第9話:回って。弾けて。

 マータの提案。


「えっと……穴を掘って逃げても追いつかれちゃうからダメなんだよね? 気付かれない方法も無さそう……と」

「そう。繰り返しになるけど、正面からやっつけるのも厳しい。側面や背後をついていきたいところだけど、これも互いが互いを守り合っているから難しい」


 地の利は向こうにあるし、実際にコッコ達は袋小路に追い込まれた。

 これを覆して、逃げたり、粉砕機シュレッダーを撃破するアイデアは皆無だった。コッコの能力をもってしても、強行突破は難しい。


 コッコの能力では。

 ならば。コッコ以外の能力ではどうか?


「ピッチャーびびってるー! へいへーい!」

「へいへへーい!」


 大声を出して騒ぎながら、コッコとミシェルが坑道内を駆ける。

 音響センサーが鈍い粉砕機シュレッダー達でも、それだけ騒げばすぐに気付く。コッコとミシェルを追って、履帯を這わせて坑道内を追ってくる。

 仲間同士でも通信を行い、互いの位置と坑道の地図を照らし合わせる。逃げるコッコとミシェルを袋小路に追い詰める。

 

 その袋小路のどん詰まりに、マータがいた。

 海色の狩装束はそのままに、下着だけを脱ぎ去る。

 そして。太腿を合わせて、刺青に仕込まれた技能スキルを発動。二本の足を、白黒に塗り分けらえた尾ビレへと入れ替えた。


 ほどなくして、コッコとミシェルが袋小路にやってきた。

 その背後からは、キュラキュラと音を立て粉砕機シュレッダーが迫っている。


「それじゃあ、ボクがマータちゃんを背中から支えるから。ミシェル君はボクにしがみついていて」

「あれ? 二人でマータさんを抑えるんじゃないんですか?」

「うん。嫌だ。だからミシェルくんはボクにしがみついてね?」

「……は、はい。コッコ姉さんがそう仰るなら……」


 コッコがマータを背中から抱きかかえるようにして支えて、さらにそのコッコの背中にミシェルがしがみつく。

 そしてマータは。尾ビレの先を、迫りくる粉砕機シュレッダーたちに向ける。

 侵入者を追い詰めるため、この袋小路へ、一直線になって追ってきた彼らに。


「いいよ! マータちゃん!」

「わかった。ココねー!」

 

 コッコの合図で、思い切り尾ビレを振り下ろすマータ。

 そのまま上下に。繰り返し、バタバタと尾ビレを振り続ける。


嵐の王ストームルーラー!」


 瞬間。

 猛烈な速度と圧力を持った『風』が『流れ』て、周囲のスクラップと一緒に粉砕機シュレッダーたちを『押し流した』。


 クラスⅢ異能イレギュラー嵐の王ストームルーラー

 マータの尾ビレに触れた空気の粘性や慣性質量を高め、まるで『水』であるかのように蹴り出すことのできる異能イレギュラー。蹴り出された空気は周囲を巻き込みながら流れて行き、それがまたいくつもの風の渦を生み出す。

 

 その威力は凄まじいの一言に尽きる。無敵の硬度のシュレッダーを誇る機械生命体オートマトンも、自身よりも強大な質量を持った『風』の圧力には抗えない。アウトリガーを出して耐えることもままならず、後続の仲間を巻き添えに転倒してしまった。

 それでも風の勢いは止まず、一転、二転、三転と転がっていき、しまいには坑道の内壁からはがれたスクラップすらも巻き込まれて、どこかへと押し流されていく。


「やった! やっつけたよココねー!」

「……捕まって! マータちゃん!」


 コッコが警告した瞬間。三人の身体が同時に浮き上がった。

 尾ビレに触れた空気の質量と粘性に影響する異能イレギュラー

 この坑道のような狭い密閉空間でその異能イレギュラーを使用したのなら。当然に。真空状態が発生する。

 それ自体はまだ良い。極端な気圧低下に備え、コッコは自身のフォースフィールドをマータとミシェルを護れるように霊力フォースで強化していた。

 

 問題はその後


「う、うわっぷ!」


 轟音。同時に、猛烈な爆風。

 真空状態になった坑道へ、再び空気が吸い込まれていく。真空状態だった時から一転。一気に吹き戻しが起きて、今度は高圧状態に。

 そうなればもう、コッコ達もまた『質量のある風』に流されていくだけだ。


「ミシェルくん! 絶対に手を離さないで! 離したら死ぬよ!」

「何何なに!? うわあああ!」


 三人。一塊になったまま。坑道内を流されていく。

 坑道内部を『質量のある風』が荒れ狂い、それに押し出される形で『通常の空気』が逃げ場を求める。空気が圧縮と膨張を繰り返し、アリの巣のように入り組んだ坑道全体に『嵐』が吹き荒れる。そしてそれらは、当然に出口を求める。


「マータちゃん! 諦めず尾ビレを動かし続けて! こうなったら最後まで波に乗るしかない!」

「ひ、ひええええ!」


 スクラップと共に流され、上下左右に転がりながらも、マータは尾ビレを動かし続ける。

 いくつもの股に分かれたストローに息を吹き込み続けて、圧力を高め続けて、出口を求める。全てを外に出す。

 そして。ついに。


「ひ、ひゃあ!? 河の底が抜けた!? 空が下に!?」


 逆さまになって、上空へはじき出された三人。

 坑道内で空気の圧力が高まり続けた結果、見当違いの場所のガレキが吹き飛んで、そこから押し出されたような形だ。

 そして三人は、当然に重力に引かれ、逆さまに落ちていく。


 その真下に。これみよがしに尖って、突き立てられた鉄骨。


「く……黄昏のレンガ道イエローブリックロード!」


 コッコは空中に金色のブロックを出現させ、これを蹴飛ばす。そうすることで三人ごと落下の軌道を書き換えて、比較的安全なタイヤの山の中へと着地することができた。

 ぼふん。と。黒いタイヤが跳ね返って、砂煙が立つ。


「……なんとか、助かった……」

 

 コッコとマータ。そしてミシェル。オマケに俺ことイナバ。

 三人と一匹。無事に。ゴムの匂いにまみれながらも、スクラップ河から脱出することができた。


「なんだ。まだくたばってねえのかよ」


 そんなコッコ達の様子を、サルトルのドローンが見に来ていた。

 スクラップ河の上流にも下流にもミシェルの痕跡が見当たらないため、河を戻りながらコッコとマータを探していたのだ。

 そうしていたら、いきなり間欠泉のようにあちこちからスクラップが吹きあがり、しまいにはコッコ達が噴き出してきた……と。そういうわけだ。


 ともあれ。ミシェルは無事に発見され、サルトルと再会することができた。

 コッコ達は再びあおぞら工務店の作業場に戻り、マータとコッコは再びパイプ椅子に座らされた。いろいろあって疲労している状態だと、ますます座り心地良く感じる手作りのパイプ椅子だ。


「棟梁。今の今まで。僕を探そうともしてなかったことについては……もう良いです。でも……」


 最も疲労しているのはミシェルのハズなのに、ミシェルは丁寧にコッコとマータのお茶とお菓子を用意していた。

 イズモタウンでは良く親しまれているグリーンティーと、高効率のエネルギー補給食としても知られるヨウカン・バーだ。


「お仕事で来ていたコッコさんに対しては、失礼ですよ!」


 そのヨウカン・バーを、二本三本と頬張りながら怒るミシェル。

 サルトルはそんなミシェルの様子にも、腕組んだまま応える。


「コッコは客で来たんじゃねえんだ。それくらいでいいだろ」

「そういうのはですねえ! インスタントのお茶くらい淹れられるようになってから言ってください! どうせ今も研究に夢中で、ご飯もロクに食べてないんでしょ!」

「……関係ねえだろ」

「ありますー! 関係ありますー! 他人様のマナーを問うのなら、まず自分が丁寧な生活を心がけてください! 顔もちゃんと洗って!」


 飢えているんだから一気に食べたり大声出したりしない方が……とコッコも心配になったが、ミシェルは止まらない。仕方ないので、彼が落ち着くまでおとなしく様子を見ることにする。

 あおぞら工務店のアルバイト、ミシェル。サルトルの助手。しかしその業務の約半分は、何かと生活が荒れがちなサルトルの『お世話』となっている。

 ミシェル自身はエンジニアとしてそれなりに優秀な才能を持っているが、その『良く気付く』才能はサルトルの生活を向上させる役にも立っているのだ。


「はあ……で、コッコさん。本日はどんなご用件で?」


 ひとしきりサルトルを叱責し、彼が静かになったのを認めて、ようやくミシェルがコッコ達に振り返る。


「ううん……正直ちょっと言い難いんだけど……」


 スクラップ河で遭難していたミシェルに伝えるのは気が引けるが、伝えないままではそれはそれで彼に危険が及ぶ。

 コッコは意を決して、口を開いた。


「アパートが燃えた。全焼」

「……あ、そうですか」


 ぽりぽりと。意外とあっけらかんとした様子で頭をかくミシェル。


「なんか。ここのところ残業とか棟梁のお世話とかあったから、元よりほとんどアパートに帰ってなかったんですよね。燃えて困るようなモノも置いてないし。休日に寝るために来るような場所でしたし」

「あー……逆にそういう風になっちゃう……」


 模範的な労働者。

 それはそれでミシェルの生活が心配になるが、本人があまりにも平気な顔をしてるので困る。


「それで。それって、ただの火事じゃないんですよね? トラブルシューターのコッコさんが調べるってことは、何か理由ある火事なんですか?」

「うん。火事はどうもサンズリバークランって人達の仕業らしいんだけど……」

「不吉な名前ですね。人相とかはわかるので?」

「うん。リーダーは角竜族ケラトの男性で。角が無くて、尻尾が太くて……」


 コッコがミシェルに対しとくとくと説明していると、そこにサルトルが口を挟んできた。


「肌が白くて、シワが嫌味な奴か?」

「……シワが嫌味かどうかは人によると思うけど……知り合いなの?」


 カチカチと、サルトルは足の鉤爪を鳴らして見せる。


「少しは知っている。裏社会では有名な奴らだ」


 そして語り始めた。

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