第12話:PDCAサイクルを回せばわかるはずだ。

 あおぞら工務店から再びバスに乗り、コッコとマータは都市の東側に来ていた。

 途中でチーズドッグを売っている屋台があったので、コッコがふらふらと寄って五本も買ってきた。その一つをマータも恵んでもらい、もひもひと食べている。

 さらにコッコはあちこちに寄って行っては、フライドポテトやらコロッケやら買ってきて、しまいにはカプチーノまで持ってきた。

 

 持ち歩くには流石に多すぎる。

 コッコとマータは適当なベンチに座り、しばし休憩することにした。

 既に日は落ちている。深い紫色の空に向かってそびえるバビロンタワーは、赤い灯を瞬きのように点滅させて、都市を見下ろしていた。


「イズモタウンは、お腹が空く心配がなくていいよ。夜もやってるお店もたくさんあるし」

「これからバーに行くんだったら、バーで食べた方がいいんじゃないの?」

「もちろん食べるよ。あそこのマルゲリータピザは、とっても美味しいんだから!」


 夜になっても。コッコの笑顔はちっとも陰ることは無い。

 彼女自身が光を発しているようにすら、マータには見えてしまう。夜はまだ冷え込むが、コッコの近くにいると、なんだかあたたかく感じるし。

 マータはカプチーノに口をつける。中身はまだ熱くて、飲み込むことができない。

 だが意を決して、マータは切り出した。


「……ココねー。その……アレで、良かったのかな?」

「ん? 何が?」

「スクラップ河のこと。あんなことしなくても……良かったんじゃないかなって」


 数時間前のスクラップ河。

 マータの異能イレギュラーであるところの嵐の王ストームルーラーによって、三人は窮地を乗り越えることができた。

 だが本当に、それしか方法が無かったのか?

 確かに三人は粉砕機シュレッダーに囲まれていたし、コッコの戦力では粉砕機シュレッダーをすべて処理することは難しかった。

 しかし。ミシェルは携帯電話を落としていたが、コッコの方が携帯電話を持っていた。粉砕機シュレッダー達が互いに連絡を取り合っていたことから、エーテルネットワークも繋がっていた。つまり、あの状況でも外に連絡をとる手段はあったのだ。


「もっと素直に……棟梁さんとかに……助けを呼んでいれば。それで良かったんじゃないの?」


 考えた結果。

 嵐の王ストームルーラーの使用を提案したのはマータだ。そして実際に作戦は成功した。

 とはいえしかし。マータは起こる結果を全て予想していたとは言い難い。マータは粉砕機シュレッダーを排除する手段として嵐の王ストームルーラーを使うことを提案したが、実際にはマータ達もまた『重くなった風』によってかき回され、吹き飛ばされる結果になってしまった。


 いいや。それだけで終わったのだからこれは『まだ良い』方なのだ。

 元々はガレキが集まり堆積しただけのスクラップの塊。粉砕機シュレッダー達が掘り進めただけのニワカな作りだ。風の圧力に耐えきれず崩落し、三人とも生き埋めになってしまう結末も有り得た。

 マータが少しでも力加減を誤れば。コッコによるフォローが間に合わなければ。そうなっていた可能性は少なくはないだろう。

 

 素直にサルトル棟梁に連絡をとり、彼の無人機ドローンで助けてもらうこともできた。そちらの方が想定外イレギュラーを避けることができた。そのハズなのだ。


「どうかな。助けを呼んでも、すぐに来てくれるかわからないよ。粉砕機シュレッダーの総数もわからなかったし、増援を呼ばれる可能性もあった。ボクとしては、ベストな手段とは言い難いと思う」


 それもまた、仮定の話である。

 仮に助けを呼べたとしても、事態を解決できるかどうかは別。あるいはより時間をかけてしまうことで、さらなる問題を呼び寄せる危険も有り得た。


「でも……」


 マータはさらに続けようとするが、気付く。

 コッコが。にんまりと笑っていることに。


「なんだその笑い方。気持ち悪い」


 思わず。俺ことイナバが先にツッコミを入れた。

 マータの方は本気で心配して話をしているというのに、コッコはそれ自体が楽しく、そして嬉しがっているように見える。


「ああ、失礼。なんか、こう、ぶわあってなっちゃって」

 

 両の手をひらひらさせて。あるいは翼にみたてて羽ばたかせて。コッコは高揚している様子だった。



「そう。ボク自身はマータちゃんのプランは良かったと思うんだよ。もちろん。マータちゃんの言う通りベストじゃないかもしれない。けれど、ベターな方法ではあったよ」

「ココねーがいなくちゃ、着地も上手くいかなかったかも……」

「でも、面白かったよね?」


 うつむくマータの顎に、コッコがそっと指を当てる。

 そのままマータを上に向かせて、マータの紅色の瞳を見つめてくる。


「面白いっていうのは、大切なコトだよ」

「ひ。ひええ……」


 思わず目を泳がせ、目を逸らすマータ。

 いきなり顔を近付けられると驚いてしまう。喉に触られてしまったし、動けない。しかし何より、それを不快だと思っていない自分にこそ戸惑っている。


「まあそれでも。気になるのなら。次回に向けて改善点を出して頑張って行こうよ。ええと……PD……なんとかの、サイクルみたいな……」

「PDCAサイクルな。計画plan実行do評価check改善actionってやつだろ?」

「そう。それ!」


 別段難しいことではない。

 まずは計画を立てる。誰が、いつ、どこで、何を、どのように、いくらで行うか。できるだけわかりやすく、具体的に計画する。

 次に実行。計画の通りに準備を進め、仕事を進める。ただ計画通りに進行するのではなく、計画に対して実際はどう違ったかデータをとりながら行うのが望ましい。

 そして評価。実行した仕事を客観的視点で評価する。具体的な数字があるとわかりやすいが、ありとあらゆる部分がそうとも行かないのが難しいところだ。

 最後に改善。評価の段階で発見された問題点を解消するため、また良い評価を得られた部分をさらに伸ばすため改善点を考える。


 この場合は。トラブルシューターとしての業務そのものだ。マータは先の遭難者救出について、問題点があると考えた。コッコは問題ないと考えたとしても、ここは確かに、改善の機会である。


 そしてコッコは立ち上がり、その場でくるくる回り始めた。

 ふらふらと、建物に寄って行ったかと思えば、その入り口でぴたっと立ち止まる。

 雑居ビルの間で挟まれるようにして口を開く、地下へと続く階段。


「というわけで。さあ! ここに暗くて狭い階段があるよ。ここをどう攻めようか!」


 明らかに。ワクワクした様子で。そして大げさな身振り手振りで、階段を指し示すコッコ。

 確かに言う通り。その階段は狭い。コッコとマータが小柄だと言っても尚、二人並んで通るのは難しいだろう。照明についても、故障しているのか存在しないのかわからないが、奥を覗いても暗くて様子がわからない。


「え……? 普通に二人で入っていけばいいだけじゃ……」


 答えかけて、マータも気付く。

 これはシチュエーション的には、スクラップ河の底と同じだ。暗くて狭い空間では、罠や待ち伏せに遭った際に対応がしにくい。

 二人一緒に入ってしまっては、あっという間に包囲されてしまい、逃げ場を失ってしまう。もしトラップが仕掛けられていれば、二人一緒にかかってしまう。最悪の状況だ。


「そう。元はと言えばボクの判断ミスだったんだよ。スクラップ河の時は二重遭難になるのを警戒して、二人同時に潜っていった。それが結果としては、裏目になってしまった……」


 スクラップ河では。目的が遭難者の救助だったため、二人で一緒に行動することを優先した。

 しかし敵対存在がいると予想していたのなら、連絡を取り合いつつも一緒になって行動するのは避けるべきだった。そうすれば、二人同時に包囲されることは避けられたのだから。


「じゃあ、こういう時も……片方が先に行って、もう片方が遅れてついていく……?」


 一つ一つ考えながら、マータは答えに辿り着く。

 その答えを聞いて、コッコはますます口角を釣り上げた。


「うん。いいね。いいよお。すごくいい。ボクもそうしようと思ってたんだ!」


 小躍りしながら、コッコは拍手を贈る。

 本当に。心から。マータがここに至った考えや、辿り着いた答えを称賛し、嬉しがっていた。

 逆にマータが、照れくさくて、恐縮してしまうほどに。


「それじゃ。ボクは先に行くから。マータちゃんは一分くらい遅れてからゆっくりついてきてね」

「え、そこがバーだったの!?」


 マータは驚く。

 そこはどう見てもただの暗くて狭い階段でしかなく、看板も何も出ているように見えない。ともすれば、廃ビルの類にも見えていたところだった。


「そうだよ。ここがそのバーなんだ。リキヤさんがよく来る場所でぇ……ボクもたまに来るんだあ……」

「ええ……本当に大丈夫? ココねー?」

「大丈夫大丈夫。それより。ちゃんと一分後についてくるんだよ。マータちゃん。お願いねー」


 言いながら、コッコはずんずんと階段を降りて行ってしまう。

 一分。

 マータは俺ことイナバを両手で抱えたまま。コッコが言った通りの時間が過ぎるまで、じっと地下への入り口を見つめていた。

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