第13話:Don't Stop Me Now

「店長! ミルクセーキ! ミルクセーキ頂戴……って、あれ?」


 そして話はここに戻る。

 店に入ってきたコッコと、チンピラを打ち倒したカヲルが、鉢合わせになる。


 カヲルにとっては。自分に絡んできたチンピラを斬り伏せた所に、少女が現れた形。金色のタレ目からは少し幼い印象を受けるし、こんな『ガラの悪い』バーには不釣り合いにも見える風貌。しかもノンキにミルクセーキなど注文している。喫茶店じゃあるまいし。

 

 コッコにとっては。情報収集のために訪れた店で、刀を持った人間族ヒュームの女性と出くわした形。一応、バーの中では武器を抜くことは禁じられているハズだ。しかし女性の足元には、魚族サハギンの男が四人倒れている。とりあえず死んではいないようだが、立ち上がることはできそうにない。


 本来なら、慎重な判断が求められる状況。

 されど。ここはイズモタウン。

 敵か味方か。危険か安全か。戦うべきか逃げるべきか。一瞬の判断が生死を分かつ。判断を誤れば死ぬし、迷って決断できなければやはり死ぬ。

 

 その時。ジュークボックスから流れる曲の調子が変わった。

 古いロックであることには変わりない。ピアノ演奏を中心とした軽快なメロディに、高らかに伸びる男性ボーカル。

 それがきっかけになった。

 

「……!」


 先に動いたのはコッコ。

 カヲルから視線を外さぬまま、ディスクを腰の祈祷機プレイヤーに挿入。これを再生する。

 空気中のエーテリウムが光の線を引き、線が交差して面となり、絡まりねじれて体となる。そんな風にワイヤーフレームで生成されたのは、コッコの騎士剣。

 

 しかしそれを認めたカヲルも、黙って見てはいない。

 抜刀した刀を両手に持ち替え、コッコへ接近する。

 

「……はぁっ!」


 コンタクト。

 カヲルは刀を上段から斬りかかると見せて、直前で身体を深く沈めた。そのまま低姿勢になり、コッコの胴を薙ぐように振り抜こうとする。

 駆け声も構えも含めてフェイント。上段からの攻撃を受けようとガードを上げた相手の、ガラ空きの胴を狙う。

 

 だがそれはコッコも予測済み。

 カヲルの刃が届く直前に、自身の胴の前に黄昏のレンガ道イエローブリックロードによってブロックを生成していた。

 ギン。と硬質な音を立てて刃がブロックに食い込むが、それ以上進むことは無い。


 そして防御の成功を確認するまでもなく、コッコの反撃は始まっていた。

 コッコの騎士剣の再生は完了している。ショートソードとメイスを節によって繋げた三節槍。騎士剣ニルヴァーナ。その三分割されたメイス部を右手に握り、コッコはカヲルの額を撃ち抜くつもりで振り抜く。


「……空蝉。頭部のみ」


 カヲルは。コッコのメイスを避けることは無かった。

 そのままコッコのメイスはカヲルの眉間を狙い、そして『通り抜けて』しまった。まるで手ごたえが無く、命中していない。


「そして紫流。【野分】」


 コッコがメイスを振り抜いた隙を突いて、カヲルは刃を反転。コッコに背中を見せるような形で身体を捻って回転させる。

 その気配を感じて、すぐさまコッコは飛びのいて距離をとった。

 刹那。猛烈な剣圧がコッコの胸をかする。身体の捻りを最大限に活かした回転斬りであり、しかも上段下段を織り交ぜている。至近距離で捌ききるのは困難な攻撃だった。


 そして両者距離をとって、互いに武器を構えたまま睨み合う。


少女騎士ラ・ピュセルが剣を抜いたぞ! 仕事でもなかなか剣を抜かないくらいなのに!」

「あの燕尾服の女も、なかなかやるみたいだな。ここらではあんまり見ない顔だが……」

「お前らは馬鹿すぐるナイトが強いのは当然に決まっている。黄金の鉄の塊で出来ているナイトが皮装備のジョブに遅れをとるはずは無い」

「お。じゃあ賭けてみるかい? オレはコッコちゃんに一万だ」

「なら俺は燕尾服に二万!」


 二人を中心に囲んで、ギャラリーが盛り上がってきた。

 実際。コッコがこのバーに来たことは何度かある。喧嘩に巻き込まれた事も一度や二度でもない。しかし、武器を抜いたのはこれが初めてだ。

 異常事態イレギュラーである。


 もちろん。店内での喧嘩や武器の使用は禁止されている。されているが、ここにいるのは傭兵やトラブルシューターばかりであり、このような喧嘩は日常茶飯事だった。

 気の利いた奴がテーブルを脇にどけて、二人のために戦場を作ってくれている。

 そしてそのテーブルに。勝敗の行方を巡って、掛け金が積み上がっていく。


「むう……」

「ぬう……」


 周囲の盛り上がりに対して、コッコとカヲルの表情は固い。

 先程の数合のやり取りで、お互いの実力はそれとなく把握できた。そしてコッコもカヲルも、異能イレギュラーを使って見せている。

 故に二人とも、全く同じ結論に行きつく。


「この人。ボクより強くない?」


 コッコからすれば。

 撃ち合えばなんとなくわかる。カヲルが使っている軍刀は、エーテリウムで生成されたモノではなく通常の物質で作られた唯一無二オリジナルだ。というよりそもそも。カヲルは祈祷機プレイヤーそのものを使用していない様子でもある。

 霊力フォース技能スキルを使っていないわけではない。祈祷機プレイヤーの補助を介さず。自分自身で霊力フォースを制御し、技能スキルで感覚強化や身体強化を行っているのだ。


 確かに祈祷機プレイヤーを使わない方が、即応性や柔軟性が高まる。だが最新式の祈祷機プレイヤーは、膨大な技能スキルを霊子頭脳を利用し制御することで霊子外骨格アーキタイプを構成している。

 即応性が高いと言っても。パソコンの代わりにタイプライターを選んで使うようなモノだ。効率の面ではそもそも勝負にならない。


 なのにカヲルは、自分自身の技能スキルのみで戦っている。火器管制システムの補助無しに、近接戦闘をこなしている。これは驚異的なことだ。


「この人。私より強いみたいですね……」


 対して、カヲルからすれば。

 そのあどけない風貌に反して、コッコは相当に戦い慣れしていることが感じられた。それも単なるチンピラ相手ではなく、異能者イレギュラーとの戦いにこそ造詣が深い。洞察力と判断力に優れており、冷静さも備えている。

 手にした奇怪な武器にしてもそうだ。一見すると剣と鎚を組み合わせてバランスが悪いとしか言いようのない武器だが、屋内で戦うことを想定していると考えればしっくりくる。鎚とメイスで敵を攻撃しつつ、中央の節を防御に使う。戦術として非常に合理的だ。


 その上で、金色のレンガの異能も厄介だ。

 事前のモーションがほとんどなく、ブロック生成自体も一瞬で完了する。ブロックは設地することなしに空中に『置く』ことができ、その上かなり頑丈だ。これを剣の軌道の先に置かれるだけで、カヲルとしては非常にやりにくい。油断すればブロックに攻撃を弾かれるどころか、刀を折られてしまうだろう。


「……使うか」


 コッコが。新たにディスクを取り出す。

 そして再生する。決闘者型霊子外骨格アーキタイプ。OZ―03 SCARECROW。

 エーテリウムの線が、今度はコッコの背中や手足に絡みつき、霊子外骨格アーキタイプを形成する。そしてコッコの周囲には、丸い目玉をつけた複数の観測器リコンが滞空する。

 パワーアシストは最低限しか備わっていないが、ジャノメ・リコンにより分解能は格段に上がる。観測器リコンにより、相手の霊力の状態も把握できる


「すごい……先生みたいだ」


 思わず。コッコはため息をついた。

 カヲルの立ち振る舞い。その構え。重心のとりかた。それらが、体内を流れる霊力フォースと完全に一致している。

 いつでも、どこからでも、いかように動ける、隙の無い構え。


「……行きます」


 そして二人、同時に駆けだす。

 再び正面からぶつかり合うと見せて、コッコは黄昏のレンガ道イエローブリックロードを展開。

 一段。二段と空中に階段を作るようにして、カヲルの頭上すれすれを飛び越えてしまう。


「そしてぇ!」


 さらに空中にブロックを作り出し、これを蹴飛ばす。その反動を利用して、急速に方向転換。

 残念ながら、正面からでは勝ち目がない。

 そう判断したが故の、背後からの強襲。壁も障害物もないカヲルの側からすれば、このスピードでの方向転換は不可能。


 そのハズ。だったが。


「見えます」


 銃声。

 カヲルの。背中から。

 彼女は背後から向かってきたコッコに対し、身を少し捻った。そのまま、背中に隠していた拳銃で。ホルスターごとコッコを撃っていたのだ。

 45口径の。オートマチック拳銃で。


「い、痛ったあああ!」


 空中で銃撃を受けて、そのまま着地にも失敗し、床のタイルに転がるコッコ。

 フォースフィールドがあるため、拳銃弾を一発受けたくらいでは異能者イレギュラーは死なない。

 だがその威力は、打撃として有効だった。


 そして。床に転がるコッコを見て、カヲルはようやく気付く。


「……右回りの太陽? あなたもしかして、アナトリアの騎士? 敵じゃなかったの?」

 

 コッコの羽織る、白いコートの背中に描かれた聖印。南中の空を右回りに回転する真っ赤な太陽を描いたもの。太陽教の、特に『巡礼者』を示すための記号だ。

 そしてカヲルは自身の誤解に気付く。

 この少女は異能者狩りに絡んで自分に襲い掛かってきた暗殺者ではなく、ただのトラブルシューターだったのだ。

 そこに思い至り、ようやくカヲルは剣を引く。


「撃ったー! ココねーを! 撃ったー!」


 だがその直後。ギャラリーをかきわけ、怨嗟に満ちた声がカヲルに振りかかって。

 真っ黒な尾びれが、その背中に振り下ろされた。

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