第10話:三途を見たモノ
サルトルの話。
サンズリバークランは傭兵集団である。強盗とか誘拐、そして拷問が主な仕事だ。
構成員は、
「裏社会で汚れ仕事を引き受ける、傭兵そのものって感じだけど。そういう認識で合ってる?」
「もちろんだ。とはいえ。カネさえ払えば言うことは聞くし、それ以上もそれ以下の働きもしない。趣味とビジネスを混同してるタイプではなく、純粋にカネのためにやってるという印象だ」
基本的には神出鬼没であり、自慢の
それ故に、厄介でもある。
「そもそもサンズリバーって何? ミシェルくんは不吉だって言ってたけど……」
「ん。そうか。
「ハイドラ教会でも、そんな話は無いと思うけど……」
「そうだな。もっともっと古くから伝わっている伝承の話だ。そして『サンズ』ってのは、死後に悪人が行く三つの世界のことも指す」
サルトルは三本指を立てる。
一つは
一つは
一つは
「なるほど……名乗るには仰々しい名前だね……」
「奴らが具体的にどんな
都市伝説レベルだがなと、サルトルは付け加える。
だがそんな噂が、明確に否定されたこともない。実際にサンズリバークランは存在し、裏社会で活動を続けているのだ。
「だがコッコ。お前そのカズに会ったと言ったな。それで、足を引きずっていたと?」
「うん。左足の膝を。昔怪我したって。オチミズで治せたけど、今でもうまく動かなくなる時があるって」
「……これはさらなる噂話になるがな。奴ら、元は軍の
「エルアールピーって、何?」
「敵陣の深くに単独で放り込まれて、そこから情報収集や破壊工作を行って、敵陣のド真ん中から帰ってくるって役だよ」
地下鉄戦争では、人類と
しかし
噂の一つでは、カズは左足を負傷した代わりに、
そして彼は激しい戦場で、『三途』を見たのだと言う。
飢えと乾きに苦しみ、殺される恐怖に怯え、そして生き残ってしまった罪悪感に苛まれる。
それが彼の
「……で、でもそれなら……そんな優秀な兵士なら、どうして記録が残っていないの?」
「とある作戦で。潜入した区域ごと爆撃されてな。何もかも吹っ飛んでしまったらしい」
軍の発表では、情報伝達のミスによる誤爆とされた。
だが噂では、カズはそこで
その作戦が成功したのか失敗したのかはわからない。『最終兵器』は存在すら知られることがないまま、人類と
あるいは軍が。『最終兵器』の存在を隠すために、情報を知る彼らごと葬ろうとしたのか。
「とか。な。噂話の域を出ない。憶測や都市伝説さ」
「でもサンズリバークランは実際にいる。本人に聞けばわかるんじゃないかな?」
「ナンパでもするのか? それもいいが、仮に事実だとしても憲兵隊や軍は認めないだろうな。せいぜいそういう『ロールプレイ』を楽しむ変人扱いだろ」
そういう話も特に珍しくもない。
裏社会ではありがちな『謎の経歴』というものだ。『かつて所属していた軍に抹殺された凄腕の軍人』だなんて、いかにも好まれそうな話である。
「コッコ。どの道お前じゃあいつらには勝てんぞ。特に三人で連携している場合はな」
客観的な、サルトルの評価。
アナトリアの巡礼騎士として、コッコの実力は決して侮られるようなモノではない。しかしそうだとしても、サンズリバークランのようなプロには及ばない。
そう。サルトルは考えている。
「でも。リキヤさんが狙われているのかもしれない。そうだとしたら、助けないと」
三人目の住人。田井中リキヤ。
サンズリバークランが、コッコのアパートを燃やした理由は未だに不明なままだが。
行方不明になっていた三人の住人の内、二人の所在はつかめた。残る一人が、何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性は非常に高い。
「リキヤさん……ですか? でもあの人は……」
「元よりあちこち出歩く人だからね……正直それでボクも調べるのを後回しにしていたよ……」
話に加わるミシェル。首を傾げるコッコ。
アパート住民の中でも、リキヤは特に行動が読めない。
何日も部屋の中にこもっていると思えば、ふらっと出かけたまま帰ってこなかったりもする。コッコですら、直接顔を合わせて話をしたことは数回しかない。
「元々、秘密の多い人ですからねえ……」
「しかしこうなってくると。サンズリバークランは放火自体が目的じゃなかったのかもしれない」
「と、言うと?」
「わざと放火して『狙っている』ことをアピールして、対象がどう動くかを監視している……とか」
少なくとも。相手が
アパートに人やモノが無いことは承知の上で、敢えて火を放ったのだ。そうすることで、目標がどんな動きをするのか、見極めるために。
「でもそうしたら。僕もウズキさんもコッコさんも『放火』自体を知りませんでした。放火されたことを知っていて、それで動いたのは……」
「うん。だから事態はもう結構進んでいるのかもしれない。急ぐ必要がある」
ヨウカン・バーを呑み込み、グリーンティーを空にするコッコ。
それを見たマータも、急いでヨウカン・バーを食べて、グリーンティーを啜り、その熱さに舌を出した。
「とりあえず、駅の東のバーに行ってみるよ。もしかしたら。本当に仕事で疲れて、お酒飲んで酔いつぶれているだけかもしれないし」
「ウズキさんも良く行く所ですよね? けど、あそこもちょっと治安が悪いらしいので、お気をつけて……」
「うん。貴重な情報ありがとう。またね。ミシェルくん。サルトル棟梁」
コッコは、マータが立ち上がるのを待ってから、二人合わせてお辞儀する。
「よし。ミシェル。昼の燃焼実験でエンジンが吹っ飛んだんだ。新しいのをもう一基作るぞ」
「え!? 燃焼実験やっちゃったんですか!? 今の燃料じゃダメって話してたじゃないですかあ!」
「冗談じゃねえ。燃料が悪いからって実験を中止にできるもんかい。お前もアパート燃えちまったんだろ? ロケット祭りも近いし、今日からは泊まり込みで作業してもらうからな!」
「そ、そんなあ……!」
ミシェルの悲鳴を背に、作業場から立ち去るコッコとマータ。
日はすでに傾いていて、茜色の空が近付いていた。
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