第10話:三途を見たモノ

 サルトルの話。

 サンズリバークランは傭兵集団である。強盗とか誘拐、そして拷問が主な仕事だ。

 構成員は、角竜族ケラトのカズ。蜻蛉族ドラフライのトーズ。犬狼族ハウンドのケツズの三名だ。

 

「裏社会で汚れ仕事を引き受ける、傭兵そのものって感じだけど。そういう認識で合ってる?」

「もちろんだ。とはいえ。カネさえ払えば言うことは聞くし、それ以上もそれ以下の働きもしない。趣味とビジネスを混同してるタイプではなく、純粋にカネのためにやってるという印象だ」


 基本的には神出鬼没であり、自慢の三輪車トライクに乗ってどこからともなく現れて、仕事が終われば去っていく。それ以上のことはなく、カネ以上のことにはこだわりがない。

 それ故に、厄介でもある。


「そもそもサンズリバーって何? ミシェルくんは不吉だって言ってたけど……」

「ん。そうか。太陽教アナトリアの人間には聞きなれない言葉だったか。そいつはな、要するに死後の世界と生者の世界の境界に流れる川のことだ」

「ハイドラ教会でも、そんな話は無いと思うけど……」

「そうだな。もっともっと古くから伝わっている伝承の話だ。そして『サンズ』ってのは、死後に悪人が行く三つの世界のことも指す」


 サルトルは三本指を立てる。

 

 一つは血途ケツズ。動物や植物の命を侮辱したものが落ちる畜生道。喰われる恐怖に怯えながら、他人を喰わねば生きていけない世界。

 一つは刀途トーズ。欲深いものが落ちる餓鬼道。終わることのない飢えと乾きに苦しむ上に、獄卒たちに刀や杖で苛まれる世界。

 一つは火途カズ。罪を犯した者が落ちる地獄道。地の底で炎に焼かれ続ける世界。


「なるほど……名乗るには仰々しい名前だね……」

「奴らが具体的にどんな異能イレギュラーを持つかは不明だ。だがその名の通りに。奴らに殺された人間は……焼かれたり、切り刻まれたり、噛みちぎられたりとひでえ有様だったというぜ」


 都市伝説レベルだがなと、サルトルは付け加える。

 だがそんな噂が、明確に否定されたこともない。実際にサンズリバークランは存在し、裏社会で活動を続けているのだ。


「だがコッコ。お前そのカズに会ったと言ったな。それで、足を引きずっていたと?」

「うん。左足の膝を。昔怪我したって。オチミズで治せたけど、今でもうまく動かなくなる時があるって」

「……これはさらなる噂話になるがな。奴ら、元は軍の長距離偵察部隊LRPにいたんじゃないかって話がある」

「エルアールピーって、何?」

「敵陣の深くに単独で放り込まれて、そこから情報収集や破壊工作を行って、敵陣のド真ん中から帰ってくるって役だよ」


 地下鉄戦争では、人類と機械生命体オートマトンとの間で激しい戦闘が幾度も発生した。

 しかし機械生命体オートマトンの本拠地は複雑に入り組んだ地下空間。敵の情報を得るためには、少人数で地下に潜入し、かつ生還できる部隊が必要とされた。


 噂の一つでは、カズは左足を負傷した代わりに、三輪車トライクの機動力を活かして長距離偵察部隊LRPの様々な任務をこなしていたという。

 三輪車トライクは彼の霊子外骨格アーキタイプだったのだ。


 そして彼は激しい戦場で、『三途』を見たのだと言う。

 飢えと乾きに苦しみ、殺される恐怖に怯え、そして生き残ってしまった罪悪感に苛まれる。

 それが彼の異能イレギュラーの目覚めとなり、より激しい戦場が彼の『地獄』となったのだと。


「……で、でもそれなら……そんな優秀な兵士なら、どうして記録が残っていないの?」

「とある作戦で。潜入した区域ごと爆撃されてな。何もかも吹っ飛んでしまったらしい」


 軍の発表では、情報伝達のミスによる誤爆とされた。

 だが噂では、カズはそこで機械生命体オートマトンが起動しようとしていた『最終兵器』の調査と破壊を命じられたのだという。

 その作戦が成功したのか失敗したのかはわからない。『最終兵器』は存在すら知られることがないまま、人類と機械生命体オートマトンとの戦争は終結した。

 あるいは軍が。『最終兵器』の存在を隠すために、情報を知る彼らごと葬ろうとしたのか。


「とか。な。噂話の域を出ない。憶測や都市伝説さ」

「でもサンズリバークランは実際にいる。本人に聞けばわかるんじゃないかな?」

「ナンパでもするのか? それもいいが、仮に事実だとしても憲兵隊や軍は認めないだろうな。せいぜいそういう『ロールプレイ』を楽しむ変人扱いだろ」


 そういう話も特に珍しくもない。

 裏社会ではありがちな『謎の経歴』というものだ。『かつて所属していた軍に抹殺された凄腕の軍人』だなんて、いかにも好まれそうな話である。 


「コッコ。どの道お前じゃあいつらには勝てんぞ。特に三人で連携している場合はな」


 客観的な、サルトルの評価。

 アナトリアの巡礼騎士として、コッコの実力は決して侮られるようなモノではない。しかしそうだとしても、サンズリバークランのようなプロには及ばない。

 そう。サルトルは考えている。


「でも。リキヤさんが狙われているのかもしれない。そうだとしたら、助けないと」


 三人目の住人。田井中リキヤ。

 サンズリバークランが、コッコのアパートを燃やした理由は未だに不明なままだが。

 行方不明になっていた三人の住人の内、二人の所在はつかめた。残る一人が、何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性は非常に高い。


「リキヤさん……ですか? でもあの人は……」

「元よりあちこち出歩く人だからね……正直それでボクも調べるのを後回しにしていたよ……」


 話に加わるミシェル。首を傾げるコッコ。

 アパート住民の中でも、リキヤは特に行動が読めない。 

 何日も部屋の中にこもっていると思えば、ふらっと出かけたまま帰ってこなかったりもする。コッコですら、直接顔を合わせて話をしたことは数回しかない。


「元々、秘密の多い人ですからねえ……」

「しかしこうなってくると。サンズリバークランは放火自体が目的じゃなかったのかもしれない」

「と、言うと?」

「わざと放火して『狙っている』ことをアピールして、対象がどう動くかを監視している……とか」


 少なくとも。相手が異能者イレギュラーなら、火事程度で焼け死ぬことはない。

 アパートに人やモノが無いことは承知の上で、敢えて火を放ったのだ。そうすることで、目標がどんな動きをするのか、見極めるために。


「でもそうしたら。僕もウズキさんもコッコさんも『放火』自体を知りませんでした。放火されたことを知っていて、それで動いたのは……」

「うん。だから事態はもう結構進んでいるのかもしれない。急ぐ必要がある」


 ヨウカン・バーを呑み込み、グリーンティーを空にするコッコ。

 それを見たマータも、急いでヨウカン・バーを食べて、グリーンティーを啜り、その熱さに舌を出した。


「とりあえず、駅の東のバーに行ってみるよ。もしかしたら。本当に仕事で疲れて、お酒飲んで酔いつぶれているだけかもしれないし」

「ウズキさんも良く行く所ですよね? けど、あそこもちょっと治安が悪いらしいので、お気をつけて……」

「うん。貴重な情報ありがとう。またね。ミシェルくん。サルトル棟梁」


 コッコは、マータが立ち上がるのを待ってから、二人合わせてお辞儀する。


「よし。ミシェル。昼の燃焼実験でエンジンが吹っ飛んだんだ。新しいのをもう一基作るぞ」

「え!? 燃焼実験やっちゃったんですか!? 今の燃料じゃダメって話してたじゃないですかあ!」

「冗談じゃねえ。燃料が悪いからって実験を中止にできるもんかい。お前もアパート燃えちまったんだろ? ロケット祭りも近いし、今日からは泊まり込みで作業してもらうからな!」

「そ、そんなあ……!」


 ミシェルの悲鳴を背に、作業場から立ち去るコッコとマータ。

 日はすでに傾いていて、茜色の空が近付いていた。

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