火途、刀途、血途

第16話:地獄のハイウェイ

 全地形対応車型霊子外骨格アーキタイプYA-06 CHARON。

 リベリオン軍の偵察隊が使用する目的で開発された搭乗する霊子外骨格アーキタイプだ。個人が装着する形にしなかったのは、部隊の仲間を同時に輸送する目的もあったからだと思われる。今のカヲルが使っているスポーツカーと同じ理由だ。


 ただし。通常量産されているそれと比べて、だいぶ改造されているように見える。そもそも元のCHARONは隠密性を重視し、普通の乗用車と変わらないサイズだったハズだ。こんな。戦車かトレーラーかと見まごうようなバカみたいな大きさではない。

 動力だって。コッコのLeoと同じく霊子モーターが採用されていたハズだ。内燃機関を唸らせ、マフラーをタケヤリのように突き立てた攻撃的なデザインだったわけはない。


 憲兵隊が霊子外骨格アーキタイプと断定できなかったのも無理はないだろう。

 元型師アーキテクトである俺だから、フレームから構造的な共通点を見つけられただけで、実質的にはほぼ別物と言える。


『あらためましてこんばんは! サンズリバークラン、パーソナリティのトーズだ!』


 やかましくユーロビートが流れるカーステレオに、じりじりした声が混じる。

 おそらく霊子的なハッキング。特殊な霊波を流して、霊子機器を乗っ取っているのだ。


「え、何……!?」


 そして後部座席のマータが、小さく悲鳴を上げる。

 いつのまにか。本当に何の前触れも予備動作も無く。蜻蛉族ドラフライの男が後部座席に座っていた。

 蜻蛉ドラフライの特徴として頭部に大きな複眼を持ち、背中から透明な翅と、尻尾が伸びている。翅の邪魔になるのか上半身は裸で、レザーパンツだけを身に着けていた。

 しかし。口の構造は小さく退化している。『トンボ』より少数の『カゲロウ』と呼ばれている氏族トライブだ。


『この口ではダイナミックに喋れないんでね! 喉に霊波トランスミッターを仕込んでいる! このクルマ、いいステレオを積んでるようだな!』

「こ、この……! 出ていけ!」


 マータが腰のナイフを抜き放ち、トーズの頭に向けて、逆手で振り下ろす。

 だが刃が突き刺さったのは、やわらかいシートでしかない。


鯱族オルカの子のナイフはダークスティール製かな? 元気なゲストが来てくれて嬉しいねえ!』 


 相変わらずステレオから流れ続ける声。

 当のトーズはというと、既に社外に移動していた。ドアの窓に張り付き、中の様子をその複眼で覗いている。

 飛行偵察兵型霊子外骨格アーキタイプYP-08 ORPHEUS。身体の各所に設けられたイオンクラフトを利用し、静穏性を保ったまま飛行が行える霊子外骨格アーキタイプだ。

 トーズはこれを利用して浮遊しており、カヲルのスポーツカーに張り付いている。


『この番組プログラムでは、毎回ゲストの皆さまに俺達が味わった、恐怖と! 飢餓と! 罪悪を楽しんでもらっている! イカれているだろう?』


 ちゃきちゃきちゃき。と。トーズは両手にナイフを取り出した。

 グリップが二つに分かれたフォールディングナイフ。要するにバタフライナイフだ。これを親指人差し指に引っかけて、くるくると回して弄んでフリップいる。


「コッコさん! お胸を借ります!」

「え、何!?」


 対応するまでも無く、カヲルが左手で拳銃を抜き放つ。

 そして助手席に座っていたコッコの胸にグリップの底を押し付け、銃身を固定。そのまま発砲する。

 銃声。銃声。銃声。

 ドアのガラスが蜘蛛の巣状に割れて、銃弾を吐き出す。


 だがやはり、窓の外のトーズには当たらない。彼は直前で身を捻らせて、スポーツカーの屋根側に逃れて銃弾を躱した。


『いいねいいね! 女の子三人でも勇気百倍って感じだ! 今夜はその調子で盛り上がっていこうぜ!』


 相も変わらず流れ続けているユーロビート。

 そのリズムに合わせ、天井から無数のナイフが突き刺さる。

 エーテリウムによって生成された、様々に色を変え、輝きを放つ刃だ。サイリウムか何かのように、暗い夜には目立つことだろう。

 当然。光るナイフ自体には何の戦術的優位性タクティカルアドバンテージも無い。


「クルマ自体はレプリカですが……おちょくられるのは腹が立ちますね……」

「でも楽しそう……」

 

 苦々しげに銃を持ったまま運転を続けるカヲルと、ほんの少しだけテンションが上がってきたコッコ。

 マータは周囲に『耳』を向け警戒している。

 しかしどうも、あのトーズの気配を上手く感じ取ることができない。上にいるようにも後ろにいるようにも感じるし、あるいは下にすら思える。ハイウェイで自身も移動しているからか、音響探査エコーロケーションも精度が悪くなっている。


『さあ! ゲストさんにはウチのスタッフも紹介してあげよう! 構成作家のケツズだ!』


 かと思えば、トーズは三輪車トライクの後部座席で、仲間の犬狼族ハウンドの少女の傍らにいた。

 身体にぴったりとしたレザースーツを身に纏っているが、膝を抱えてうずくまっている。耳を垂れさせ、尻尾も丸めて、外界から自身を遮断しているようにも見える。


『ふええ……許してください……許してください……あなた達をやっつけないと、お金が貰えないんです……』


 ただ目だけは、リキヤやカヲルのクルマを見下ろしていた。

 

『お金がないと、ご飯も買えないしお布団で寝られないんです……けど、戦うのも怖いから……できれば投降して欲しいです……アクセスキーを渡してください……許してください……』

『ハッハ! 俺達の番組プログラムを『影ながら』盛り上げてくれる優秀な構成作家さ! さて、もう一人のゲストのリキヤ氏はどう思うんだい?』


 丸まっているケツズの肩をばしばしと叩き、トーズはリキヤに水を向ける。

 それに対しリキヤは、コンパクトカーの屋根から突き出た首を、横に振った。


「アクセスキーは渡せないよ。オイラは個人主義で自由主義だからね。キミたちのような反社会的な傭兵には渡せない」

『許してください……ダメですか? ダメなら……戦ってもらいます……』


 ケツズは膝を抱えていた両腕をほどく。

 そして両手を90度の角度で重なるようにして、片方の指を折り曲げ、てのひらをつつみこむ。

 つまり、影絵遊びで『犬』を作った。親指が耳になり、伸ばした小指が下顎になる。


 そしてケツズの作った影絵がアスファルトの路面に映し出されると、それらはひとりでに動き始めた。数を増やし大きさを増して、あっという間にリキヤのコンパクトカーもカヲルのスポーツカーも包囲してしまう。


『ワンちゃん。噛んでください』


 そして影が一斉に地面から飛び出し、厚みを持って実体化。クルマのボディのあちこちに噛みついてきた。

 影の黒い牙が、各所にめり込む。へこませて、穴を開ける。

 頭を出していたリキヤも、慌てて首を引っ込める。しかしわずかに間に合わず、耳を少し齧られてしまった。危うくハンドルをとられそうになるが、気合で持ちこたえる。


「かりそめの生命を、一時的に実体化する異能イレギュラーですか……!」


 ほんの数秒で、実体化した影の犬たちは霧散して消えてしまった。

 だがもちろん脅威は去っていない。ケツズの霊力フォースはそれだけで終わるはずもない。ケツズはこちらの様子を伺ったまま、次の影絵を考えている。


「だから街中でやり合うのはごめんなんだ。こんな異能イレギュラーで暴れられたら、都市は大惨事になってすぐ逃げられなくなってしまう!」

「ハイウェイでも相当だと思うけど!」

「オイラが逃げられればそれでいい! コッコちゃん! 頼むよ!」


 恥も外聞もなくうそぶくリキヤ。自分のことしか考えていない。

 しかしこの状況なら、自分のことだけでも考えてくれるだけありがたいだろう。考えるべきことはシンプルな方が良い。


『そう! 逃げたいならウチのディレクターのマシンを抜いていかなきゃいけないな! それができればの話だけど!』


 カヲルのスポーツカーとリキヤのコンパクトカーの前を走り続ける巨大な三輪車トライク

 ハイウェイの車線を塞いでいるこいつを追い抜いていかない限り、状況から逃れることができない。


 そして三輪車トライクのマフラーから、炎が吐き出される。

 それは放物線を描いて、リキヤの頭を飛び越えた。背後の路面で弾けて、一気に燃え広がる。

 つまり。これで逃げ道は断たれた。急停車して逆走で逃げるという奇策も、こうして炎で道を塞がれてはどうしようもない。


「また会ってしまったなあ。お嬢さんマドモアゼル。友達も美人さん揃いじゃ無いか。嬉しいねえ」


 三輪車トライクのハンドルを握る、角竜族ケラトの男。頭飾りフリルはあっても角はなく、目をゴーグルで保護している。首にはマフラーを巻いて、レザージャケットを羽織っていた。


「カズさん! ボク達は美人ってだけじゃなく、結構強いけど! それでも退いてくれないかな?」

「素晴らしい! 美人な上に強いのか! 戦ったとしても、死んでいったりしないのかい? ワシを置いていったりしないのかい? 嬉しいねえ! 嬉しいねえ!」


 すばん! ずばん! と。

 三輪車トライクのマフラーから炎を吹かせて、ハイウェイにますますエンジン音が高く響く。

 

『さあ! オープニングトークはこれまでだ! ゲストとの、楽しい楽しいゲームをはじめていくぜ!』

 

 カーステレオから流れるBGMが、ハードロックに切り替わる。

 そして夜のハイウェイを舞台に、戦いゲームが始まった。

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