第17話:影絵で遊ぼう

 非常にマズい状況だ。

 前方を巨大な三輪車トライクに阻まれ、その三輪車トライクが吐き出す炎が後方への逃げ場を潰す。

 さらにハッキングによって、こちらのカーステレオをくだらないラジオ番組ごっこで乗っ取っている。携帯電話もまたジャミングされており、外部への通信は遮断されてしまった。

 

 つまりリキヤもカヲルも、止まることすら許されないままこのハイウェイのドライブに付き合うしかない。

 その上で、向こうからは攻撃し放題だ。空を飛び回るカゲロウ男と、影絵で襲い掛かるオオカミ少女。どのみちこちらには逃げ場は無いので、一気に仕留める必要はない。少しずつ、しかし着々と、こちらのリソースを削っていくことだろう。


 唯一残された道は、前方の三輪車トライクを追い抜いてしまうこと。前にさえ出てしまえば、この包囲から抜け出すことができる。

 とはいえ、それも簡単な話ではない。三輪車トライクのエンジンは、元々不整地を走り回るだけのパワーを持っている。その上で、単純な質量では一般の乗用車程度なら体当たりで弾き飛ばせる程度はある。こんな化物と勝負して追い抜くというのは並大抵のことではない。


「ボクが出る! イナバもついてきて!」


 そんな危機的状況を把握し、真っ先に動いたのはコッコだった。

 シートベルトを外して、助手席のドアを蹴り開ける。


「待ってくださいコッコさん! 敵の異能イレギュラーの正体が掴めていません! 外に出るのは危険です!」


 カヲルがコッコを引き留める。

 確かにこの状況。敵からどんな攻撃が飛んでくるか全く予測できない。迂闊に一人で戦おうとすれば、カバーもフォローもできないままやられてしまう危険がある。


「だからだよ。このままひと固まりになって『防御』することを選んだら、状況はもっと悪くなる。ジリー・プアってやつだ」

「完全に追い込まれる前に、奇襲を仕掛けて逆転を狙うと?」

「違う。むしろ逆だよ。もっともっと、状況を追い込むんだ。自分から不利に飛び込んでいく。そうすることによって、均衡を崩すんだ」


 一か八かの、博打ではない。

 現状の、敵にとって有利なまま固定されてしまった均衡を崩しにかかる。3対7という不利な状況を、1対9にまで追い込む。そうやって状況を動かすことで、敵の作戦に綻びを見出すことができる……というわけだ。

 尋常の戦術ではない。

 そもそもそれすら敵の予測の範囲内で、状況を動かしたところでその連携に『綻び』など生まれないかもしれない。そういう可能性もある。


 だが。

 そういう戦術こそ、コッコの『先生』がいかにも好みそうな考え方だ。


「……承知しました。ではコッコさん。ご武運を!」

「お願いね。カヲルさん!」


 コッコは助手席のドアから飛び出し、祈祷機プレイヤーにディスクを挿入。霊子外骨格アーキタイプを起動。

 選んだのは当然。槍騎兵型霊子外骨格アーキタイプ、OZ-01 Leo。

 踵に装着された拍車が鋭く回転し、ハイウェイの路面に嚙みつきながら加速する。Leoの最大速度は時速120kmを超える。前方を走る三輪車トライクにだって十分追いつける。


「しかし、目標マトはどいつにする!? カゲロウか? オオカミか? あるいはリキヤの護衛に行くか!?」


 俺ことイナバはそんなコッコの背中にしがみつきながら、周囲の轟音に負けないよう叫んで聞かせる。

 カゲロウ男のトーズはこちらを遊撃し、じっとりこちらが消耗するのを待っている。オオカミ少女のケツズは影で自身を護りながら通信障害を起こしている。どちらを倒すか、あるいはどちらも倒さずリキヤの護衛に集中するか。


「簡単! 三輪車トライク運転手ドライバーを叩く! 番組プログラムに文句があるなら、まずディレクターに聞かせてあげるべきだからね!」


 言いながらコッコは加速し、リキヤの車を追い越し、まっすぐ三輪車トライクへ突っ込んでいく。

 そう。この包囲そのものが、ディレクターでありサンズリバークランのリーダーである角竜族ケラトの男。カズを倒せば全部終わるのだ。

 狙うなら、玉を狙う。


「突っ込んでくる……! キツネさんお願い!」


 そんなコッコの様子を見たケツズは、左右の手でキツネを作った。

 すぐに路面にいくつものキツネの影が映し出されて、疾走するコッコを迎え撃とうとする。キツネならば片手でも作れるため、より素早く多くの『影絵』を作り出すことができる。


「生半可なナイトにはマネできないフラッシュ!」


 しかし影絵のキツネたちがコッコに襲い掛かる直前。コッコは黄昏のレンガ道イエローブリックロードを繰り出し、その金色のブロックを一際強く光らせた。

 ブロックは一瞬だけだが昼間の太陽のように輝き、地面の影をかき消した。

 それらは当然、ケツズが作り出したキツネの影も含まれている。どうやら、実体化する前であれば影絵は強い光で消してしまえるらしい。


「……! こんなにも早く、影のみんなの弱点を見切るなんて!」


 新しい影絵を作りながらも、ケツズは戦慄する。

 彼女の異能イレギュラー影絵遊びシャドウプレイ。自身の作り出した影絵に『かりそめの命』を与え、実体化させることのできる異能イレギュラー

 だが影の状態で走っている際は、強い光に弱い。だからこそ、一度に大量の影を作り、隙を作らない波状攻撃を行うことでカバーしていたのだ。

 

 アナトリアの騎士は異能者イレギュラーとの戦いに慣れている。

 それは彼女ら騎士が異能者イレギュラーであり、普段から様々な異能者イレギュラーと訓練を行い、対策を学んでいるからだ。


 そして自身の異能イレギュラー の応用にも優れている。

 コッコは金色のブロックを中空に置いて、これを踏み込んで跳躍する。次々に空中にブロックを置き、三段跳びの要領で、空中から一気に三輪車トライクの運転席まで接近する。


「ディレクター! 危ない!」


 ケツズが悲鳴を上げる。

 しかし当の本人。カズは至って落ち着いていた。ハンドルを握ったまま、三輪車トライクの操作と後方への火炎放射に集中していた。

 上空から近付くコッコを、見てもいない。


「一気にいかせてもらうよ!」


 三節槍を取り出し、空中で回転させて遠心力をつけるコッコ。

 その刃を、カズの脳天に向かって振り下ろす。

 ハズだった。


「……ぅがっ!?」


 衝撃。

 空中にいるコッコが、撃ち落とされる。

 攻撃が届く寸前で。コッコは自身の腹に衝撃を感じたかと思うと、身体をくの字に曲げ、逆方向へ吹っ飛んでいた。

 そのままハイウェイの路面へ墜落し、ゴロゴロと転がっていく。

 

「今のは……!?」


 何も見えなかった。

 正面から何かがぶつかったように感じたが、それ以外は何も認識できない。カズが何かをしたかもしれないが、予備動作すらも見えていない。全く不可視の、想定外の角度からの攻撃だった。


 しかし混乱してばかりいられない。

 コッコは転がりながらも体勢を立て直し、再び拍車での走行に移ろうとする。


「転んだところに追い討ちを仕掛けるのを……許してください……」


 そこに影達が一斉に実体化し、襲い掛かる。

 ハトであり、イヌであり、ウサギでありヘビ。

 厚みの無い真っ黒な動物たちが、かりそめの質量でもってコッコをついばみ、噛みつき、飛び掛かり、絡みつこうと襲い掛かる。


「させません!」


 そこに。銃声。

 カヲルが運転席からオートマチック拳銃を突き出して、発砲。影絵達を牽制する。

 直接当たらずとも、影絵達の動きは銃声そのものでわずかに鈍った。その時間でどうにか、コッコは体勢を立て直すことに成功する。


「なるほど……こいつら、遠隔操作じゃなくて自律行動型か……」


 敵の異能イレギュラーについてだいぶ見えてきた。

 影絵の異能イレギュラーは一瞬で多数の群れを作るコトができる。が、影絵の一つ一つは『かりそめの命』を与えられたに過ぎず、ごく単純な命令しか理解できない。一つ一つの影絵をコントロールすることは不可能で、影絵達はそれぞれ『自分勝手』に行動しているのだ。

 

『さすがアナトリアの騎士。異能への対応が早い! そちらの燕尾服のお姉さんもやるじゃないか! だがそれだけでは俺達を倒せはしないぜ?』


 カーステレオから、DJ気取りのトーズの声。

 彼はカヲルのクルマの周囲を飛び回り、両手でバタフライナイフを弄んでいる。挑発している。


『ケツズ! この際出し惜しみはナシだ! もっともっと、かっこいい所見せてやろうぜ!』

「うう……許されました……じゃあ、じゃあ……許してください……」


 ケツズは相変わらず座ったまま、影絵を路面に映した。

 その影絵は、カニ。

 ただし、それはどんどん、路面の上で大きくなっていく。クルマの大きさを超え、三輪車トライクの大きさをも上回り、さらに大きく。

 そして、実体化する。


『カニはカニっとしていて、かっこいいよなあ!』


 ハイウェイそのものを塞いでしまうような大きさの、影絵のカニ。

 八本の脚をワシワシと動かししつつ、俺達を見下ろしていた。

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