第14話:アクセスキー
暴風。
あるいは爆風。
マータの
たったの。尾ビレのひと撃ちでそうなった。
店の中の全部が、人もグラスも椅子もテーブルも。全部ひっくり返った。転がされた。
当然カヲルも大きく吹き飛ばされて、テーブルに突っ込んでいた。そこに載っていたハズのピザやビールを、頭からひっかぶっていた。
「避けたはずなのに……」
背後から攻撃の気配がしたことはわかっていた。
なのでいつものように
それが何故か。マータの尾ビレに対しては通用しなかった。『すり抜け』ることができなかった。
「どうしてー! ココねーを! どうしてー!」
カヲルが懐紙を取り出し、ピザをつまんで退けると。既にマータはこちらに迫ってきていた。
これはまずい。
思わず、カヲルは冷や汗を流す。
コッコ以上に厄介な能力を持つ増援が現れた。詳細はわからないが、カヲルの
というかそもそも、先程の一発でも。店内は相当に混乱しているのだ。あんな攻撃を閉鎖空間で何発も撃たれたら、周囲への被害も恐ろしいことになる。
「マータちゃんやめて! お店が壊れちゃう!」
しかしそんなマータに、しがみつく者が一人。
コッコだ。マータの黒と白の尾ビレに巻きつくようにして、必死に引き止めようとしている。
「離して! ココねーの仇! マータは許さない!」
「ボク生きてるから! 大丈夫だから! 死んでないから! ほら! 撃たれたお腹も平気だから!」
自分のお腹をめくって、マータにアピールするコッコ。
その様にカヲルはますます驚愕する。
カヲルの拳銃に装填されていたのは、45口径のホロ―ポイント弾である。確かに、
ただしそれは『殺しきれない』というだけの話であり、まともに喰らえば肋骨が砕けるほどの威力はあるハズなのだ。
しかしコッコはこの通り。命中した瞬間こそ『痛がって』はいたが、こうしてすぐに立ち上がり、大声を出して、脇腹をかばう様子なども無くマータにしがみついている。
フォースフィールドが強いのか。肉体のタフネスが強いのか。あるいはその両方か。
この様子では、ほとんどノーダメージだったと見立てるしかない。
「……わかりました。降参です」
拳銃と軍刀を目の前に置き、両手を上げるカヲル。
今のカヲルの装備では、コッコを『倒しきれない』し、マータに関しては対処法自体がない。この場は投降するしかないと結論付けた。
そもそも。相手がアナトリアの騎士であるなら、カヲルが戦う意味自体が無かったのだ。
「ほら。マータちゃん落ち着いて。講和が実現した。そもそも原因は互いの誤解だったんだから……」
コッコもまた、この状況について理解が追いついてきた。
カヲルが斬り伏せた男たちが何者かは不明だが、少なくともカヲル自身は悪意をもって人を傷つける類の人間ではない。強盗やテロリストではなかったのだ。
相手が武器を持っているからと、自分も武器を構えてから話そうとした判断がそもそも間違いだった。
コッコは祈祷機を停止させ、ディスクを取り出す。
「ぎゅいぃ……」
「大丈夫。大丈夫だからねー?」
だが。それでも。マータは、納得が行っていない様子。
コッコに散々宥められて、尾ビレだけは人間の脚に『戻す』ことにした。
「ほら。マータちゃん。ぱんつも履いて」
「嫌。ココねーが持ってて」
「履いてよお……」
マータにとっては、『臨戦態勢』を解除するわけにはいかない。
尾ビレのモードにする時、ぱんつは邪魔になる。それはいわばマータにとっての鞘であり、今はまだ刃を収めるつもりはなかった。
カヲルに対して威嚇をやめないし、背中の背ビレも立たせたままだ。
「これ以上は迷惑になりますね。場所を変えましょうか」
カヲルは立ち上がり、周囲の客へ謝罪と、店に対しいくつかの
コッコもまた周囲に謝罪して、マータと共に地下のバーから地上へ戻る。
相変わらず地上は賑わっている。
人の通りもクルマの通りも絶えず、ネオンが煌々と輝いている。夜空にあるはずの星の光を、忘れてしまうほどには。
「そうですね。とりあえず適当な居酒屋でも探して……」
マータの刺さるような視線を感じつつも、カヲルはコッコ達を連れ、歩き始めようとして。
「あれ? リキヤさん? どうしてここに……」
コッコが指差す方向に、思わず視線を向ける。
その先に居たのは、丸っこくて小さいクラシックカーに乗った、
なぜ夜に、しかも遠目からでクルマに載っている人物を把握できるのか? なんのことは無い。
天窓から出した頭を、こちらに向けて。
にやりと笑い、そのまま車を発進させた。
「あ、ちょ……リキヤさん!? 待って!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアレがリキヤ? もしかして田井中リキヤですか!?」
コッコの答えを待つより早く、カヲルは自身が持っていた
現在主流となっているMDを使用するタイプではなく。カセットテープを利用する、旧世代型の
だが問題ない。カヲルが再生するのは
光の線が走り、面となり、体となる。
そしてテクスチャーが貼られて、実質量をもつ物体として再生される。
瞬きする間で、そこに一台のスポーツカーが再生された。
「追います! 乗ってください!」
カヲルがドアを開き、三人がそれぞれに乗り込んだ。コッコは助手席に、マータは後部座席に。カヲルのサイドテールの辺りを睨んでる。
エンジンを始動させ、ギアを入れて発進。直列六気筒エンジンを唸らせ、一気に最高速まで加速する。
「うわあ! このクルマすごいねえ!」
「あくまで霊子的に再現されたレプリカですけどね。本物だったらとんでもない値段でしょうが……」
カヲルのこのスポーツカーも。ガソリン自動車を模してはいるが、当然ながら動力はカヲル自身の霊力だ。そのスキール音も『再現』されたモノでしかない。
「……っと。自己紹介がまだでしたね。私は、菫川カヲルと申します。イズモタウン市長、テッド・アライ氏の秘書をさせていただいております」
「おっと。ボクはコッコ。コッコ=サニーライトだよ。アナトリアの巡礼騎士で、トラブルシューターをしてる。後ろの子はマータちゃん。ボクの……えっと……」
「
「あ、なんだ。そういうの通じる人なんだね。そうだね。マータちゃんはボクの、
にへら。とコッコは笑う。マータはその意味がわからず、少し困惑しているが。
「アナトリアの方とはいろいろ縁がありますので……なんて、そういう世間話はともかく。単刀直入に行きましょう。私は。田井中リキヤ氏とあるモノを取引するハズでした」
「あるもの。というと?」
「アクセスキーです……マスターサーバーにアクセスできる、暗号鍵です」
何。
と、思わず。マータによって後部座席に雑に転がされた俺が。イナバが。声を上げそうになる。
この都市の
地下鉄戦争当初も、その後も、マスターサーバーへのアクセスは幾度も試みられたが、成功することは無かった。そのセキュリティは人外未知のシステムであり、人間の手に負えるモノではなかったのだ。
「田井中氏は、エーテルネットワークの深層で、それを見つけたそうです。完全無欠に見えるシステムのバックドア。都市の機械。エネルギー。すべてを支配し得る……そう。最終兵器です」
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