叩かれた夜は寝やすい
鎌崎は時計を見る。待ち合わせぴったりの時間にその姿は現れた。
朝臣は高校の頃より身長が伸び、ヒールを履いた鎌崎と同じくらいだったのが、余裕で越されてしまっていた。自分にもあったはずの成長期をよく思いだすことが出来ず、振り払う。
「お待たせしました」
「ううん、時間ぴったり」
「すみません、突然」
「それは良いけど」
優夜をパスタに誘った日、朝臣は居なかったが、その後朝臣から「スイーツビュッフェ行きませんか」と尋ねられた。
聞けば、優夜から割引チケットを貰ったという。なるほど、そこで何かあったんだなと鎌崎探偵はピーンときた。
「優夜は誘わなくて良かったの?」
「断られました」
だろうな、と言いながら鎌崎は思った。優夜が断ったお鉢が鎌崎へ回ってきたのだ。
揃って歩き出す。某有名ホテルのスイーツビュッフェということで鎌崎は食い気味に行くと返答した。鎌崎はきちんとした大人なので、朝臣の話を聞くという目的がついで、ということはなくも、無い。
ホテルのレストランへ着くとすぐにテーブルへ通された。辺りの景色が一望できる良い席で、夜ならば夜景が綺麗なのだろうと想像できる。
優夜が見たら何と言っただろう、と朝臣は少し考えた。
「今更なんですけど、小塚さん良いって言ってました?」
「羨ましいとは言われたけど」
「報復されたらどうしようかと」
「フレンドリーな人だからそんなことしないわよ。寧ろ仕事じゃなかったら一緒に来よう勢いだったから」
実際、朝臣は鎌崎に割引チケットを二枚とも差し出すつもりだったが、小塚は月末まで海外に居ることを聞いて誘った。ある意味、優夜の言った"他の子"が鎌崎になってしまった。
テーブルに着けばすぐに鎌崎はスイーツを取りに立ち上がる。朝臣は荷物番をしていた。周りの客層は様々で、友人同士、家族やカップルが目に入る。
戻ってきた鎌崎と交代で朝臣も食事を取りに行った。
「え、あーなるほどね」
「優夜さん、何か言ってましたか」
鎌崎は朝臣から割引チケット事件の顛末を聞き取り、一瞬宙を仰いだ。
「その話は何もしてないけど。優夜って、嫌な気配を感じ取ると急に線をバッて引くことあるのよね」
「すごく分かります」
「それまでは隣に並んで、何なら肩組み合ってたじゃない? って仲だったのに」
「すごく分かります」
朝臣は強く頷いた。鎌崎もまさか優夜のあるある話を誰かと出来るとは思わず、笑う。
「……優夜も勘付いてると思うから言うんだけど、あたしが朝臣くんを誘うの、優夜が最近絵をまた描いてないからなのよ」
この前、優夜には朝臣のことを友人だと言い放ったのだから、流石にここら辺で腹を割らないと不平等だろう。鎌崎が言うと、朝臣はフォークを止めた。
「朝臣くんは優夜のどこにあるのかよく分かんないスイッチを押してくれると思って」
「俺も優夜さんのスイッチの場所、知りたいくらいです。寧ろ引かれてますし。やっぱり嫌がられてる感じがします」
「そう? あたしには……」
巻き込むなよ、と優夜が言ったのを思い出す。
大事にしたいから、大切にしたいから、そんなことを言ったのでは。もう成人して大学を卒業して社会人になった朝臣は世間一般から見ても、もう子供という立ち位置ではない。
優夜なりに朝臣のことを考えているのだ。これからの、未来のことを。
しかしそれは朝臣にきちんと言葉で言わなければ伝わらないし、鎌崎が回り込んで説明したところでこの二人がどうにかなるとは思えなかった。二人とも鎌崎にとってかけがえのない友人なので、揃って仲良くしてくれれば万々歳だと思うだけで。
「……野生動物なら追い詰めて吐かせるのも手のひとつよね」
「どうしたんですか、突然」
「逃げる優夜にムカついてきちゃって」
ふふふ、と不敵に笑う鎌崎に朝臣にもわかるような異様なオーラを感じた。追い詰めて吐かせる方法は聞かないでおくことにする。
朝臣はポテトにフォークを刺して口に運ぶ。確かに美味しい。優夜も来て食べれば良かったのに、と考える。
鎌崎と三人で行こうと言えば、来ただろうか。
あの時、他の子と行けと言われて、今の鎌崎同様ムカついた自分がいた。昔ならそれを素直に伝えられたかもしれない。他の子と行けなんて、言わないで欲しかった。チケット二枚を見せられた時点で、優夜から誘われるかもしれないという期待が浮かんでしまったからだ。
しかしそれは優夜には関係のない自分勝手な都合だ。そんなことに拗ねて、鎌崎を誘ってしまった。
「あ、話変わるんですけど、ブーケのイメージあります?」
「特にないわねえ。投げないし」
「色とか、希望は」
「おまかせで」
「鎌崎さんは……ピンクですかね。白を基調にピンク混ぜる感じで」
その言葉に、鎌崎がぽかんと口を開けたまま止まる。何かあったか、と朝臣も止まる。
「嫌ですか、ピンク」
「ううん、驚いて。あたし一着もピンクの服って持ってないのに。優夜から聞いたとか?」
「いえ、そんな話は一度も」
「あのね、優夜と最初に話したときも、あたしがピンクのハンカチを落としたときだったのよ。それを男子にからかわれたところに、優夜が助け……いや乱入ね、入ってきて」
思い出し、笑う。そんな鎌崎につられて、朝臣も笑った。
「しそうですね」
「それから、男子を黙らせて、ハンカチを拾ってくれて……自分の濡れた手を拭いたのよ、あたしのハンカチで」
静かに笑っていた朝臣が肩を震わせ顔を伏せた。
「信じられないわよね。絶対ボケてもこれは忘れないわ」
「それどうしたんですか」
「返してきたわよ。好きなものなら大事にしろって」
言いそうだ。朝臣が顔を上げて、息を吐いた。
「あたし、ピンク好きなの。だから、ブーケに入ってたら嬉しいな」
思い出を懐かしむような笑顔に朝臣は静かに頷いた。
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