの!? ――きゃっ」
俺はしゃがむと同時に彼女を抱き上げ、空へ舞い上がった。
「走んのきついだろ? 飛んでくぜ」
「でも
「そういうこと!」
俺はにっと笑って、彼女を支える腕に力をこめた。秋の澄んだ空気の中、小さな鎮守の森をこえて魔道学院を目指す。俺たちの新しい生活を祝福するかのように、小鳥がさえずっていた。
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